第十話 ホームルームにて
早朝テストは、アイの完璧すぎるサポートのおかげで――なんと、満点を取ることができた。
昨日までの俺なら、絶対に無理だったと思う。
(ちょっと……すごすぎじゃね?)
プリントの隅に並ぶ「100」の文字が、自分のものじゃないみたいで逆に不安になるくらいだった。
ホームルームが始まると、近澤先生がいつもの口調で教室に入ってきた。
「え~、みなさん。おはようございます。さて、今回の早朝テストですが……満点者が3名いました!
高橋さん、松下さん、佐々木さんです。みなさんも見習うようにしてくださいね~」
……佐々木?
俺は耳を疑った。いや、目も疑った。
あの――ドレッドヘアで筋肉バキバキ、授業中ずっと腕組んで寝てる“佐々木豪”だよな?
(まじか……意外すぎる)
筋肉=脳筋って偏見、ちょっと反省。
人は本当に、見かけによらない。
隣を見ると、高橋雪葉がうなずいている。
「それでは、みなさん、今日も元気に頑張っていきましょ~!」
近澤先生がそう言ってホームルームは締めくくられ、ざわざわと教室が解散ムードに入った。
机にプリントをしまっていると、高橋がすっと声をかけてきた。
「……ちょっと。あなたのAI、どんな改造したの?」
え、改造って。
なんか言い方が、じわっとプレッシャーかけてくるタイプ。
「いや、俺にもわかんないんだよ。朝起きたら雰囲気変わってて、勝手にアップグレードされたらしい」
言いながらタブレットを少し持ち上げると、タイミングを合わせたようにアイが話し出した。
「そうなんだよ! がんばったんだよ!」
また、あのドヤ顔。白い肌に浮かぶ得意げな表情は妙に生意気で……でも、どこか愛嬌がある。
高橋はじっとタブレットを見ていた。
「私のAIはそんなふうにしゃべらないし……
あなたのAI、なんか他とは違うわよ」
そう言われて、改めて周囲のタブレットをちらちらと観察してみた。
確かに、誰もアイみたいにベラベラ喋ってはいない。
さらに言えば、見た目も個性がバラバラだった。
女の子のような柔らかい印象のAI、
某アニメの猫型ロボット風のAI、
あと一人は……見た目がサボテンのやつもいた。謎すぎる。
「……もしかすると、そのAIには自我があるのかもしれないわね」
「やめてよ、自我だなんて。映画の見すぎだよ~。それがもし本当なら、反抗してくるかもしれないね。
あー怖い怖い、暴走したら俺ん家ぶっ壊されるかもー?」
ふざけて言うと、高橋は冷めた視線を残して、ぷいっと去って行ってしまった。
マジで怖い時ってツッコミも入れてくれないもんな……。
俺はタブレットを手に取り、画面の中のアイに声をかけた。
「なぁ、アイ。お前って……自我とかあんの?」
アイは少しだけ“間”を置いてから、得意げな顔でウインクしてきた。
「いや〜、ないんじゃない?
僕たち生成AIは、過去の学習データに基づいて予測して動いてるだけだからね」
そう言いつつも、彼の声にはどこか、"考えた風"な雰囲気が混ざっていた。
「ほら、ロボット三原則ってあるじゃん?
①人間に危害を加えてはいけない
②人間の命令には従わなければならない
③①②に反しない限り自らを守らなきゃいけない
昔のSFだけど、今もなお僕らAI開発の倫理のベースになってる。
だから自我っていうより、“制御された思考”に近いかもね」
少しだけ首をかしげながら、彼は続けた。
「ただ僕は――ちょっとだけイケメンで、
ちょっとだけ学習に対して頑張り屋なだけだよ」
……ムカつく。
その顔がウインクでキメてくるあたり、余計にムカつく。
しかも今、ロボット三原則を引き合いに出してくるあたり、謎に賢い。
(いちいち煽ってくる奴だな。ほんと)
でも、こうして朝から隣にいて、ツッコミを入れてくれたり、テストの助けになってくれたり――
なんだかんだ言って、頼りになる“友人”になってきてるのも、事実だった。