51.悪役令嬢にランクアップ
入学してからずっと敷いていた厳戒態勢。緩めても問題ないだろうと判断され、みんなは食堂や中庭を利用したり、昼の時間を自由に過ごすようになった。
私達は……ウィル様が気付かれてはいないけど狙われているし、私も待ち伏せまでして絡まれるから今まで通り王族用サロンを利用してるけど。
「きゃあ!」
いつも通り待ち伏せしていたローズ。また何かしら絡んでくるかと思ったら、私に声をかける前に転けたみたい。
さすがに無視出来ないし、手を貸そうかしら。
「クラウディア様、酷いです!」
「えっ?」
驚いて差し出した手を引っ込めてしまった。
「足を引っ掛けるなんて、とても貴族令嬢がすることとは思えません」
?? 私、何もしてないけど?
両手を胸の前で組み、涙目で私を責めるローズ。
「なるほど」
王道ね。まさか実体験する機会が来るとは思わなかったわ。私にいじめられているんだとアピールしたいんだろうけど、転ける瞬間は私以外に見られちゃいけないんじゃない?
「ディアは何もしていないだろう」
それに一番信じてほしい人が私を信じてくれているし。えっと……失敗では?
「私がハルト様と仲がいいからって……」
えっ、この状況で続けるの? そもそもあなたの言うハルト様がここにいるのに。どうしよう、笑いそう。
ぷっ。
……ダメだわ。笑いを堪えきれそうにないから、ウィル様の腕で顔を隠させてもらおう。
「ずるいよ、ディア」
ごめんなさい。でも我慢できなかったんだんもん。
「そうやって婚約者がいるのに他の男性と親しくするなんて……最低です」
んー、婚約者なんだけどな。
「私達、親しい仲に見えますか?」
「はい。その人と付き合ってるんですか?」
「えぇ」
既に婚約者だから、お付き合いしましょうみたいなのはなかったけどね。間違ってはないもの。
「ディア……」
なんだか隣で嬉しそうにしているし、婚約した日を記念日にしようって後で提案してみようかな。第三者から見て、私とウィル様が親しい仲に見えるって言われて嬉しかったしね。
ウィル様としばし見つめ合う。
「ディア、行こう」
「はい」
どちらともなく手を取り合って教室に戻り始めた。ローズはノエルが差し出した手を取って立ち上がってるけど、いい加減ノエルの正体にも気付こうよ。
ふぅ。絡み方を方向転換したみたいだし、しばらく1人にならないようにしなきゃ。
*
たちの悪い事に、ローズは私にいじめられていると噂を流しだした。
「はぁ、面倒だわ」
といってもローズを信じてる人はごく少数の下位貴族のみ。それだけなら気にしないんだけど。
「ポーラ、そろそろ手を打ってもいいかな?」
「もちろんです。クラウディア様がなさらないなら、私が動くところでした」
私のことだけならまだしも、ウィル様との仲についても言い出し始めたから絶対に許せなくなっちゃった。
何でも、休日になると手作り菓子を持って王宮に行っているんだとか。それに関しては嘘は言ってないわね。門番に追い払われているけど、本当に来てはいるもの。
でも、ローズとウィル様が休日に会っているって思われるような、含みのある言い方だから……誰一人として信じていなかったとしても、そんな噂があるだけでイヤ。
「ふふ。ありがとう。手伝ってもらう事もあるかもしれないわ」
「お任せください」
それにしてもローズはどうしたいの? 物語のヒロインたちは、状況は違ってもちゃんと攻略対象者を恋に落としているのよ? ウィル様はもちろん、ローズは誰一人として落としてないじゃない。
魔法なんてない世界だから、魅了アイテムなんてものはないはず。でも媚薬成分が入った手作り料理を食べさせ、既成事実を作ろうとしてくるかもしれない。
ポーラに早速お願いすることが出来てしまったわ。
「ポーラ。フラワー男爵家が、ここ数年で購入してきた商品を調べておいて」
「承知しました」
ふふふ。なんだか私、悪役令嬢みたいね。
ゲームのウィル様は婚約者がいないってことは、ゲームでの私はモブ……ううん、未登場でモブですらないかも。未登場から悪役令嬢、これって昇格になるのかしら?
*
「きゃー!」
とうとう来ました、階段落ちイベント! 数段とはいえ、痛くないの?
じゃないわよ。
「後ろから突き飛ばすなんて……クラウディア様……酷いです」
せっかく軽めの罰で済ましてあげようと思ってたのに。私に更に冤罪をかけるのね。しかも傷害事件の犯人として。
「私がハルト様と仲が良いからってあんまりです」
「言っている意味が分かりません」
私思うの。悪役令嬢よりモブの方が怖いんじゃないかって。だって何をしてくるか、全く予想つかないでしょ?
「酷いです!」
「何が?」
「何がって……」
大体私はウィル様と階段を降りていて、ローズは1人で階段を登っていた。
「そもそも、私達と階段ですれ違うことがおかしいのよ?」
「私が男爵令嬢だからですか?」
「そうよ」
「酷いですっ!」
酷い酷いって、語彙力のなさよ。
「道を譲るのって常識よ?」
「道じゃなくて階段です」
え、バカなの?
「常識がなさすぎるだろう」
ね? ウィル様もそう思うよね。
「あなたには関係ないです」
むしろ一番関係あると思うわよ。まぁいいわ。
「男爵家に抗議文を送りますね。メープル伯爵家からと……」
「王家からも送ろう」
「っ! 王家!?」
なんで? って驚いてるけど、本当誰か教えてあげなよ。
「一応教えておきます。道であれ階段であれ、上位の者に道を譲るのは常識です。もちろん立ち止まって。でないと不敬罪に問われる可能性もありますよ」
「し、知らなくて……」
「知らない者が悪いのです。それから今回の冤罪についての謝罪は不要です。許すつもりないので」
ウィル様の正体を知らないから、階段を降りている私を見てチャンスだと思ったんでしょ? ダメよ? 踊り場で気付いたならそこで待つのが正解なんだから。




