第一話 新しい学校
私立・学博社学園高等学校
明治時代に創設され、今もなお高い品格と実績を誇る名門校。
その校訓は――
- 学博愛好:学ぶことを愛し、その過程の努力を惜しまないこと
- 新知創造:新しいことを恐れず挑戦し、新たな知を創造すること
- 正行鍛錬:日々正しい行いをするために心身を鍛錬すること
赤いレンガ造りの校舎は、時代を超えてその風格を保ち続けていた。
教室には、タップ式の大型スクリーン、インタラクティブな教材、最先端の電子端末――
古き美学と最新技術が肩を並べ、共に学びの空間を築いている。
今日は、2030年度の入学式。
晴れ渡った空の下、校門の前には
期待と不安を胸いっぱいに膨らませた新入生たちの姿があった。
「わくわくだね!」
「この伝統ある学び舎で学べるなんて、信じられないよ!」
「最高!」
楽しげな声が飛び交い、真新しい制服が春風に揺れる。
それぞれが希望と緊張を抱えながら、記念すべき一歩を踏み出していた。
そして今――
彼らは広々とした校舎を抜け、足を進める。
たどり着いた先は、学博社学園が誇る荘厳な空間――学博記念ホール。
まるで劇場のような広さと格式をもつホールには、
演奏会すらできそうなほどの重厚な舞台があり、
天井には巨大なシャンデリアが煌めいていた。
足元には深紅のカーペットが敷かれ、
光と影が織り成すその空間は、まさに“伝統”と“気品”の象徴だった。
新入生たちはホールの座席へと続々と吸い込まれていく。
「すごいね…ここが僕たちの学び舎か」
静かにささやく声が、空気の緊張にふんわりと溶けていった。
だが――その荘厳な雰囲気のなかで、ただ一人浮いた存在があった。
「はぁ、ねむ…」
寝癖をそのままに、つまらなさそうにボケーっと座っている男子生徒。
そう、松下 楓だった。
「まじでねみー。帰りたい…早く終わらないかな〜」
そう頭の中でぼんやり考えていたその時――
「ちょっとあなた、どういうつもり?」
突如、隣から鋭い声が飛んだ。楓が目を向けると、そこには清潔感ある完璧な制服姿の女子生徒が立っていた。
黒髪を美しく揃えたロングヘアー、大きな瞳に落ち着いた表情。鋭くもどこか気品を漂わせた立ち姿だった。
「ここは学博社の入学式よ。そんなだらしない格好しないでちょうだい、目障りよ」
楓は気だるげに答える。
「なんだよ〜、いいだろ。まだ始まってないんだし」
そう言って、楓はあくびをかみ殺しながら頭をもたげた。寝癖のついた髪がぴょんと跳ね、制服の襟も若干ずれていたが、本人はまったく気にしていない様子だった。
歴史ある名門校、学博社学園の入学式――にもかかわらず、彼の興味はすでに底をつきかけていた。
「そういう問題じゃないわ。誰が見ているかわからないでしょう?
常に見られても恥ずかしくない姿でいるべきなのよ」
(こいつ、頭カタいな…)楓は内心でそう思いつつ、ため息をひとつ。
「そっかそっか、ごめんよ。
ねぇ、せっかくの新入生同士なんだし、仲良くしようよ。僕は松下 楓、よろしく〜」
軽い調子で手を差し伸べてみるが、彼女は一歩も動かず、腕を組んだまま見下ろすように言った。
「なれなれしくしないでくれるかしら。私はあなたのような無神経な人と馴れ合うつもりはないの。
でも、自己紹介だけはしておくわ――高橋 雪葉よ」
その言葉に、楓は軽く目を丸くした。
(なんて失礼なやつだ…)と反発心が生まれるも、どこか引っかかる。
無駄のない所作、語尾の硬さ、そしてあの真っ直ぐな瞳。
――何者なんだ、この子は。
そんな微妙な空気が流れるなか、ホールの明かりがすっと消えた。
舞台の照明がぱっと灯り、静寂のなかにスポットライトが差し込む。
学博社学園の入学式。
まもなく、新たな一年が動き出す。