第九話 早朝テストにて
なんとか、学校にたどり着いた。
やばい時間だったけど、アイが道案内してくれたおかげでギリギリ間に合った。
「こっちのほうが近い。次、右。そのまままっすぐ……そこ、曲がって、ジャンプ」
指示がいちいち軽い。
ナビとしての性能は抜群なのに、口調がイラっとくる。
でも正直、めちゃくちゃ優秀だった。地図アプリより断然早い。
むかつくけど――まあ、使える奴だ。
教室に滑り込むと、すでにほぼ全員が席に着いていた。
朝独特のピリついた空気の中、俺は自分の席へ向かう。
すると、タイミングを合わせたように、教室の扉が開いた。
入ってきたのは、あの軽妙な担任――近澤先生。
「みなさ~ん。おはようございます。さて、早朝テストを始めていきますよ~!」
……は? え、なにそれ?
朝からテストって何の冗談だ。
びっくりして隣の席を見ると、高橋雪葉があきれたようにため息をついていた。
「……あんた、なにも見てなかったの? 昨日のオリエンテーションで配られた紙に書いてあったじゃない」
「え、あったっけ?」
「学博社学園では、毎朝英単語か漢字の確認テストを実施して、頭の回転力を高めるのよ。そういう習慣なの。ほら、“学博愛好・新知創造・正行鍛錬”って校訓にも通じるでしょ?」
なるほど、理屈は立派すぎて震える。
とはいえ、朝からテストって……それ、現実にやるのかよ。
「でもさ、回転力を上げる目的のテストなら、多少点悪くても別にいいじゃん?」
そう言うと、雪葉がピシッと一言。
「そんなわけないじゃない。点が8割以下だったら“減点”されるのよ。成績に。これは日々の積み重ねってことで判断されるんだから」
「……え? がち? 最悪やん」
軽く絶望しかけてる俺に、先生の手から白いプリントが渡されてきた。
見ると、びっしり。
びっしりすぎて目が回る。
(問題……500個もあるじゃん……。なにこれ、拷問?)
目を皿のようにしてプリントを見つめながら、俺は心の中で叫んでいた。
人生終了。
寝坊からのスタートで、まさか即赤点のピンチに陥るなんて。
そんな絶望の中、耳に届いたのは、静かな……笑い声だった。
「くすくす」
ああ?
俺の視線がゆっくり鞄からはみ出たタブレットへ向く。
そこには、ふざけた顔を浮かべるアイがいた。
白パーカー姿、センターパートに耳ピアス。相変わらずイケメンでむかつく。
「……なに笑ってんだよ。お前の持ち主が苦しんでるってのに、やっぱ使えない奴じゃねーか」
アイは言葉を返さず、ただ“にこっ”と笑って画面の中で紙を持ち出した。
そして、さらりと何かを書いた。
「分からない単語、あったら答えてあげるよ」
……神かよ。
一気に空が開けたような気がした。
「まじで? ほんとに? サポートしてくれるの?」
「もちろん。僕は君の学習パートナーだからね。言葉、漢字、用例――何でも聞いて。即レスで返すよ」
「……使える、使えるぞ、こいつ!」
昨日までは煽ってくるばかりだったアイが、今は救世主に見えた。
高橋がちらりと視線を送ってきた。
「ふーん。……あんたのAI、思ったより優秀そうね」
「でしょ?」
得意げに言いながら、俺はプリントの一問目を見つめる。
よし。ここから、俺とAIの“朝の戦い”が始まる。
勝てるかどうかは――アイ次第だ。