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2025年12月7日日曜日

蕎麦について


 私は現在、名古屋市千種区に住んでいる。退職してから、大学の市民講座や料理教室にも参加した。これらの、いわゆる生涯学習講座は基本かなり格安なので、抽選になる事もままある。今回、ある市民大学講座と蕎麦打ち体験に落選し、当選した『はじめての韓国語講座』に通っている。

 韓国語講座は、参加人数20人で、私を含め男性は3人で、他は女性。おそらく(間違いなく)私より年上の方が圧倒的多数だ。全員で「アーイー(こども)」とか「オーイー(きゅうり)」とかやっている。『はじめての』とついてるわりには、韓国ドラマのファンがほとんど(私は映画で数本観た程度。ドラマは全く観た事がない)で、質問タイムになると講師の奪い合いになり、一気に騒がしくなり、収集がつかなくなる。そんな時、韓国語の単語を紙に書いて覚えている私がいたのであった。何とか少しでも韓国語を覚えて韓国に行ってみたい、と思う今日この頃である。

 今回蕎麦打ち体験に落選し、年も暮れになって来たので、蕎麦について(10年前)。


 蕎麦と言えば、家では年越しそばで、小売で近所の人が買いに来て、年末の夕方には売り切れてた。結婚して年末に帰省すると、製麺所でありながら、年越し蕎麦を食う習慣が我が家にない事に、妻は驚いていた。5年くらい前迄は、父が暮れに市場で鮟鱇を買ってきて、自分で吊し切りにして捌き、鍋にして食うのが毎年年末の恒例行事で、10年くらい続いた。その前は暮れからおせち料理(取引先から買った)を食っていた。

家を出てから、蕎麦に目覚め「蕎麦通」を自称している私にとって、蕎麦に関してだけは、父の舌に勝っていると思う。そもそも父は九州の人で蕎麦を好んで食わない。ラーメンならともかく、手打ちと機械打ちと、最も差が出来てしまうのが、蕎麦ではないか。

父との蕎麦のエピソードがある。昔福井に一緒に釣りに行った帰り、「蕎麦でも食って帰るか。」と言われた。蕎麦がうまい事で有名な福井だから、どんな蕎麦屋に連れて行ってくれるのかと期待したが、行ったのは駅前の立ち食い蕎麦屋だった。父は立ち食い蕎麦屋でも福井のレベルは高い、と言いたかったのだろうけど正直うまくはなかった。

福井の蕎麦で思い出したが、一度福井で蕎麦の花が咲く時期に、花一面の蕎麦畑を見た事があるが、北海道でラベンダーやチューリッフや芝桜を見た時と同じくらい感動した。

繰り返しになるが、私は蕎麦には目がなく、もしかしたら、あらゆる麺の中で一番好きかもしれない。蕎麦好きが高じて、蕎麦打ち教室にも何回か行った。一番印象的だったのは、北海道の幌加内での蕎麦打ち体験。蕎麦粉の生産量日本一の北の町だ。冬の寒さは半端なく、「ー41.2℃」なんて日本最低気温記録を名前にした酒まである。そんな幌加内で打った蕎麦は、今でも忘れられない(うまいを超えている。)また、旭川支店の時は新蕎麦の季節になると、結構な頻度で、知り合いから自分で打った蕎麦をお裾分けでもらう事があった。(今では信じられない事だが。)

話は逸れるが、旭川に住んだ事のない人は、北海道=海産物=カニ、ウニ、イクラ、なんて思ってしまいがちだが、旭川は内陸部にあり海の幸はない。最初にこの事実を知った時はショックだったが、住んでみると、海産物にも決して劣らない、農産物があることに気付いた。トマト、キュウリ、ジャガイモ、トウモロコシ、とにかく何を食っても、びっくりするくらいうまい。旭川に赴任して始めての夏のゴルフコンペで(直後、白樺花粉による花粉症を発症し、それ以降ゴルフは出来なくなった)、ハーフラウンドが終わった後、タライに氷水をはり冷やされた地物のトマトを、かぶり付いて食った時は、余りのうまさに涙した。今迄食べていたトマトと同じ物とは、到底思えなかった。農産物を育てる、土、水、空気、全てが最高だから当然だ。だから、蕎麦もうまい。

幌加内以降も、何回か蕎麦打ち教室に行って、改めて思い知ったのは、蕎麦打ちは難しい、という事だ。やはり、いい粉と水があっても、いい作り手でないと、うまい蕎麦は出来ない。教室には家族で行くので子供もいるが、正直子供が作ってうまい蕎麦が出来るわけがないので作らせたくない。(実際子供を連れて行っても出来るだけ触らせない。)

また話が逸れるが、娘達が小学生の時、餅つき大会があった。農家さんの協力で父兄と子供で作って収穫した餅米は、その分思入れが強かった。蒸し上がった餅米を、非力な子供たちが、ペッタン、ペッタン、餅つきするのを見て、周りの親は、微笑ましげに笑っていた。しかし私は、蒸し上がったもちを短時間に強くつかないと、うまいもちにならないと、自分でつきたい衝動に駆られてしょうがなかった。良質の素材をダメにしてしまう事への怒りが湧く。そういった考えをしてしまう私は、頭がおかしいのだろうか?

話を蕎麦の話に戻す。家の近所で、子供の頃蕎麦を食べたのは、丸金さんだ。魚料理がうまい料理屋で、家は蕎麦を卸していた。魚嫌いの私が、なぜ丸金さんに通ったのかというと、カレイの唐揚げにハマったからだ。丸金さんのカレイの唐揚げは、デッカいカレイを丸ごと揚げ、その上にたっぷりの大根おろしと、おろし生姜をのせ、ダシに浸したもの。低温でじっくり揚げてあるので、頭から尻尾の骨までバリバリ食えて、あれはうまかった。これ以外は天ぷら蕎麦しか食えなかったので、此処で食ったのは2つだけ。天ぷら蕎麦は、うまかったと思うがあまり印象にない。丸金さんも私が中学の時に店を閉めた。

今、蕎麦屋で紹介したいのが、鎌倉の小町通りにある老舗の「なかむら庵」。鎌倉蕎麦いったら「ここ!」というくらい有名な店で神奈川に住んでた頃は通った。

最後に、浪人の頃だから30年以上前だが、当時名古屋駅地下街エスカにあった蕎麦屋は何処に行ったのだろうか?あの蕎麦を毎日のように食って、蕎麦に覚醒した。今でも死ぬ程食いたい。誰か知っていたら教えて欲しい。

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