2025年12月8日月曜日
旭川ラーメンについて
そろそろ、この『営業日誌2007-2008』もあと数回で終えようと思っている。もともとサラリーマン時代に書いていたものを、何かの形で残したかった。前半部分は豊田支店での約1年のコラム。その次が退職前の申し送り事項みたいな1カ月だけのコラム。後は、両親が介護状態になり、使命感に駆られて家の製麺業の事を10年前に書いた小説の食べ物部分を抜き出し、現在の心境も加えたものだ。
よって、過去自分が書いた物の全てではない。多くは無くしてしまった。また、仕事の内容に触れる部分の中には、どうしても表に出せないものもあった。そういう意味では、実家の製麺所の話でも、今触れられると困る事も書かれており、かなりの部分が使えなかった。使える部分で残っているのはあとわずか。よかったら最後まで読んで下さい。
旭川が蕎麦についての話で終わってしまうのは悲しいので、旭川ラーメンについて。
旭川に赴任する前は、札幌、函館には2、3度観光で行ったことがあった。だが、観光で行くのと住むのとは全く別だ。旭川赴任の為に3月、羽田空港から飛び立ち、旭川空港に降り立った時、一面の雪景色を見て、「本当に最果ての地に来てしまった」と絶望した。これより1ヶ月遅れて、妻と2人の娘達を連れて来てくれた義母は、旭川空港に降り立つ飛行機の中で、号泣したそうである。『こんな一面雪の街に、かわいい娘と孫達が住むのか』と。
この旭川への転勤発表の際にも、転勤を拒否し辞表を出してラーメン屋でもやろうかと真剣に考えた。今から思えば、私の人生の分岐点だったのかもしれない。そんな中、旭川の人達は、私達一家を暖かく迎え入れてくれた。前に書いたように、食べ物も今迄味わった事がないくらいうまいものばかりだった。見るもの聞くもの食べるもの、全てが感動的だった。
中でもラーメン。岐阜の製麺所の子供で、それまで「そうは言っても、岐阜の屋台のラーメンが一番だ!」と思っていた。だが、実際旭川に住んでみて、ラーメンというものが、いかに子供から大人まで浸透しているかに驚かされた。誰に聞いても、自分の好みのラーメン屋を1,2件は必ず持っている。人口に対するラーメン屋の比率も日本一なのではないか、と思うくらい多いし、どこもうまい。
会社の周りには、全国的に有名なラーメン店、山頭火、蜂屋、青葉、天金、つるや等ラーメン屋だらけだ。また、『ラーメン村』なんてものもあり、家族で通って全店制覇した。そんな旭川時代に食べたラーメン店の中で思い出深いのは、富良野にある「三日月食堂」だ。富良野には、営業でよく行っていた。富良野といえば、ドラマ『北の国から』で超有名な街だ。。三日月食堂は、脚本家の倉本聰はじめ、俳優やスタッフが通っていた店で、ドラマの撮影にも使われた。
(ドラマのワンシーン)。 吾郎さんは、幼い純と蛍を連れて生まれ故郷の富良野に帰り、ラーメン店に入る。深刻な話が続く中、意地悪な店員がラーメンを下げようとすると、吾郎さんが「まだ、食うとろうが!」と大声で叫ぶ、あの名シーンが撮られたラーメン店だ。観光シーズンには、観光客でごった返す人気のラーメン店だ。
旭川ラーメンは、スープは魚介と、鳥ガラ・豚骨のWスープ、麺は中太縮れ麺が、基本形だ。寒い時に冷め難くする為、ラードを使うのが特徴。これはこれでうまいし、どの店もレベルが高いので、ケチの付けようがないが、岐阜出身の僕には、少しだけ(しょうゆ)味が濃く思え、なんとなく角張った感じがしていた。しかし、三日月食堂のラーメンのスープは、黄金色に澄んであっさりしていた。麺は手打ち麺で、基本の旭川ラーメンとは一線を画す。スープもゴクゴク飲める系で、岐阜出身の僕の心にも、しっくり染み込む感じがして、しみじみうまかった。旭川を離れてから10年以上経ったが、あの味が忘れられない。
富良野でもう1件有名なのが、唯我独尊っていうカレー屋。ソーセージカレーが名物で、野菜も肉もうまいからカレーも絶対うまい、って感じ。今勤務している岸和田の駅前にも支店があって、同じ味のカレーが食える事に驚いている。カレーっていえば旭川にいた頃、スープカレーがブームになってよく食べたが、あれは今思い出してもうまかった。私は転勤族で、9ヶ店勤務してきたが、退職したら、自分の勤務した所を旅して巡ってみたい思いがある。特に北海道は、1カ月くらい掛けて回ってみたい。
ゲゲゲ、っ!今、三日月食堂でググッたら、閉店してた。怖くなって、大森のチャンポン店紅山桜飯店もググッたら、まさかの閉店。本当に今の今迄知らなかったんです。ごめんなさい。




