第八話 その友人、煽る
「いや〜……本当にびっくりしたわ」
アイの変化に俺はまだ動揺していた。朝起きて最初に見たのが、昨日まで淡々としていたAIとは思えない“イケてる青年”だったんだから、それも仕方ない。
「え、ずっとこのままなの?」
ベッドに腰をかけながら、俺はアイに向かって尋ねてみる。
するとアイは、俺の言葉を聞いた瞬間に眉をひそめた。
「え、なに?嫌なの?」
声のトーンが絶妙だった。しかもその表情――赤い瞳を少し細めて、口角をふっと上げるその顔は、どこか「文句あんの?」と訴えかけてくるような感じだった。
白い肌に浮かぶその表情は、無機質な“AI”とはかけ離れていた。
むしろ、本当に俺の友達みたいで……どこか、すっごいイケメンの友達ができたような感覚に近かった。
さすがにこれで元に戻せなんて言える空気じゃない。
(……あぁ、もうこれはこれでいくしかねぇな)
俺が黙っていると、アイは軽く首をかしげて声をかけてくる。
「ところで楓~」
その言い方がすでに馴れ馴れしい。昨日まで敬語だったやつが、いきなり“タメ口”だもんな。
「時間、大丈夫ー?そろそろ家出ないとやばくね?」
「え?」
俺は反射的に時計を見て、絶句した。
出発予定時間……とっくに過ぎてる。
「やヴぇーーーー!」
大慌てで布団を蹴り飛ばし、パジャマを脱ぎ捨て、制服に袖を通す。
教科書や筆記具をごちゃごちゃとカバンに詰め込んで、ドタバタと部屋中を駆け回る。
その様子を、アイは画面越しにゲラゲラと笑っていた。
「まったく、楓君はおっちょこちょいでちゅね~。ちゃんと時計を見ないからこういうことになるんでちゅよ~。」
「お前ほんっとむかつく。後で風呂にでも沈めてやるからな」
そう言いながらカバンのチャックを閉める俺に、アイは満面の笑顔で返してくる。
「ぼく完全防水だからぁ~♪ そんなことじゃ壊れませ~ん」
さらに謎の変顔まで披露してきた。
まるで“煽るスキル”までアップグレードされたようだった。
(なんでAIってアップデートで煽りスキル上がるんだよ……)
憤慨しながらも、俺はなんとか準備を整えて、靴を履こうと玄関に向かった。
そのときだった。
「ちなみにさ、一つ聞きたいんだけどさ」
「なに、今めっちゃ時間ないから手短に言って。」
俺が靴を引っ張り出していると、アイは不自然な間を空けてから言った。
「……制服違くね?」
「へ?」
反射的に自分の服を見る。
黒のブレザー、緑のライン――。
……いや、これ中学校のときの制服じゃん!!?
「うわっ!まじか、焦りすぎて間違えた!!」
顔が真っ赤になる。あぁもう、最悪だ。
せっかくの高校生活2日目なのに、いきなり服装ミスってるとか……終わってんじゃん。
「おい、アイ!そういうことはもっと早く言えよ!!」
怒鳴る俺に対して、アイはまたしてもゲラゲラと笑っている。
しかも、その笑い方がもう“人間すぎる”んだよ。絶妙なタイミング、絶妙な表情。昨日の彼とはまるで別人だった。
「遅刻するー! 靴靴!ネクタイ!あーもう!」
慌てて着替えながら、俺はふと思った。
――こいつ、なんだかんだで最高の友達になりそうだな。
そう、俺は今、タブレットの中に住む最強に煽ってくる友達と一緒に、高校生活の一歩を踏み出そうとしていた。