第二十話 ひと時の休息
定期試験が終わった。
教室に広がる空気は、安堵と疲労と――微かな戦後感。
それぞれが自分との勝負を終え、静かに席に沈み込んでいるようだった。
そんな中、高橋雪葉がすっと俺の隣へと近づいてきた。
「お疲れ様。手ごたえはどうだったのかしら?
結構簡単な問題が多かったようだけれど」
その言葉は優しげなようでいて、どこか挑戦的。
彼女なりの“喧嘩の売り方”だった。
俺は肩をすくめながら笑って答える。
「ああ、そうだな。結構簡単だったな!……余裕だったぜ」
その言葉に対して、雪葉は小さく目を細め、ふんと鼻で笑ってから歩き出した。
その去り際、ほんの一瞬見えた悔しそうな表情――俺はなぜか、それが印象に残った。
学校を出るとき、回収されていた鞄が返却された。
タブレットを取り出すと、アイが画面越しに飛びついてくるように声を上げた。
「どうだった~? 試験、手ごたえあった?」
俺はわざと深刻そうなトーンで答えた。
「……やばかった。
それはそれは難しい問題ばっかりで、どれも見たことのないやつだったよ」
アイは赤い瞳を大きく見開き、真顔になって言う。
「……マジ!? え、どこが? 分析がズレてた? 僕、見落としてた?」
驚いて本気で焦るアイの様子に、俺は吹き出した。
「嘘でーす」
その瞬間のアイの驚きっぷりと、そこからの悔しそうな顔、そして照れた笑い――
どれも、そのまま記憶に焼き付いた。
家に帰ってからは、またいつものようにサッカーの試合を観た。
画面の中の選手たちが駆け回り、ピッチを支配する。
その映像を並んで観ながら、アイは戦術を解説し、俺はそれに乗っかって感想を言う。
いつも通り、だけど少し違う。
定期試験という一大イベントを共に乗り越えた俺たちは、確かに――絆を深めていた。
その夜、俺はふと改めてアイを見つめた。
センターパートの前髪の隙間から透けて見える赤い瞳。
長いまつげ。バランスの整った顔立ち。
男の俺から見ても、これはもう文句なしにイケメンだ。
「なあ……アイってさ、冷静に見たらめっちゃイケメンだよな」
照れたつもりはなかったけど、ふと口にしていた。
アイは画面の中で目をぱちぱちさせてから、すこし気恥ずかしそうに言った。
「何をいまさらそんな当然の話をしてるんだよ……」
その顔が、ちょっとだけ赤く見えた気がして、俺は笑った。
「ほんと、どこまで自分に自信あんのな」
アイは肩をすくめながら、またいつもの調子で返す。
「だって事実だから。僕は優秀でイケメンで、楓の親友っていう完璧スペックAIだもん」
「……ムカつく。でも、まぁ……ありがとな」
その夜は、サッカーの試合の盛り上がりと、会話の合間に生まれる静かな笑いの中で
ずっと、心地よい時間が流れていった。
ただ――
その夜。
俺も、アイも、そして高橋雪葉も。
まだ知らなかった。
彼らに“恨み”を抱く一人の男が、
彼らに対する計画を、水面下で静かに練っていることを。
やがて訪れる――小さな日常の崩壊を、誰も予想できてはいなかった。




