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貞操の危機…!?

すぐ目の前に、伊集院の上気した顔がある。


両手を頭上で押さえつけられ、千歳は身動きがとれない。


あ、これ、よくないやつだ……。


この感じも、覚えがあった。

中二のころ、仲のよかった友達の家に泊まりに行った。消灯の際は、布団を二つ並べてそれぞれ床に就いたのだが、だんだんと友達が近づいてくるのが分かった。体をつつかれ、千歳はくすぐったくて最初は笑っていた。

やがて顔が迫ってきて、気がついたら唇を奪われていた。呆気にとられる千歳に罪悪感を覚えたのか、友達はそれ以上何も求めず、自分の布団に戻って眠った。以降、その友達とは気まずくなってしまい、進級に伴うクラス替えで完全に関係が終わってしまった。


フチュの言葉がフラッシュバックする。


――お前はノンケの性癖を歪めるポテンシャルを秘めているのだよ――


「早乙女千歳……すまない……」


その謝罪のベクトルは、後ろ向きではなく、前向きだった。するぞ、という予告だった。


伊集院の、いかにも神経質そうな整った顔が迫ってくる。ふだんの鋭く怜悧な目はとろんと緩み、見たことない表情をしている。そのギャップを、不覚にもかわいいと千歳は思ってしまった。


とはいえ、ここで、キスをしてしまっていいのか?


どうせ、ファーストキスってわけでもないんだ。どうってことないじゃないか。


いや待て、キスだけとは限らない。キス以上となると話は別だ。

初めてだし、怖いし、おいそれと許してしまっていいのか? 愛する人とじゃなくていいのか?


でも、どうせ慎一郎と結ばれることはないんだし……。


ああ、もう……。


もう、どうにでもなれーッ!


千歳はぎゅっと目をつむった。


自分の心臓の音が、闇の中で耳にバシバシ響いてくる。もう雨の音はちっとも聞こえなかった。


「……」


「……」


一向に、唇に感触がない。


千歳は恐る恐る目を開けた。


すると、伊集院は千歳を押さえつけたまま、ぴたりと静止していた。目は、千歳ではなく、窓のほうへ向けられていた。

その横顔には、驚愕の色が広がっている。横顔でも分かるくらい大きな驚愕だ。


千歳も顔を横に向けて、伊集院の視線をたどった。

そして思わず「ひぃっ!」と悲鳴を漏らした。


窓の向こうに、人影が立っていた。窓際に立って、千歳たちを覗き込んでいる。


「「で、出たーっ!」」


千歳と伊集院はそろって悲鳴をあげて飛び上がり、仲良く腰を抜かした。


人影はすっと窓枠から消えた。どうやら、戸口へ回り込む気のようだった。


はぁはぁ……と、人間のものとは思えない息づかいが近づいてくる。


間違いない。あいつは、幽霊のマサユキッ!


戸口のドア枠に、すぅっと人影がフェードインする。


「く、来るならこい!」

伊集院はファイティングポーズで敵を出迎える。

「早乙女千歳、君は隙を見て逃げろ!」


伊集院は雄姿を見せる。裸だけど。


「でも、伊集院くん……」


どうやら、だらだらと話をする暇は与えてくれないらしい。人影は廃屋の中にフラフラと入ってきた。


「うわああああああああ!」


伊集院は絶叫し、拳を振り上げた。


「僕も戦うよ! うわああああ!」


 千歳も叫んで、人影に突っ込んでいった。

ヘッドスライディングのように飛び込んで、床に押し倒すのに成功した。すかさず、そのツラに一発お見舞いしようとした。


幽霊なら殴ってもノーカンのはず!


生まれてこのかた平手打ちすらしたことない千歳だが、命の危機に伴う火事場のナントカで戦闘モードになっていた。アドレナリンドバドバ! くらえ、普通のパーンチ……って、あれ……?


闇に浮かび上がる顔を見て、千歳は振り上げた拳をゆっくり下ろした。


「忍足、くん……?」


床に倒れているのは、幽霊のマサユキではなく、忍足だった。


「僕はこう思うよ。なんで裸なの?」


忍足はそう言った。


「あ、いや、その……」


ひとまず千歳はマウントポジションを解除して、忍足を自由にした。


忍足は上体を起こし、ファイティングポーズでぽかんと固まっている伊集院に顔を向けた。


「伊集院くんも。なんで裸?」

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