ヤンキー受け
「千歳の攻めが見たい」
新学期早々、登校中、フチュがそんなことを言い出した。
「さすがに無理だよ」
「そして、受けは、そうだな……」
千歳の抗議を意に介さず、フチュはウキウキでプランを考え始める。
「五十嵐武蔵が理想的だな」
千歳はぴたりと足を止めて、絶望に染まった顔でフチュを見る。
「よりによって五十嵐くん!? 冗談じゃない。フチュだって夏休み前に見ただろ、五十嵐くんの怖さを」
五十嵐は、いわゆるヤンキーである。体育教師と正面からメンチを切り合う姿が、脳裏に鮮やかに蘇ってくる。
「ああいうイキッた輩を屈服させるのがよきよきのよきなのだ。ふだんはオラついているのに、千歳相手だとつい体が正直になってしまう、これがいいのさ! お前だって分かるだろう? お前の所有するBL本にもそういうシチュのあったし」
「あれは、マンガの中だからいいんだよ。現実だとそんなのありえない」
学校に着くと、夏休みのぶん溜まっていた空白が、郷愁のような表情で教室に漂っていた。毎日のようにイジられるし、恥ずかしい思いだってするのに、千歳は一年二組が嫌いではなかった。慎一郎や忍足らのおかげだ。
例の五十嵐は、一時間遅刻して教室にやってきた。一限目の休み時間にダルそうに後ろのドアから入ってきて、廊下側の一番後ろの席に腰かけた。ワイシャツの裾はだらしなく外に出て、茶色く染まった短髪と小粒なピアスが他者を威嚇する。
彼は群れるタイプではない。そして、誰もあえて近づこうとはしない。
いや、一人だけ例外がいた。
「五十嵐武蔵」
椅子に座る五十嵐を、伊集院が見下ろしている。
「あ?」
「何度も言わせるな。染髪とピアスは校則違反だ」
「いつもいつも、なんでお前なんかに指図されないといけねぇんだ?」
「僕は風紀委員なのでね」
「やっぱお前、一回ボコらないと分からねぇみたいだな?」
五十嵐が椅子から立つと、見下ろす側と見上げる側は一瞬で逆転する。
中背の伊集院に対し、五十嵐は誰もが大柄と表現するであろう立派な体格だ。
「好きにしろ。その場合、君は学校にいられなくなる。むろん、君の唯一の取り柄であるバスケも続けていけなくなる」
伊集院、さすがに、人の目があるフィールドでは陰湿さを十全に発揮する。
五十嵐はバスケ部に所属していて、一年生ながらレギュラー入りしているのだ。
五十嵐はぐっと眉間に皺を寄せ、目尻を上げる。
鬼の形相とはまさにこのことだと、遠巻きに眺めているだけで千歳は縮み上がってしまう。
「私の目には見えている。五十嵐と伊集院の絡みが!」
フチュが耳元でそう囁いてくる。
「こんなときにもBL妄想できるのか……」
「こんなときだからこそ、だ。伊集院が五十嵐の非行をネタに脅す王道展開も悪くないが、今はオメガバースを推す。ほら、見ろ、五十嵐のフェロモンにあてられた伊集院の顔を。耐えがたい劣情の上澄みを。間違いない、あれは発情している。むくむくと攻撃性が首をもたげる音が私には聞こえる……。ああ、私のビジョンにはもう、五十嵐が首輪をつけられるところまで映っている!」
まったく幸せな脳みそだと千歳は呆れ果てる。
他人の喧嘩にそこまで強烈なフィルターをかけられるのは才能だ。気まずい思いでヒヤヒヤしている自分が馬鹿みたいだ。
「くそが」
五十嵐は来たばかりにもかかわらず、鞄を持って教室を出ていってしまった。
「まったく。私の妄想タイムを中断させるとは」
フチュはため息をつく。
「ガキだな、あいつ」
そう呟いたのは、近くの席で頬杖をついて成り行きを眺めていた女子だ。誰にともなくこぼした独り言のようだったけど、千歳とフチュが反応を示したことで後始末の義務が生じ、「いや、なんでもねぇけど」と顔を背けた。
「オオカミさんと同感だ」
フチュは言った。
「五十嵐はガキだ。でもそこがいい」
オオカミさんは、面倒そうに顔をフチュに向けた。
「ガキだからこそヤンキーはかわいいのさ」
忘れ物をそっと手渡すように、フチュはそう付け足した。
千歳はヒヤリとする。
なぜなら、オオカミさんもまたヤンキーだからだ。五十嵐のように露骨ではないけど、人を寄せ付けない一匹狼なところなんかはそっくりだ。
彼女の本名は大上杏樹なのだが、その名を呼ぶとき脳内にカタカナで「オオカミ」と浮かんでしまうのは、偏に彼女の爛々と光る双眸と、口からちらりと覗く鋭い犬歯のせいだ。下手に手を出したら噛み殺されそうな雰囲気が漂っている。
「フチュ」
オオカミさんはフチュを睨み上げる。
「わかりみ」
……え?
「エリートヤンキーに萌えないこともないが、やっぱアホなのがいいよな」
「オオカミさん的には、五十嵐と伊集院のカプはどうだ?」
「あり寄りのありだな」
「せーの」
「五十嵐×伊集院」「伊集院×五十嵐」
「あ?」
「お?」
解釈違いゆえに、視線でバチバチと火花を散らすフチュとオオカミさん。
いつの間にか二人は、腐レンド同士になっていたようだ。
「ところでオオカミさん」
フチュは仕切り直す。
「千歳と五十嵐だったら、どうだろう?」
いきなり話に取り込まれてしまった千歳は狼狽えつつも、フチュをむっと睨みつけた。
「そうだな……」
オオカミさんは千歳を舐め回すようにじっとり眺める。真剣に悩まないでよ。
「せーの」
「早乙女×五十嵐」「千歳×五十嵐」
ガシィッと、フチュとオオカミさんは握手を交わした。
「な?」
フチュは千歳に笑いかける。
「お前の攻めは需要がある」
千歳は苦笑を浮かべて、そそくさと自席に戻った。




