55.ウェディングケーキ
色々あった1年が終わり、今日から2学年に進級した私達。まさか1学年中、乙女ゲームに振り回されるとは思わなかったわ……。
「今年は普通の学園生活を送りたいです」
「そうだね。でも俺はディアがいれば何でもいいけど」
「ウィル様……///」
ウィル様と見つめ合っていたら、近くから咳払いが聞こえてきた。
「ロナルド殿下っ」
実はロナルド殿下がゲームから1年遅れで留学してきたのだ。なんでもせっかく仲良くなれた令嬢も、気が付いたら婚約者の座を狙ってきたりっていうのが頻発してたみたいで。
それが嫌で、事情を知っている私達がいる学園に留学してきたんだけど……気が付いたらっていうか、最初っからそのつもりで近づかれてると思うよ。
「邪魔してごめんね」
「いえ、失礼しました」
ロナルド殿下がいるからと、私達はまた王族用サロンで昼食をとっていたんだった。一体いつになったら私は食堂に行けるのだろうか……。
*
やらかしてしまったローズは、その後辺境にある修道院へと送られたの。そこは規律が厳しいことでも有名で、ブラック元侯爵夫人もいる場所。所謂犯罪者と呼ばれる人が多く送られる場所で、一度入ると相当の理由がないと出られない。
家族やウィル様にはローズを処刑すべきだと言われたわ。身分が平民になってからの傷害事件だから、本来ならそうなってもおかしくないのは分かってる。
でも……甘いのかもしれないけど、私のせいで誰かの命を奪うなんて事したくなくて。
そりゃあ家族やウィル様の命を奪われたら私だって許さないけど、誰の命も奪われてないし、私自身怪我すらしていない。それなのに身分差で処刑なんて……止めなかったらきっと一生後悔してしまうと思ったの。
それにその修道院では今後米作りをして貰う予定で。なら人手は一人でも多い方がいいでしょう?
*
「あっ、そうだ! 兄上からザッハトルテがいいと言われたよ」
「ザッハトルテですか……」
美味しいし好きだけど、私的にウェディングケーキって感じじゃないんだよね。
「何かあるの?」
「兄上の結婚式で、特別なケーキを用意したいとディアが提案してくれたんだ」
「あぁ、ウェディ……結婚式用のケーキか」
前世とは違う形で行われる結婚式。
教会で挙式を挙げ、お披露目パーティーがその後に開かれるけど……主役の新郎新婦は途中で退席するし、出席者的には通常の夜会とそう変わらない。
食事はビュッフェスタイルで、ケーキとか様々なスイーツは用意されているけど『ウェディングケーキ』はない。もちろんケーキカットだってないわ。既に1人用にカットされてるしね。
でも私、自分の結婚式ではウェディングケーキを用意したいの。だからこそ半年後に予定されている、王太子殿下の結婚式に間に合わせたいのだ。
なぜ最初にするのが自分達ではないのか。それはウィル様が隣国出身の側妃腹だから。いくら王族の家族仲が良い事を知っていても、悪いことを考える人はいるもので。
ウィル様は王位なんて望んでいないのに、流行を生み出したって担ぎ上げられても困る。一応ある派閥、第一王子派の人間から妬まれたり恨まれたくもないからね。
それならば王太子殿下の結婚式を皮切りに、流行らせてしまえばいいじゃないかと思ったのよ。ついでにその後にあるお兄様の結婚式でも用意したら……うん、きっと流行るわ。
もちろん王太子殿下もナタリー様も、お兄様もみんなが大賛成してくれた。
ちなみにブーケトスも提案したけど、それは王城のバルコニーから花びらを撒き、国民へ幸せのおすそ分けをするって方向で決定してしまった。
フラワーシャワーが逆になってしまった感……まぁ王族だしね。私達も同様になる気もするけど、それは仕方ないか。
それにしたってザッハトルテか。カカオで命を救われてから、王太子殿下は無類のチョコレート好きだものね。
でも……。
「ちょっと違うのよねぇ」
「クラウディア嬢の兄上の時には、違うケーキにすればいいんじゃないか?」
「!! それもそうですね」
いいこと言うじゃん! ロナルド殿下。
「自分達が好きなケーキをホールで用意して……ケーキカット!」
うんうん、それがいいわ。そもそも私のイメージとは違うってだけなんだし、固定概念は良くないわよね。
「ケーキカット?」
「はい! 新郎新婦が2人で1つのナイフを使って切るんです」
「それはダメだっ!」
「「えっ!?」」
ウィル様の否定に、私とロナルド殿下は驚きを隠せない。
「刃物を持つなんて危ないだろう」
あー、なるほど。普段料理人が使っている包丁を使うと思っているのね。それは確かに危険だわ。
「カトラリーのナイフを大きくしたもの、それで切るのもダメですか?」
「……それならまだいい……のか? でもそんな事する必要なんてないだろう」
「それは…………あれです! お祝いに来てくれてありがとう~みたいな?」
「ははっ。なんだそれ」
うーん、ケーキカットにも意味があったような気がするんだけど……えっと、なんだっけな?
ロナルド殿下覚えてない? とチラッと見てみると、肩をすくめられてしまった。
「……初めての共同作業」
「それだっ!! ……失礼しました。その、ロナルド殿下の案がしっくり来まして」
「確かにディアの理由より納得できるかもね」
「うぅ。ウィル様酷いです」
「でも俺はディアの考えが好きだよ?」
ウィル様ったら///
「え、また始まった?」
「申し訳ございませんロナルド殿下。ですがこれがいつも通りのお二人なので、慣れていただくしかありません」
「そうなのか……」
ロナルド殿下に慣れるよう言っていたデイビット様の言葉は、見つめ合っている私達の耳には入ってこなかった。
*
その後製作依頼したケーキカット用のナイフには、王太子殿下とナタリー様、お二人の瞳の色の宝石が埋め込まれることになった。これは……きっと定番化しそうだわ。
ちなみにファーストバイトも提案してみたけれど、ナタリー様に『皆様の前で食べさせ合うなんて恥ずかしいですわ!』って言われてしまい、こちらは却下されてしまった。
……私達の結婚式まで2年あるし、こっちは少しずつ浸透させていこう。




