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未知との遭遇

やばい。

やばいやばいやばい!


完っ全に頭イッちゃってるよあの人!


千歳は再び逃走を決行し、自宅へ駆け込んだ。


玄関のカギを閉め、ドアチェーンもかけ、千歳はほっと胸をなでおろした。

そして二階の自室へ行ってドアを開けると、ベッドに不審者が腰かけてマンガを読んでいた。


「のわぁぁぁぁ!」


千歳は腰を抜かして廊下に尻もちをついた。


「おかえり千歳。お前よく転ぶな」


「な、な、なんでここに……!?」


「お前が逃げるからだよ」


「そりゃ逃げますよ!」


「無駄な抵抗はよせ。お前は私から逃れられない。決して、な」


不審者はマンガをぱたんと閉じると、ベッドの上に置いた。


「ひとまず話を聞け。安心しろ、危害を加える気はない」


逃げても無駄だと千歳は観念し、部屋に恐る恐る踏み込んで、ファイティングポーズをとりつつも話を聞く体勢になった。


「どこまで話したっけか? ああ、パンパース星人との戦いまでだったな」


「初耳ですが」


「パンパース星人のくだりは長いから端折る。戦果も散々だったしな……。私が地球に来てからの話から始めよう」


変にツッコんで神経を逆撫でするのは避けるべきだ。千歳は素直に「お願いします」と言った。


「私の乗ったUFOが墜落したのは、エジプトだった。クレオパトラが世を治めていた」


「紀元前……? あなた、何歳なんですか?」


「私は体の仕組み上、やろうと思えば永遠に生きることができるからな。年齢なんてものは無意味だ」


与太話に思わずマジツッコミしてしまったことを恥じ、千歳は「こほん」と小さく咳払いをする。


「それから、どうなったんですか?」


「UFOはピラミッドに激突したときに、ワープ機能がいかれちまった。母星に帰れなくなった私は、人間に擬態して暮らすことにした」


「ということは、今のあなたの姿は、本当の姿ではないということですか?」


「そうだ。まあ、元の姿はすっかり忘れて戻れなくなっちまったんで、『本当の姿』なんてもう無いとも言えるのだがね」


不審者は遠くを、それこそエジプトあたりを見るような目になった。


「私は策を弄してクレオパトラの側近に成り上がり、それなりに楽しくやったよ。彼女の影響で、私はBL趣味に目覚めた」


「クレオパトラは腐女子だった……?」


「そうだ。めちゃくちゃハードなのが好みだった」


なんか、あんまり意外じゃない。


「私は世界中を旅して、近年になって日本へやってきた。このころ、日本ではちょうどオカルトブームが吹き荒れていた。ノストラダムスの大予言で大騒ぎしていたころだな。ノストラダムスなんて言っても、お前には分からんだろうな。まだ生まれてすらいないし」


千歳はうなずいた。ノストラなんとかは初耳だ。


「当時はUFOの目撃情報もいっぱいあってな。そのほとんどは嘘っぱちなのだが、中には本物もあったのだ」


「すごいですね」


殊勝に相槌を打ちつつ、さてどこでこの話を切り上げさせようかと、千歳は考えを巡らせた。


「私は日本人に擬態し、日本での生活をスタートさせた。そしてだんだんと理解していった。ああ、ここはBLパラダイスだと」


「たしかに、独特のBL文化が育まれていますね日本は。ちょっと独特すぎますが」


「そうして私は日本を永住の地とした」


「なるほどなるほど。事情はよく分かりました」


ついつい、口調が生返事に傾いてしまう。


それを察した不審者は、目を細め、子供みたいに口を尖らせる。


「千歳、お前、私の話を信じていないな?」


「い、いえ、そんなことは……」


「仕方ない。思い知らせてやる」


不審者は険しい表情を作ってベッドから立ち上がり、一歩前に踏み出した。


「ひっ! ぼ、暴力は……」


千歳は反射的に目を閉じ、防御するように身をすくめた。


しかし、不審者は一向に何もしてこない。


千歳は恐る恐る目を開いた。


すると、不審者は直立不動でぷるぷる震えていた。


「何を、しているんですか?」


「証拠を見せている。宇宙人である証拠を。早く見ろ」


「えと、何を……?」


「近くに寄れい!」


千歳はおずおずと不審者に近づくと、「寄りました」と呟いた。


「足の下を見ろ……違う、私の足の下だ。自分のを見てどうする!」


ワケが分からず混乱しつつも、千歳は言われたとおりにする。

床に両手をついて、頬も床に密着させる形で、不審者の足元を覗き込む。


「あ!」


思わず声が出た。


「う、浮いてる……?」


「どれくらい浮いている?」


「1センチくらい……」


「新記録だ」


ぷるぷる震えていた不審者がふっと脱力し、頭の位置が1センチ下がる。


「浮いていただろう?」


「浮いてましたね」


「どうよ?」


不審者はどや顔だ。


「1センチですけど」


「お前、私の空中浮遊にケチをつけるのか?」


「そんな、滅相もない!」


「これならどうだ?」


途端、不審者の顔が、ぐにゃりと渦巻き状に歪んだ。左目が額の位置に這い上がり、右目が頬の位置にずり落ちる。口は横にスライドし、ひょっとこのお面みたいになっている。


言うまでもなく千歳は驚愕した。「うわあああああ!」と今年一番の大きい悲鳴をあげ、今日三回目の尻もちをついた。


そんな千歳にお構いなしに、不審者の変身は続く。

気がつくとその顔は、千歳のそれになっていた。背丈もぐんぐん縮み、燕尾服がすっかりぶかぶかになってしまっている。


「これなら信じられるか?」


千歳に変身した不審者は、すっかり萌え袖になってしまった袖口から人差し指をびしっと突き出して言った。声も千歳のそれになっていた。


「私が本当に宇宙人だと、信じられるか? ええ?」


「信じます信じます! 圧倒的に信じます! というか、なんでそれを最初にやらないんですか!」


1センチ浮くやつ、あれ要る?


「素直でよろしい」


不審者の顔がまたぐにゃりと歪んで、優美な宝塚フェイスに回帰した。背もにょきにょき伸び、燕尾服がよく似合う元の姿に戻った。


「私はやろうと思えば、誰にでも化けられる。今の美男が一番気に入っているからデフォルトがこれなだけでな」


「すごい」


ほんとにすごい。


「でもまあ問題もあってな。見た目だけでなく、内側、つまり筋肉や内臓も人間と同じになってしまうのだ。ゆえに、飲み食いも排泄も必要になる。排泄も、必要になる。私が何を言いたいのか分かるか?」


「トイレに行きたいんですか?」


「トイレはどこだ? 言え。隠すとお前のためにならないぞ」


「僕を痛めつけるんですか……?」


「ここで漏らす」


「部屋を出て右手の突き当りです」


不審者改め宇宙人、いや、「腐宙人ふちゅうじん」と呼んでくれと言っていたな……。


不審者改め腐宙人は、早歩きで部屋を出ていった。すぐにドアの開閉音が響いてきて、ややあって水を流す音も。


その直後、「あら!」と、母親のあゆむの声がした。今日は仕事が休みで、友達とランチに行くと言っていたが、いつの間にか帰宅していたようだ。


「お邪魔しています」


腐宙人が答えた。


どうやら、廊下で歩と腐宙人が鉢合わせてしまったようだ。


まずい。

目撃者は消す的な感じで、歩が殺されてしまうかもしれない。


怖いけど、危なそうなら捨て身で飛び出す覚悟を千歳は固めた。

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