第四話 新しい教材
先ほどまで自己紹介で少しざわついていたクラスが、ふっと静まり返る。
その空気を感じ取るように、男性は笑顔を湛えながら講壇の前へと歩み出る。
「はじめまして~。今日から君たちの担任をすることになりました、近澤将司です。
主に、歴史学や国語学などを担当することになると思います。――1年間、よろしくね~」
語尾まで優しさに満ちた口調だった。
声は野太く、しっかりと響いていたが、不思議と圧迫感はなかった。
むしろ、聞いていて安心感があるような、包み込むような温度があった。
けれどその姿――細身のスーツを着こなしながら、背筋は真っ直ぐ、動きに無駄がない。
優しさの奥に、何かしら“油断を許さない存在感”が潜んでいるようにも見えた。
生徒たちは本能的に、彼がただ穏やかなだけの人物ではないことを感じ取っていた。
楓はぼんやりとその様子を眺めながら、心の中でふとつぶやく。
(優しそうだけど、なんか……鋭いな)
それは、目の奥にある熱だったのかもしれない。
あるいは、この先に何か特別な時間が始まることを、彼自身が知っているからなのか――。
クラスメイトたちも、緊張しながらも静かに耳を傾けていた。
高橋雪葉は腕を組んだまま、講壇を見つめる瞳に変化はない。
佐々木豪も、興味があるのか無いのか、腕を組んだまま頭を少し傾けていた。
佐々木豪も、興味があるのか無いのか、腕を組んだまま頭を少し傾けていた。
教室には再び静けさが戻っていた。
「さて、校長の話にもありましたが――」
近澤先生が改めて前へ出ると、口調を少しだけ引き締めて続けた。
「今年度から、AIを導入した新しい教材が導入されます。
これによって、学びのあり方も、みなさんの“考え方”も変わっていくかもしれません。
そこで今から、一人一台タブレットを配布します。卒業まで使用することになるので、大切に扱ってくださいね」
そう言って、教壇の下から黒く大きな箱を引き出した。
厚く梱包された中には、輝く白色のタブレット端末。角は丸みを帯び、どこか柔らかい印象を持っている。
箱を開けるたびに、生徒たちの期待混じりの声が小さく漏れる。
一人一人へ丁寧に端末が配布されていき、楓の手元にもそれは届いた。
見た目は普通の端末。だけど、何か“違う空気”が流れている気がした。
「じゃあ、起動してみようか」
画面に表示された「起動中」の文字がぐるぐると回る。
どこか機械的な音がしながら、画面がしばらく光を帯び始める。
そして――
ぱっ、とタブレットが光り輝いた次の瞬間、
「パシャッ」と軽いシャッター音が響いた。
画面の中に、突如現れたのは――
赤い瞳、白いマッシュルームヘア、同じ年頃の色白の青年。
整った顔立ちで、表情には優しげな笑みが浮かんでいた。
「登録完了いたしました。――松下楓さん、これからよろしくお願いします」
楓は思わずタブレットを覗き込んだ。
声も、表情も、なぜか“人間の温度”に近いものを感じていた。
「え、えぇっ……?」
驚きの言葉が漏れた楓に対し、近澤先生は続けて説明を始めた。
「このタブレットは、国によって開発されたものです。
今のログイン時に、皆さんの顔と指紋の情報が登録されました。
つまりこの端末は、完全に“あなた専用のAIパートナー”になります」
生徒たちがどよめく中、先生の声は静かに続いていく。
「この中には、今は何の情報も入っていません。
あなたが何を学び、何を探し、何に興味を持っていくか――それに応じて、AIもまた“学んで”いきます。
そしてその過程を通して、卒業までに皆さん一人ひとりが、AIとどう付き合うべきかという問いに答えを出してほしい」
静まり返った教室のなか、楓は目の前の青年――“アイくん”をじっと見つめていた。
(AIをどう使うのが正しいのか……)
校長の言葉が、改めて脳裏に蘇っていた。