39.病弱だった宰相子息*2年前
先日ウィル様から話を聞いた後に日程が調整され、今日はジェームズ様とお茶会。
「クラウディア嬢には本当に感謝しているんです」
会って早々にお礼を言われてしまった。
感謝の度合いが凄いのか、手を握られありがとうありがとうって……あのぉ、一応私令嬢なので、手に触れるのはやめていただけます? 隣りにいる私の婚約者様も、こめかみをピクピクとさせていますし。
「ジェームズ」
ほぉら。怒気を含む声で『離せ』ってジェームズ様の手を強引に離し、上書きするかのように私の手を擦りだしたじゃない。
うぅ。ウィル様に触られるとドキドキしてしまうのに。
「失礼いたしました。命の恩人に会えた感動が押し寄せてしまいました」
「えっと……お、お役に立てたのなら光栄です」
命の恩人って? いや、本当に何の話!?
「私、幼い頃から肉が苦手なんです」
おもむろに始まった昔話——なんでもお肉独特の匂いに吐き気を催してしまい、口にすることが出来なかったそう。
「獣臭さに抵抗があるのですね」
「そうなんです」
ちょ、ちょっと。これくらい誰でも予想つくから! 崇めるような目を向けないでほしい。
まぁ獣臭さが無理っていうのはめちゃくちゃ分かるよ。私も幼い頃っていうか前世を思い出した瞬間から、よく今まで普通に食べれたなと思ったくらいだもの。
でもそれも大分改善したはず。そりゃあ完璧にとまではいかないけどね。
「実は野菜の匂いも苦手で」
「野菜もですか?」
「はい」
お肉よりはマシだから無理して食べていたと、苦々しい顔で仰った。土臭さとか青臭さとかも無理ってことね。
「大変でしたね」
そっちも……分からなくもないのよね。私も今までいかに恵まれていたか身にしみて分かったもの。だから野菜レシピに力を入れた。収穫の仕方にも口を出したし、本当、領主の娘だから出来た技よね。
ジェームズ様は、果物やパンについては匂いを気にせず食べることが出来たそう。だからそればっかり食べてしまい、常に体調が良くない状態だったそう。
そりゃそうだ。栄養が偏っちゃってるし。病弱に見えていたのはあながち間違いじゃなかったってことね。
「そんな時にウィルハルト殿下から、野菜レシピを提供してもらったんです」
「そうだったんですね」
そういえば友人にレシピを教えてもいいかと、ウィル様に聞かれたことがあった。あの時、伯爵家の料理人が新しく生み出したレシピは私の独断で決めることは出来ないから、それ以外ならって言ったのよね。
前世の誰かが生み出したレシピは私のものじゃないし、秘匿する理由もなければそれで利益を得るのも気が引ける。なんならそれを元にもっと色んな料理が出来てほしいとも思っていたから。
友人ってジェームズ様のことだったのね。
「全てクラウディア嬢発案のレシピだと聞き、いつかお礼を言いたいと思っていました」
「いえ。我が家で働く料理人の、努力の賜物です」
私の記憶であることに変わりないけど、こういう物を! っていう私の希望を叶えてくれたのは料理人たちだから。
「ではメープル伯爵家に正式にお礼をさせてほしい」
「それは、お兄様かお父様とお話してくださいませ」
そこまでしなくていいのに。でもそれだけ困っていたってことよねぇ。
もしかしたらジェームズ様みたいに困っている人が他にもいるかもしれないわ。レシピなんてさっさと広がればいいのに。
「ジェームズ様、今は野菜もお肉も問題なく口にできるのですか?」
「お肉は未だに無理ですね」
「匂いですか?」
「はい。改良されているのは分かっているんですが……」
うーん。多分トラウマになっちゃったんじゃないかな? 野菜はレシピっていう目に見えた変化があるけど、お肉に関しては餌の変更をメインにしたから。
「お肉の新レシピ……下処理の方法をお教えしましょうか?」
「いいんですか?」
料理の際に匂いを消す方法もある。手間がかかるから広めていないけど、我が家はそれも行ってるのだ。これも前世知識を元にしたんだけどね。
「その代わりにお願いしたいことがあります」
「殿下から聞いていますよ。大豆、ですよね」
「はいっ! 実は、大豆で加工食品を作りたいと思っているのです」
厳密には豆腐を!
「それは干し果物やジャムのような?」
「その通りです」
さすが、果物を使った商品についてお詳しい様子。
「本日お持ちしたものがあるのです。加工食品、とは少し違うのですが」
宰相も大豆の加工食品に期待してくれていると、ウィル様経由で聞いていた。だからこそ持ってきてくれたそうで。まさか侯爵家の皆様全員が期待してくれていたとは……まだ豆腐が出来る確証はないんだけどな。
などと思っている間に、目の前に用意された物は……
これはっ!
「枝豆ですか!?」
「!! よくご存知で」
「あはは~。食べてみたいと思っていたので」
枝豆も手に入れたいと思っていたから、ついついテンションが上ってしまった自覚はあるよ? でもウィル様……なにも笑うことないじゃない。ちゃあんと笑いを堪えているウィル様が、目の端に写ってるからねっ!
「ウィル様~」
「ごめんごめん」
「もうっ」
「ディア、機嫌直して? せっかくだからいただこう?」
「……っ、はい///」
頬に手を当てながら聞くなんてズルいと思う。
「えっと……」
「気にしたら負けだ」
「いつものことですから」
なぜか戸惑うジェームズ様にデイビット様とキース様が呆れた感じで声を掛け、チラッと見たノエルも無言で頷きを返していた。
……何のこと?
あまり気にしないと決め、側妃宮の見知った使用人に、枝豆を茹でる際に塩を入れるようにとお願いしておいた。




