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ハンドパワー

放課後。千歳が家に帰ると、フチュはクローゼットの中でどら焼きを食べていた。


「どら焼き好きなの?」と千歳が訊くと、フチュは「いや、特にそういうわけではない。でも、シチュエーション的に使命感に駆られて」と謎の供述をした。


千歳がベッドに寝転がり、ため息をつくと、フチュはクローゼットからぬっと出てきて「ご機嫌ななめだな」と言った。


今のフチュは、ジーンズとTシャツという凡庸な格好だが、なぜか韓流アイドル感がすごい。ずば抜けた美貌とスタイルは、どんな服も服従させ、自分の魅力の一部にしてしまうのだ。


「文化祭の出し物、メイド喫茶になっちゃってさ……」


「ほぅ」


「で、メイドを、僕がやることになって」


「たまらんな。男のサイコーだ」


フチュはよだれを手でぬぐった。


フチュに相談しても埒が明かないじゃないかと思い至り、千歳は話題を変えた。


「今日学校に猫が出てさ」


「知っている」


「え、なんで?」


「あの猫は私だからだ」


「えええ? フチュの変身能力って、人間以外にもなれるの?」


「ああ。肉体の組成を解析した相手なら、動物でも変身できる」


「解析……?」


千歳の脳裏に、グレイ型の宇宙人数体が人間を解剖するグロテスクなシーンが浮かび上がる。


「対象と体が触れることで、解析ができるのさ」


「え、触るだけでいいの?」


「ハイテクだろ? とはいえ相性があってな。なんでもいいわけじゃない。犬猫はノープロブレムだが、鳥やネズミは厳しい。おそらく一定以上の知能がある動物じゃないとダメなのだろう。知らんけど」


「フチュも完全に自分のことを理解してるわけじゃないんだね」


なぜか千歳はちょっとほっとした。


「ところで、なんで学校に来たの?」


「推しカプを眺めるために決まっているだろう。それにしても、お弁当のシーンはまさに青春って感じで萌えたぞ。お前ほんと、いつ慎一郎と付き合うんだ?」


「……ねぇ、昨日の話なんだけどさ」


昨日、フチュは千歳に言い放った。「お前、慎一郎のことが好きなのだろう?」と。

千歳はそれを必死で否定した。


でも、今日改めて慎一郎と過ごしてみて、もう自分に嘘をつきたくないと考え直した。


「昨日は違うって言ったけど、実は僕、慎一郎のことが好きなんだ。嘘ついてごめん……」


「あれでちゃんと嘘つけていると思っていたのにびっくりだ。で、どうする? 私の力を借りる気になったか?」


「うん。お願いしていいかな?」


「グッド。じゃあ、さっそくお前と慎一郎をくっつける計画を……」


「いや、そうじゃなくて」


千歳はフチュの言葉を遮る。


「もっと違う形で、僕を助けてほしいんだ」


「違う形?」


「フチュってさ、人間を洗脳できるんだよね?」


「驚いたな。その力、『ハンドパワー』の存在は隠していたのに」


「ハンドパワー……?」


「ピンとこないか。まあ世代じゃないから仕方ないか」


フチュは両方のてのひらを胸の前で開くと、「きてます」と言った。


千歳は頭上にクエスチョンマークを浮かべて首をかしげる。


「で、なぜ分かったのだ? 私のハンドパワーの存在を?」


「昨日母さんにしたでしょ。だからだよ」


母君ははぎみに? していないが」


「え? でも、フチュがマフィアに追われて日本に来たとかって話を簡単に信じてたし……。しかも家に住ませることも即決してたし」


「あれは素だ」


「ええー……」


シラフだったのか母さん……。


「私が言うのもなんだが、ちゃんと見張れよ。母君、やばい詐欺に引っかかりそうで心配だ」


ガチで心配されてしまった。


「で、私のハンドパワーを使って、チャチャッと慎一郎をお前にゾッコンにさせろと、そういうことか? ダメだダメだ。そんなの全然興奮しない。BLというのはな、過程が大事なのだ。801(やおい)を否定するわけでは決してないが、お前と慎一郎に関しては絶対にダメだ。過程を飛ばしてくっつくなんて、そんなのヘリで富士山登頂するようなもの!」


「そうじゃない、そうじゃなくて!」


千歳は声を荒らげる。


「洗脳は、慎一郎にじゃなくて、僕にしてほしいんだ!」


「ッッッ!? 洗脳で自らをスーパー淫らにして慎一郎を押し倒したいってことか! それが気弱で奥手なお前が導き出したファイナルアンサーなのだな! なんてこったい興奮してきた! いやでもお前は受けであってほしい! いやお前が攻めなのも燃えるのだが、決してお前に総受けを求めているわけではないのだが、慎一郎とのカップリングに限っては、お前は受けであってほしい! そう願う! これは全宇宙を司る腐女神ふじょしん様のご意志でもある!」


「そうじゃない、逆だよ! 慎一郎を好きじゃなくしてほしいんだ!」


しん……。


にわかに沈黙が部屋を満たす。


長い時間をかけて、フチュはようやく口を開いた。


「……好きじゃ、なく? え? え?」


「そうさ、好きじゃなくしてほしい。嫌いにまではしなくていい。でも、せめて、慎一郎への恋心は消してほしいんだ」


「……」


「できるなら、女の子を好きになれる、普通の男、えっと、なんていうんだっけ……そうだ、ヘテロ、ヘテロセクシャルだ、それにしてほしい!」


「……念のため理由を聞こう」


「もう耐えられないんだよ。このままじゃ僕、いつか慎一郎を襲ってしまうかもしれない」


「ああ、千歳が攻めなのも、やっぱりいいかもな……。心が揺らぐ……。親友だと思っていた気弱な幼馴染に押し倒される慎一郎、か……。あ~心がびんびんするんじゃ~」


「マジメに聞いてよ!」


「大マジメだ!」


「僕は慎一郎が好きだ。だから彼には幸せになってもらいたいし、傷つけたくない。純粋に、友達として、普通の友達として彼を見ることができたら、僕はきっと救われる」


「その切なき想い、尊い……尊いぞ千歳……。しかし分からないのだが、なぜいっそのこと慎一郎とカップルになろうとしないのだ?」


「そんなの、慎一郎が、女の子を好きな普通の男だからに決まってるじゃないか!」


「……ッ!!」


フチュは、意表を突かれたって表情で固まった。


「なんでそんなに意外そうなんだよ!」


「う、うむ。私の推しカプにまさかノンケが紛れ込んでいるとは夢にも思わず……。ノンケが流されちゃう展開も大好物だが……」


「九割以上が異性愛者なんだから、好きになった男が都合よく同性愛者なんて、そんな奇跡あるわけないだろ!」


感情を押しとどめようとぐっと眉間に力をこめるけどダメで、千歳の目に涙が滲み、それはすぐに雫となって頬を伝った。


千歳は手の甲で乱暴に目元をぬぐうけど、涙は次から次へと湧いてくる。


「……ごめん、みっともないところ見せちゃって」


「かまわん。泣きたい時は泣け」


フチュは表情をほころばせ、慈悲深いまなざしをくれる。


「ありがとう。優しいところもあるんだね」


「お前の泣き顔、すごくゾクゾクする」


「前言撤回」


やがてフチュは「やむをえん」とため息をついた。


「お前の希望どおりにしてやる」


千歳はずびずびと洟をすすりながら礼を言った。


「じゃあ、さっそく……」


「すぐには無理だ」


フチュはぴしゃりと拒否する。


「どうして?」


「ハンドパワーは、かなり消耗するのだ。ちょっとした記憶操作ならチャチャッとできるが、性的指向を変えてしまうほどの大がかりな処置には、それはそれは莫大な燃料が要る」


「燃料?」


「酵素の話を、昨日しただろう? それを消費することで、私は永遠に等しい寿命を得ていると」


たしかにそんなことを言っていた。


「その酵素は、ハンドパワーを使う際にも消費する」


「ゲームでいう、MP的な感じ?」


「そうだ。MP、つまり魔力みたいなやつだ。でも魔力だとひねりがないし、酵素って呼び方も生々しくてイケてないし、この際『腐力ふりょく』と名付けよう。その腐力が、今まったく足りていないのだ」


「で、その腐力は、興奮することで溜まるんだよね?」


「そうだ。そして私が興奮するためには、尊いBLを鑑賞するしかない」


「はあ」


「そして私の推しカプは、お前と慎一郎だ。私の言いたいことが分かるか?」


「僕と慎一郎がイチャイチャするところを見せろ、ってこと……?」


「ザッツライ」


「それじゃ元も子もないじゃないか。慎一郎を諦めて、普通の友達として付き合いたいからフチュにお願いしてるのに」


「そう、そこが問題だ。だから私も妥協する用意がある。私が慎一郎でなくお前に会いに来たことからも分かるとおり、私の最推しは、千歳、お前だ。カップリングにお前が含まれてさえいれば、私はとりあえずハァハァできる。私の言いたいことが分かるか?」


「……慎一郎以外の男の子とイチャイチャしろ、ってこと?」


「イグザクトリー。私はCP(カプ)固定厨ではない。どんな組み合わせでも受け入れる。現実的に考えればお前は総受けだが、攻めにジョブチェンジしたいというなら相談にも乗る。そんなフレキシブルな生命体なのだ私は」


「なんであれ僕には無理だよ。僕、慎一郎以外の人とマトモに話せないし……。それに、さっきも言っただろう。世の男の子は、九割以上が異性愛者なんだ。男である僕とイチャイチャしてくれる男の子なんているわけない」


「千歳、お前は自分のポテンシャルをほんと分かっていないな」


フチュの言っていることが、千歳にはよく分からない。


「それに、なにも最後までイケって言ってるわけじゃない。ちょっと、こう、イチャイチャすりゃあいいのだ。その続きは私が勝手に妄想する。例えるなら、そう、雪玉だ。最初に小さい雪玉を作って坂道に転がしさえしてくれれば、あとは文字通り雪だるま式に妄想は大きく膨れ上がって加速していく。それが腐の者の習性なのだ」


「そういうものなの?」


「そういうものなのだ」


フチュは力強くうなずく。


「そりゃあ、実際にあーんなシーンやこーんなシーンが見られればそれに越したことはないが、贅沢は言わん。妄想させろ。妄想を、掻き立てろ!」


フチュは泡立て器でボウルを掻き混ぜるジェスチャーをして言った。

そして、腑に落ちない千歳をよそに、「プランは私に任せろ!」と一人で話を進めてしまう。


すでにフチュの脳内ではBL妄想が目まぐるしく繰り広げられているようで、彼は身もだえしながら何やらぶつぶつ呟いている。


もう、その妄想だけで腐力溜まるんじゃ……?


夜になり、千歳はお風呂に入った。

すると、気配を感じた。


浴室と脱衣所を隔てるドアのすりガラス調のアクリル板に、ぬっと人影が浮かびあがる。


「なあ千歳」


フチュだった。


「なに?」


千歳はドア越しに返事をする。


「よくマンガとかアニメでさ、風呂に女の子が入っているのに気づかず男の子が入っちゃってキャーッてなるアホみたいな展開あるだろう?」


「うん」


「でさ、今って男女平等の時代じゃん?」


「うん」


「……」


「……」


「……」


「やめてよね」


「ちっ……」


舌打ちを残し、フチュの気配は遠ざかっていった。


と思ったら戻ってきた。


「なあ千歳」


「なに?」


「よくマンガとかアニメでさ、偶然知り合った相手がたまたま同じ教室に転校してくる都合いい展開あるじゃん?」


「うん」


「……」


「……」


「……」


「やめてよね」


「ひひっ……」


不気味な笑いを残し、フチュの気配は遠ざかっていった。

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