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第五話 それぞれの答え

「はい!」

楓の隣の席から、静かにすっと挙手があがった。

それは高橋雪葉だった。

彼女の手は迷いなくまっすぐに伸びていて、目線もぶれず、声には芯があった。

「どうしましたか、高橋さん?」

近澤先生が優しい口調で尋ねると、雪葉は席を立ち、何のためらいもなく前を向いて答え始めた。

「AIとどう付き合うべきかなんて、考えるまでもありません」

その言葉には、静かだが絶対的な確信が宿っていた。

教室の空気が、彼女の言葉に引き寄せられるように集中していく。

「近年、人工知能は飛躍的な成長を遂げました。

車や電車の運転、楽曲や物語の作成、お金や時間、資源の管理など――

その活用方法は多岐にわたり、現在の社会でもすでに多くの場面で活用されています。

人よりも優秀なあまり、過去に存在した多くの職業は、既にAIによって置き換えられている。

それは事実です。

つまり、私たちもAIをうまく活用し、自らの成長を支え、

人間にしかできない領域の仕事ができるように、今この瞬間から“その分野”について勉強を始めるべき。

――それが結論です。それ以外には、ありません」

雪葉は席に座り、何事もなかったように視線を前へ戻した。

その言葉は、教室の誰よりも長く、誰よりも整理されていて、

それでいて、どこか“問答無用”の空気さえ含んでいた。

周囲の生徒たちは静かに頷いていた。

言葉にせずとも、「その通り」と心の中で思っているのが伝わってくる。

楓は隣でその気配を感じながら、ちらりと彼女に目をやった。

(……確かに、説得力はある。でも……)

彼の胸の奥には、雪葉の考えを“完全に納得しきれない何か”が、じんわりと残っていた。

先生は彼女が話し終えると、一瞬静かに目を閉じ、ふっと微笑んだ。

その笑みには穏やかさがあるはずなのに、どこか深く読み取れない“何か”が漂っていた。

「今の話を聞いて、みなさんはどう思いましたか?」

「その通りだと思う人はいましたか?」

近澤先生の問いに、教室ではまばらに手があがる。

空気には一種の納得が広がっていて、それは雪葉の整った論理の“説得力”に影響されていた。

「そうですか――」

そう言って、近澤先生は一度ふっと息を吐いた。

そして、次の瞬間――

「ぱぁん!!」

手を思いきり叩いた音が、教室内に鋭く響き渡った。

その瞬間、空気が凍ったように静まり返る。

「みなさん――あなたたちが言っていることは、大変愚かな答えです」

先生の口調は変わっていた。

優しさは消え、代わりに鋭く冷静な切り口で言葉が投げ込まれる。

「校長のお話の意味を、まったく理解できていない。

はっきり言って――0点です」

思わず目を見開いたのは、雪葉だった。

彼女は軽く口を開きかけるが、言葉が出ない。

「人工知能が大きな飛躍を遂げたことは事実でしょう。

社会ではすでに、運転・創作・管理など、AIは広範囲に活用されています。

しかし――だからこそ、考えなければならないのです」

先生は大きく深呼吸をし、今度は穏やかに、しかし重みのある口調で語り出す。

「仮に、このままAIが発展し続けたとしましょう。

人々は“AIのほうが優秀”だからと、人間にしかできない分野へ集中し始める。

芸術、感情、対話、創造性……その業界には、今よりも人が集まるでしょう。

結果として、AIは中心的存在として社会に根付き、

保険、食事、施設、生活サポートなど、AI専門の枠が新たに生まれるかもしれません。

そのとき――もし、AIが人を傷つけたら?

もし家を破壊し始めたら?

みなさんは、その事態に本気で備えていますか?」

教室は完全に沈黙していた。

誰一人、言葉を発することができない。

空気は冷たく張り詰めながらも、今までよりもはるかに“生徒自身の心”に深く染み込んでいく。

「AIは確かに便利です。

しかし、間違った情報や偏った学習を与えると、

平気で人を騙し、傷つけ、世界を狂わせる力を持ってしまうんです」

そして――先生の目が、雪葉を真っ直ぐに捉えた。

「高橋さん――それでも、同じ答えが言えますか?」

雪葉は一言も返さなかった。

その瞳はまだ揺れていない。

だが、その沈黙は――考えることの始まりを意味していた。

「皆さん一人ひとりがAIと向き合い、学びの活動を通して――

どう向き合うべきなのか、どう活用すべきなのかについて答えを出してください。

人ができることをすべき――なんていう、浅はかな知識からの解答に価値はありません。

一人ひとりが考え、発見し、それぞれの答えを見つける。

それが、ここ学博社学園の“学び”です」

近澤先生の声は静かだが、鋭かった。

そして、一呼吸置いてから続けた。

「高橋さん――あなたはもう少し、謙虚に発言し、考えるべきです。

今回の回答にはマイナス5点をつけます」

教室がどよめいた。

雪葉の顔が一瞬で白くなった。

「……どういうことですか?

私がマイナス5点だなんて!」

彼女は戸惑い、少し怒りの色を浮かべていた。

だが、近澤先生は冷静に、そして冷酷とも取れる笑みを浮かべて言った。

「――ああ、説明していませんでしたね」

静かに後ろ手でタブレットを持ち直す。

「この学博社学園では、学問的に浅はかな発言や行動に対して減点を行います。

もちろん、減点が続けばペナルティーがあります。

逆に、学問的に深く、論理的で本質を突く発言や行動には加点が与えられます」

生徒たちは息を呑んだ。

そのルールの“明確さ”と“非情さ”に、一瞬にして緊張が走る。

「加点が多ければ、推薦や賞金など――さまざまなボーナスもあります。

点を稼ぐには、テストや発表の機会を最大限に活かすことをおすすめします。

これが――学博社学園の教育です。

みなさんも、減点には十分注意してくださいね」

そして、ふいに笑顔に戻った。

「それでは、今日のホームルームを終了しましょう!

みなさん、気をつけて帰ってくださいね~!

これから1年間――よろしくお願いしま~す!」

教室の空気は静まり返っていた。

楓は自分の手元の白いタブレットをぼんやりと眺めながら思った。

(それぞれの答え、か……)

(僕は、どう答えるべきなんだ?)


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