33.ザッハトルテ*3年前
「それはそうとディア、約束守らなかったよね」
「約束ですか? 守ってましたが……あっ! もしかして庭もダメだったんですか!? わぁ、庭には毎日出ちゃってました」
伯爵邸っていうから敷地内ならいいと思ってたけど、建物から出ちゃダメってことだったとは。確かに遠距離でやられちゃう可能性もあるものね。
「ふふ」
「ディーアー」
「あっ、ごめんなさい」
毒の付いた矢とか、時代劇みたいって思っちゃって。
「はぁ。庭に出るなとは言ってない」
「?? えっと……」
じゃあ一体何?
「危険なことはしないでって約束したよね」
「はい。なので大人しくしていましたよ」
王子妃教育もお休みだったから暇で、刺繍の腕が上がったくらいには大人しくしてた。
「新しいチョコレート菓子もでき、て……ウィル様?」
いつの間に移動してきたのか、対面のソファーにいたはずのウィル様が隣にいる。
ぎゅっ。
「ウィ、ウィル様っ!?」
無言で抱きしめられたんですけど///
……決して嫌ではない。でも顔が赤くなってしまうのは、照れからだけじゃない。
く、苦しい……。
強い力で抱きしめ、私の肩に顔を埋めているウィル様。泣いているわけじゃないだろうけど、泣いているような感じがして『痛い』なんてとても言える雰囲気じゃない。
「ディア。もう絶対、絶対に危険なことはしないって約束して」
「はい」
「カカオを投げたことだからね」
「っ!」
そっちか!
「心臓が止まるかと思った」
「はい」
「即座にポーラが倒したからよかったものの」
「はい」
「いくらカカオが固くても、ディアの力で倒せるわけないでしょ」
「……はい」
考えるより先に投げてしまったけど、私、すっごく危険なことをしていたわ。全然気付いてなかった。
「ごめんなさい」
「うん。怒ってないから。でも、お願い。もう絶対に、絶対にやめて」
「はい」
こんなに私を大切にしてくれる人、もう一生会えない気がする。
もちろんそれだけが理由じゃない。ずっとウィル様の隣りにいたいから、私もウィル様をもっと大切にしよう。心配かけないよう、考えてから行動できるようになろう。
腕を背中に回す勇気は出せなかったけど、もう少し抱きしめられたままでいたいと伝わるよう、ウィル様の服を掴んだ。
抱きしめる力が強くなったのは、きっと勘違いなんかじゃない。
*
どれくらい時間がたっただろうか。ウィル様の従者の咳払いでようやく私達は離れた。
「「///」」
ウィル様も顔が赤かったのね。
「ふふ」
「ディア可愛い」
「ウィル様も可愛いですよ?」
「え……」
複雑そうな顔をされたけど、可愛いって思っちゃったんだから仕方ないじゃん。
「ん゛んっ。それで、新しいチョコレート菓子って?」
「ふふ。ご用意していますよ」
ポーラにお願いし、新作スイーツを持ってきてもらう。
「じゃーん! ザッハトルテです」
「美味しそうだね」
「今回はメープルシロップを使ってみました」
ザッハトルテは甘さを妥協できなくて。どうにか出来ないかと考えた結果、メープルシロップで作ればいいのでは? と気が付いてやってみたら大成功!
前世では、上白糖の代わりに蜂蜜やメープルシロップがスイーツ作りに使われることもあったと思い出した、って言う方が正しいかな?
ふふふ~。甜菜砂糖の普及が進む中、私もメープルシロップが量産できるようちゃんと頑張ってたのよ?
領内各地で楓の木が多くあるところの把握から始め、工場を作り、人材を確保し、育て……安定的にメープルシロップを作るための整備がようやく終わったの。ちなみに特産品予定だから領外に出荷する予定はない。
ブラウニーも甘く……いや、それはあのままでいいか。
「本当は果物を入れたかったんです」
「そうなの?」
「はい。絶対に合うと思ったんですが」
なんのジャムだったか思い出せなくて。色々試したけど、どれもしっくりこなかったのよねぇ。
試した果物を挙げていくと、まだ試していない果物をウィル様が一緒に考えてくれた。
「ぶどうは?」
「試しました」
「そうだった。じゃあ……あっ! あんずはどうかな?」
「あんず? 聞いたことあるような……? 私、そのあんずっていう果物、食べたことがないです」
なんでも側妃様がどこかのお茶会に行った際、手土産に貰った果物だそう。
「甘酸っぱい味だったよ」
「——ジャム……——」
「うん?」
「いえ。ザッハトルテに合うか、試してみたいです」
うーん。あんずって果物だったような、違うような……?
「王宮に戻ったら詳しく聞いておくね」
「ありがとうございます!」
*
*
*
「ハービー子爵夫人からの手土産だったそうだ」
「子爵夫人ですか?」
側妃様が参加するお茶会に下位貴族が参加するなんて、珍しい事もあるのね。
「なんでも主催した侯爵夫人の実の妹で、2人はとても仲の良い姉妹らしい」
「それで招待されていたのですね」
「うん。でも子爵家はあまり裕福ではなく、手土産に出来る物が特産品のあんずしかなかったそうだ」
なるほど。それであんずが手に入ったのね。ハービー子爵家か……接点がないわ。
「ディア、食べたい?」
「気にはなります」
「方法がないわけじゃないんだ」
「本当ですか!?」
残念ながら、全く接点のない相手に商談しましょう! って言って簡単にできるわけじゃないのよね。何か裏があるんじゃないか? とか、本当貴族って面倒。誰かに紹介してもらうのが一番手っ取り早い。
その方法って言うのが少し厄介だったけど、お願いすることにした。




