みじかい小説 / 035 / ヒナの決断
よく言われる「楽しんで取り組む」とか「自分との闘いに勝てばいい」とかどこの世界のきれいごとかと思う。
陸上競技では、競争相手に勝たないと意味が無いのだ。
順位がすべて。
だからこそ、日本一や世界一の選手は特別なのだ。
何が特別って、まず体の出来が違う。
黒人選手はそもそも骨格と筋肉のバネが違う。
アジア人である私があれに勝てるとは思わない。
努力でなんとかできる差ではないのだ。
残酷なまでの現実が、そこには横たわっている。
であるならどうするか。
日本一なら目指せるのではないか、とヒナは思った。
ネットで女子100m日本一の記録を検索する。
もう何度も見たその記録は、夢の中にも表れるほどだった。
一年前のヒナは、一年あれば、努力さえすればこれを超えられると思っていた。
一年が経ち、なんと浅はかだったのだろうと思った。
おそらく、この記録を持つ選手と、ヒナの体では、黒人選手ほどではないにせよ、明確な差が存在する。
ヒナはそう感じた。
それほどまでに、日本一の記録ははるか遠くに感じられた。
日本一なんて、無理じゃん。
じゃあ、どうする?
高校総体で一位?
いやいや、今の私の記録は12秒ジャスト。
県でベスト4を目指すくらいがちょうどいい。
県でベスト4なんて、日本一と比べれば、なんとも地味に感じられる。
そもそも、私はなんで100m走をしているんだっけ。
そりゃあ、走るのが好きだからだ。
他人より早く走るのが、単純に気持ちがいいのだ。
でも県でベスト4にもなれていないのが現実だ。
やっぱりこの秋で陸上競技を引退しよう。
将来を見据えて大学受験に専念しよう。
私みたいな人、たくさんいるんだろうな。
ジョギングの足をゆるめ、ヒナは静かに星空をあおいだ。
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