第二話 入学式にて
ホールの照明が落ち、場内が静寂に包まれた。
一筋のスポットライトが舞台に差し込み、そこに立っていたのは――校長、堂本 紳介。
ふさふさとした白髪のひげに、燕尾服を見事に着こなした姿は、一見すると由緒ある邸宅の執事のようだ。
しかしその眼差しは鋭く、背筋の伸びた立ち姿には、百年の伝統を背負う者としての風格が滲んでいた。
そして、口を開いた瞬間――その声は、まるで空気を透き通るように響いた。
音として聞こえるのではなく、脳の中に直接語りかけてくるような感覚。
ホールの一人ひとりが、心の内側から声を聞いているようだった。
「新入生諸君、まずは入学おめでとう」
堂本校長の言葉が、ゆっくりと場内を包む。
「我が学博社学園は、皆さんの入学を心より歓迎いたします。
諸君はこれから三年間、多くのことを見聞し、深め、学ぶことだろう。
そこで最も大切なことは――本質を見極めることだ。
何のために学ぶのか。
何を実現するために学ぶのか。
その“学びの本質”について、日々向き合ってほしい。
それはやがて、自らとの対話につながり、自己理解を深めることにもなっていく。
この経験は将来、諸君が進むべき道を定める大きな助けとなるはずだ」
楓はぼんやりと校長の言葉を聞きながら、ふと目を覚ますような感覚を覚えていた。
透き通る声が、心の奥に染みこんでくる。なんだか……少しだけ、背筋を伸ばしたくなった。
「さて――近年、AIが発展し、我々の暮らしも大きく変化しています。
そして、その変化を体得し、適応できた者こそが、これからの時代の“舵取り”をする存在となるでしょう。
我が校でも、今年より文部科学省から導入されたAIアプリケーション『アイ君』を、教育の一環として取り入れます。
一人一人に、生成AIとの学習パートナーが与えられます。
「一人一人に、生成AIとの学習パートナーが与えられます。
対話を重ね、自らの学習を深めるとともに――
どうAIを活用していくか、そしてどう利用するのが“正しい”のか。
この問いに向き合うことを、私は諸君に強く望みます。
それでは、私の話は以上といたします」
堂本校長は静かに一礼し、舞台の照明がすっと落ちた。
ホールは再び静けさに包まれ、誰もが余韻に浸っていた。
楓はぼんやりと天井のシャンデリアを見上げながら、ふと考えていた。
「AIをどう利用するのが“正しい”のか?」
簡単なようでいて、どこか引っかかる。
効率よく学び、正確に情報を処理することだけが“正しさ”なのか?
もしAIが人の気持ちに寄り添えるなら――それはもう、人を導く力を持ってしまうのではないか。
楓は自分の胸の内に浮かんだ、その問いの重さを感じながら、
今始まったばかりの“この三年間”が
ただの学園生活では終わらないことを、うっすらと悟っていた。