緊急事態
「あ、流れ星!」
ガラスを粉々に割って散りばめたような夜空を指さして、千歳は歓声をあげた。
「お、どこどこ?」
慎一郎が寄ってきて、体を密着させる。彼はいちいち物理的に距離が近いことで、千歳の中で有名だ。
千歳の心臓の鼓動がにわかに早くなり、もっとこの温もりが欲しいと欲望が膨れあがる。
「一瞬だからもう見えないよ」
千歳はそう笑うも、慎一郎が離れてしまうのが名残惜しくて「あ、ほら、あそこにも!」と遠くの空を指さす。
「え、どこどこ? ぜんぜん見えねぇ!」
慎一郎は笑いまじりの悲鳴をあげるが、それは当然で、さっきの発言は嘘だからだ。都合よく二連続でお目にかかれるほど、流れ星ってやつは暇じゃない。
「慎一郎は集中力が足りないなー」
「次こそは捉えるぜ。さあ来いシューティングスター」
慎一郎は千歳の肩を抱いて、目は夜空に向けたまま、より一層横顔を寄せてくる。
もう一回くらいやってもバレないよね……? 僕はもう慎一郎を諦める覚悟を固めているんだし、ちょっとくらいいいよね……?
千歳は小さな罪悪感を胸に、「あ、あっち!」と夜空の一点を指さす。
「マジだ!」
「あ」
偶然、千歳が指さした先で、本当に流れ星が走った。
「願い事したか?」
「忘れちゃった」
「俺はしたぞ」
「どんな?」
「言うと効果がなくなるから秘密だ」
親密な二人の会話は、小御門の「遅いね、七瀬さんたち」という、誰に言うともないセリフで断ち切られた。彼女はデッキチェアに深く腰掛けて、空を眺めている。
もしかしたらさっきの悪ふざけを気取られたかもと、千歳はヒヤッとした。
ちょっとした所作からでも、千歳の慎一郎への恋慕を芋ずる式に突き止めてしまう慧眼を、彼女は持っているように思える。油断してはいけない。
「たしかに遅いね」
千歳は言い訳するように、慎一郎からさっと体を離した。離れると、さっきまでの温もりが消え、その隙間を埋めるように恥じらいが流れこんできた。
千歳は気を紛らわすため、あたりを見渡した。
色とりどりの、様々な大きさのテントが点在し、人々が陽気に夏の夜を満喫している。照明器具の明かりや料理の火が、煌々と彼らの輪郭と表情を闇に炙り出している。
「やばいやばいやばい!」
悲鳴が聞こえたので慌てて振り返ると、七瀬が鬼気迫った表情で走ってくるのが見えた。彼女は千歳らのそばまで来ると立ち止まり、膝に手をついて乱れた息を整え始める。
落ち着いたのを見計らって、慎一郎が「どうしたんだ?」と尋ねた。
「忍足くんが、忍足くんが!」
七瀬の目には涙が浮かんでいる。
千歳の頭を最悪の可能性がよぎった。崖から落ちたり、クマに襲われたり、とにかく忍足の身に何かあったのかもしれない。事実、忍足の姿がどこにもない。
「落ち着いて。忍足くんがどうしたの?」
言うと、小御門がミネラルウォーターのボトルを差し出した。
七瀬はそれを受け取り、一気に半分喉に流し込むと、猛烈にむせた。
でも、むせたおかげで、むしろ彼女は冷静さを取り戻したようだった。
彼女は言った。
「忍足くんが連れ去られた!」
「連れ去られたって、誰に?」
そう七瀬に詰め寄ったのは、千歳だった。
心優しい忍足と過ごした時間が断片となって脳裏に去来し、千歳の目頭をあっという間に熱くする。
「分かんない。犯人の後ろ姿しか見てないから」
「七瀬さん」
小御門が、正面から七瀬の両肩を掴み、優しくもみほぐす。
「最初から説明して。まず、七瀬さんと忍足くんは肝試しのために、あの小道に入っていった」
小御門は相変わらず抑揚のない冷徹な声で言い、坂道の上を指さした。
「それで、その後どうなったの?」
「道を歩いてる時、森の中に謎の光を見つけたわけ、ウチら。ウチが見に行こうとしたら、忍足くんが『僕が先に見てくるよ』って男気を見せてくれたのね。忍足くんが近づいていったら、いきなり光は消えた。で、いつまで経っても忍足くんは帰ってこない。心配んなって、ウチも森に恐る恐る入っていったの。したらさ、見ちゃったのウチ。誰かが、忍足くんを肩に担いで森の奥に歩いていくのを……」
「担いでいた、その犯人は、どんな人だったの?」
「暗かったし、後ろ姿だったからよく分かんない……」
「犯人がどこへ向かっていったかは分かる?」
「それが、いきなりスゥって姿は消えちゃって……」
まるで幽霊だ。
千歳は、慎一郎が話した怪談を思い出す。
忍足は、マサユキくんに連れ去られたのではないか……?
「とにかく探そうぜ」
慎一郎は言うと、あるだけの懐中電灯を面々に配った。




