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転校生

土日明けの月曜日、南先生が転校生を教室に連れてきた。


「フチュ・ウジンと申します。生まれは韓国ですが、日本での生活が長いので日本語は完璧です。どうぞよろしく」


千歳はあんぐりと口を開け、教卓の前に立つフチュを唖然と見つめた。


他の生徒もまた、みんな一様に固まって、フチュをじっと見つめていた。

しかしその理由は、千歳のそれとは異なる。


よくマンガやアニメで、美男美女が転校してくると教室がわっと沸き立つシーンがあるが、実際は圧倒的な美貌を前にするとむしろ静まり返ってしまうのだと、千歳は今この瞬間学ぶことになった。

沈黙によって騒然となるという怪奇現象が、今起きている。

誰もが口をつぐみ、あるいはぽかんと開け、でも視線は一様にフチュに向けられている。


「今は早乙女千歳くんのお家で暮らしています」


今度はざわついた。みんなの視線が千歳に集まる。


その視線の中で、ひと際太く強いものがあった。慎一郎の視線だ。

「どういうことなんだ?」と、彼の目は無言で問いかけていた。


慎一郎が困惑するのは当然だった。フチュがまだ正体不明の不審者だったころ、彼の姿を慎一郎も幾度となく目撃している。千歳と二人で「怖いよね」と警戒していた。


その不審者が転校してきて、あまつさえ千歳と暮らしていると言うのだ。慎一郎の混乱は察するに余りある。


朝のホームルーム終了と同時に、千歳はフチュを校舎の外に無理やり連れ出し、怒鳴りつけた。


「どういうつもりなんだ!」


「BL妄想をたくましくするには、千歳のクラスの一員になるのが最適解だろう? そりゃあ、壁や天井や観葉植物になって推しを静かに眺めたいという気持ちは当然ある。が、しかし、現実問題として私は壁や天井や植物には化けられない」


「また猫にでも化ければいいじゃないか!」


「またあの得体の知れない小娘に摘まみ出される恐れがあるから却下だ」


たしかに鬼塚なら何度でも滞りなく任務を遂行するだろうと千歳は思った。


「ていうか、どうやって編入したの? 手続きとかテストとか必要なはずでしょ? 昨日の今日でどうにかなるわけが……」


「ハンドパワーで全て解決さ」


「都合いい設定だな!」


教室に二人で戻ると、分かってはいたが質問攻めにあった。


質問には全てフチュが答えた。


Q:二人はどういう関係?

A:遠い親戚さ。


Q:どうして早乙女くんの家に住んでるの?

A:親の仕事の都合で引っ越してきて、でも親の住む家は立地的に通学に不便でね。ひとまず、千歳の家に住まわせてもらって、そこから通学することになったのさ。


Q:彼女はいるの?

A:いないよ。よければ誰か立候補してね。(キャーッと黄色い歓声があがる)


Q:どんな子が好みなの?

A:千歳みたいな子かなあ。(また別の意味でキャーッと黄色い歓声があがる)


フチュが滞りなく質問をさばく横で、千歳は控えめな秘書のようにじっとしていた。

彼の肌はひしひしと、人だかりの隙間を貫いてくる視線を感じていた。自席に座って頬杖をついた慎一郎が、険しい顔でこっちを見ている。


たまらず千歳は「ごめん」と頭を下げながら人だかりをかき分け、慎一郎のもとへ向かった。


「説明させてほしいんだ」と千歳が切り出すより早く、慎一郎が「どうしてあいつを知らないフリをしてたんだ?」と尋ねてくる。


「……フチュはさ、ちょっと過保護でね。ほら、フチュって見た目が大人っぽいでしょ? 心も大人っぽくてさ、なんていうか、僕の保護者みたいな感じに自然となっちゃって」


弁解のためとはいえ、フチュを大人っぽいとか保護者とか言うのはすごく抵抗があった。

実際は大人とも保護者とも対局の存在だ。


「だから僕が下校の時に不審者に狙われないか心配だったみたいで……。それで見守るために出没して、それで結果として自分が不審者に……という、ミイラ取りがミイラになるみたいな感じに……なんか違うか、あはは」


「たしかに、お前は変態に好かれそうだしな。心配する気持ちは分かる」


慎一郎は腕を組んでうなずき、あっさりすんなり納得した様子を見せる。

こういう、素直で細事にこだわらない、悪く言うと単純なところが、彼の魅力だった。


「優しいやつなんだな、フチュは?」


「うん」


少なくとも悪いやつではなさそうだ。


「ならよかった」


慎一郎は険しい顔をふっと緩めて、日向の向日葵のような笑みをぱっと咲かせた。


千歳は安堵するのと同時に、ちょっぴり物寂しく思った。

千歳と同じ屋根の下で暮らすフチュに対して、少しでいいから嫉妬してほしかった。


でも考えるまでもなく、それは無理な相談だ。

慎一郎にとって千歳は、普通の同性の友達なのだ。

嫉妬なんていう、むず痒くて、痛くて、甘美な感情など挟まりようがない。


ふと慎一郎から目を逸らすと、廊下側最前列の席の男子と目が合った。伊集院いじゅういんはじめだった。

彼もまた、フチュを囲む輪に加わらず、黙って椅子に座っていた。


千歳と目が合ったのに気づいても、伊集院は鋭い切れ長の目で千歳を射抜き続けた。


千歳は狼狽し、非礼のないようゆっくり頭を下げてから目を逸らした。

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