・閑話・主の恋 sideポーラ
私は男爵家の長女として生まれた。
下に弟が4人、妹が2人いる7人姉弟だから家計は常に火の車。貴族が必ず通わなければいけない王立学園だって、学費節約の為に3年のところを1年で卒業して……すごく大変だったわ。
でも飛び級のおかげで、卒業後はメープル伯爵邸で働けることになった。
なんでも勉強嫌いのご令嬢の侍女となり、伯爵令嬢としてふさわしい淑女になるように導いてほしいのだと。下に姉弟がいて、小さな子の面倒を見るのにも慣れていたことも期待値を高めたそう。
貴族の家庭教師になるか、王城で働くか、上位貴族の使用人になるか悩んでいた私は、支払われる給金の額を聞いて即座に頷いた。よく考えたら特別勉強が好きだというわけじゃないし、出世欲もなかったって気付いたのよ。
私が使える主、クラウディア様は10歳下の可愛らしい女の子。クリっとした赤い目がなんとも可愛くて……目の保養だわ、なんて最初は思っていた……。
動かなければ可愛い。話さなければ可愛い。でもクラウディア様はお転婆すぎるし、よく自分の世界に入り込んでは周りの声が聞こえなくなるのだ。
毎回家庭教師の先生から逃げ回る彼女を見つけるのには骨が折れた。実家と違って広い屋敷で小さな女の子を見つけるのは、大変って言葉じゃ足りないくらいで。
それから食べることが大好きなクラウディア様。甘い匂いがする花を口に入れた時は……心臓が止まるかと思ったわ。
でも学園にたくさんいた高飛車な態度をとる上位貴族のご令嬢の皆様……クラウディア様にはその要素はなくって、下級使用人にも言葉をかけるほど優しいご令嬢なのよ。クラウディア様はこの伯爵邸のお姫様なのだ。
そんなクラウディア様が変わられたのは8歳になる前……7歳の頃だった。足を滑らして階段から落ち……2日間眠り続けた後、突如勉強をしだしたのよ。あの時は嵐でも来るんじゃないかと思ったわ。
同僚はみんな勘違いしている。王妃様主催のお茶会に招待されたことで自身が上位貴族の令嬢であることを、王族の婚約者になることもできるんだと自覚したんだろう。必要な知識を得るために努力しだしたのだろうと。
違う。
クラウディア様が勉強をしだしたのは、己の欲求を満たすため。ただそれだけ。
何度も言う。クラウディア様は食べることが大好きなのだ。
足を滑らしたあの日だって食べ物が理由だもの。楓の葉は甘くて美味しいはずだと言い出し、それを兄であるブライアン様に否定され、証明すると駆け出したタイミングだったから。
目を覚まされたお嬢様は、食への欲求を満たすには食材への知識が必要だと感じたそう。どんな夢を見たんだ……でも理由がなんであれ、勉強しようとしだしたのは良いことなので私は何も言わない。
それが良かったのか悪かったのか、大人達の狙い通り第二王子殿下の婚約者候補の筆頭になられた。
殿下とクラウディア様、お2人が楽しそうにスイーツを食べている姿は微笑ましい。この状況は喜ばしいことなのだろう……けども。
なぜクラウディア様は顔を赤くできるの? ずっとそう思っていた。
クラウディア様の周りにいる異性といえば、お父上である旦那様と兄上であるブライアン様、あとは年の離れた使用人のみだった。だから同年代の男の子である殿下に、あんな風に女の子扱いをされたらドキドキしてしまうのは分からなくもない。
でもいくら見た目より中身が大事とはいえ、正直少し……だいぶふくよかな殿下にドキドキできるクラウディア様って、尊敬に値するのでは?
「ウィルハルト様? たくさん噛んで食べると良いですよ」
「そうなの?」
「私、最近たくさん噛んで食べていて、そうしたら食べる量がいつもより少なく済みました!」
あぁ。最近食事時間が長くなったのは殿下のためだったのね。
「僕もやってみる」
「ぜひ!」
*ー*ー*
その後ウィルハルトが少しずつ痩せていき、他の王族と同じよにカッコよくなっていき……クラウディアが顔を赤くする気持ちをポーラが分かるようになるのは……2人が王立学園に入学する頃。