35.ハービー子爵令息*3年前
貰ったあんずとメープルシロップでジャムを作り、ザッハトルテを作ってみた。
「ん~! 美味しすぎます」
一番上手く出来た物をウィル様と一緒にいただく。
「本当だ。でもジャムなしも美味しかったよ」
「ふふ。気分で変えたくなりますね」
「うん」
「ウィル様。このジャムなんですが、他の果物でも作ろうと思っているんです」
甘さ控えめ果肉たっぷりジャム。まさかこんな贅沢なジャムになるとは思わなかった。あ~、早く他の果物で作ったジャムも食べたいわ。
「あんず以外の果物も、一度味を確認したいですね」
「ハービー子爵領の?」
「はい。廃棄するなんて勿体ないですし」
「それはそうだね」
それに……ドライフルーツはハービー子爵に任せようと思っているのよ。だって穫れたての方がより美味しく出来そうじゃない? もちろんブラック家との関係性を調べ、お父様とお兄様の許可を貰ってからになるけどね。
*
*
調査の結果、ハービー子爵はブラック侯爵に多額の借金をしていると分かった。
ブラック侯爵家——建国時からある歴史の長い家で、そこから派生した家も少なくない。ハービー子爵家はもちろん子爵夫人・侯爵夫人姉妹の実家である伯爵家もそうだし。
前侯爵より以前の当主は人格者ばかりで、傘下の家が困っていれば手を差し出し信頼関係も強かったそう。何かあればブラック侯爵を頼れば良いと、そう信じて疑わないほどに。
その教えがあったからこそ、ハービー子爵はブラック侯爵を頼ってしまった。
調査書に気になる点がいくつかあったため、直接詳しい話を聞き、商談相手として問題ないか判断することにした。
「本日は、お招きありがとうございます」
といってもどちらの当主も領地にいるからここで契約書を交わすことはない。サロンでのお茶会形式にしたので、世間話として話を聞けたらいいなと思っている。
最初に手土産ですと渡されたのは数種類の果物。なんと今日のために急ぎ領地から送ってもらったそう。ありがたい。
「これ全てが子爵領で穫れるんですか?」
「はい」
わぁお! 木に実る果物は全種揃ってそうだわ。
「先日話してくださった干し果物にする方法、教えていただけないでしょうか。もちろんお金は支払います」
「えっと」
お金を取るほどでは……それより支払うお金、ないよね?
「ブラック侯爵家から借り入れるのか?」
同じ疑問を抱いたお兄様が、一瞬眉を潜めたあと代わりに聞いてくれた。
「やはりご存知でしたか」
「悪いが調べさせてもらった。ブラック家に、果物を定期的に送っている理由は?」
それなのよ。借金をしているだけならまだ良かった。定期的に状態の良い果物を送っている事に引っかかってしまったのだ。
お金がないなりの賄賂じゃないかって。
「最高品種のものを借金の利息として渡しています」
まさかの利息!
「それは出荷する場合の金額を計算しているか?」
うんうん。私も今お兄様と同じこと思ったよ。
「いえ……最高品種は全て渡すように言われているので」
「「…………」」
えっ、まじ? 呆気にとられてしまい、私もお兄様も無言になってしまう。 良いように使われている自覚はないのだろうか。
「父に商才がないのは重々承知の上です」
聞くと共に領主の仕事を行っている嫡男も、父親の能力を受け継いでしまったそう。
「そうか……」
あらま。お兄様も頭抱えちゃったよ。
そりゃそうよねぇ。これじゃドライフルーツの製造方法もブラック侯爵に奪われるのが目に見えてるし。
「御存知の通り我が家にはお金がありません。私が生まれる前からブラック侯爵家から支援を受けており、私の名は他国の言葉で『黒』という意味になるノアールと、現ブラック侯爵に名付けられました。両親は逆らうことも出来ず……」
お兄様の方を見ると頷いてくれたので、私から質問をさせてもらうことにした。
「なぜ黒という意味となる名前なのか、理由をご存知?」
「はい。貧乏子爵家の第七子……継ぐ家もなければ貴族家に婿入できる可能性も高くない。影として使ってやるから感謝しろ、ということではないかと」
なっにそれ!? 最っ低!
「嫌ではないの?」
って、嫌に決まってるじゃない。
「仕方ないと思っています。借金がありますから」
借金ねぇ……名付けを回避する方法はあったと思うけど。何にせよ、事実ならこんな酷いことはないわ。生まれる前から手足になるよう決められているとか最悪。
他にも吐き出したいことはないかノアールをじっと黙って見つめていると、少しずつ本音を話してくれた。
「……侯爵の手足となるのは構いません。でも悪事を、ましてや人の命を取るようなことはしたくありません」
「っ!!」
人の命を取るってそれはっ! 焦っちゃダメ。
一度深呼吸をしてから、貴族的な言い回しで誰の命なのか確認する。
そして最後に……
「家族には本来付けられるはずの名前で呼ばれているんです」
「うん」
「ブラック侯爵の呪縛から開放され、真っ当に生きたいです。
…………ノエルとして」
私があんずに興味を持ったことに一縷の望みをかけ、人殺しにならずに済む最後のチャンスだと思ったそう。
「ウィル様と私とお兄様とで、ノエル、あなたを助けてあげる」
「っ! あ、ありがとうございます……」
静かに泣く姿が痛々しく、初めて同い年の少年なんだと感じた瞬間だった。




