【掌編】雨
あめ、あめ。
小太郎は空から落ちてくる雨粒をみあげた。空は深い悲しみのなかにあるように、どんよりとして重ったい。
あめ、あめ。
ほんの少し、石の端の色を変えるくらいだったのが、いつの間にか音をたてるようになっている。
があ、があ。ざあ、ざあ。どどど、と土を穿つ。
ここから見上げる空は、狭いようで、広い。小太郎の背丈では全部は見えないけれど、それでも遠くまで続いている。広がる空を石が遮る、と言う方が正しい。
あめ、あめ。
積もって流れ出した雨粒は、もう粒とは呼べず。すっかり河となって、側溝に消えていく。
ずどどど、水は集まって流れていく。どんどん流れを増しながら、さらに奥へ奥へと行く。
それを辿ろうとあしを出して、数歩いったところで、小太郎は引きとめられた。繋がれているのだ。だから、ここから先にはいけない。
首に繋がれた命綱のような柔い光の帯は、小太郎のいたところのさらに奥、もっと下、地下に繋がっている。かと思えばそれを辿ると、上へ上へと行けてしまう。
あめ、あめ。
あの雨の降るはじまりの、あのそらの上に、ずっと呼ばれている。それを小太郎は無視し続けて、ここにいる。
ずどどどど、どしゃしゃしゃしゃ、ばしゃ。
雨の中に、音が混じった。
水をかき分けるような音。あしはそちらに向いた。呼吸が荒くなる。
ハァッ、ハァッ、ハァッ。
その息も雨の中に吸い込まれて消える。
音の主は、向こうから姿を現した。透明の傘が、石の上にちょこんと見える。ざぶんざぶんと水を吸い上げる靴は、すっかり重そうに濡れそぼっている。
石の頭よりずっと高いところに、眼鏡が光る。
あめ、あめ。
雨の日はいつもこうして、透明の傘をさして、靴をびしょびしょにして、ズボンの裾も泥だらけにして、一緒に歩いた。
雨の日だけじゃない。
晴れの日も、雪の日も、台風のときはだめだったけれど、小太郎はぶんぶんと尾を振った。
彼には見えないだろうけれど、ようやく届いたその足にすり寄って。彼には見えないだろうけれど、ぶんぶんと大きく体を揺らして。
つぴ。
薄く膜を張った石畳に、雨粒が跳ねた。
見えぬけれども、いるんだよ。
見えぬものでも、あるんだよ。
きみが来るまで、待っているから。
ずっと忘れず、待っているから。
だからどうか、会いにきて。