ケジメ
雨は降り続いていた。静寂の世界にシトシトと降り続く。
蒼汰は仰向けで横たわっていた。
それをシュウが静かに見下ろしている。
「ヤッパ適わないッスね。シュウさんには」
腕をかざして顔を覆う蒼汰。
「当たり前だ。まだお前に負ける程ヤワじゃねー」
シュウが返した。
「思い出したッスよ。俺が中学になったばっかの頃のこと」
「俺だって覚えてるぜ。お前がここに入学した頃のことは。俺に認められようと、ひとり隣中学に乗り込もうとしてたんだな」
「馬鹿ッスよね、『矢中を攻略して、シュウさんに認められるんだ』なんて、ブッ込みかけようとして。無謀な行為だって分かっていたのに。……結局シュウさんに張り倒されて観念して」
そして会話が途絶える。
「俺は憧れてた、シュウさんに。だけど、いや、だから許せなかったんすよ。街に蔓延る噂が。『あいつは尻を巻いた』とか『ビビりのヘタれ野郎だ』とか『死に場を求める自殺志願者だ』なんて噂が。……だから俺は自らを奮い立たせた。シュウさんは強いんだって、自らに言い聞かせながら。でもいつの間にか街の噂は、俺自身も取り込んでいた……」
虚しい台詞だ。まるで自らの罪を懺悔するような言い回し。
「だけどやっぱりシュウさんっすよ。適わないッス、あの頃以上ッスわ」
それでもその表情は笑顔。吹っ切れたような屈託ない笑みだ。
「悪かったな、そんな思いさせて」
そしてそれはシュウの中にも染み入る。
「……言い訳かも知れねーけどよ。あのとき俺は、気付いちまったんだ。宿命ってモンにな」
「宿命?」
「いや……なんて言うか、その」
言葉には出来ぬ実情がそこにはあった。過去、前世まで遡る実情。
「“ある男”が言ってた言葉を思い出したんだ。『この世界は武力での統一は不可能だ。統一できたとしても、“その血”は抑制不能なのだから。再び火種が芽吹き混沌と化す。それが我らの定めだ』ってな。……『心が震え、奥底から暖まるその気持ちを見つけてみろ。そうすれば、お前は更に強くなる』ってな」
それは遠い遠い、生まれる以前の記憶。
シュウにとっては苦々しく切ない、惜別の思い出。
「どういう意味、ッスか?」
「俺にだって分からねーよ。最近あるきっかけで漠然と見えつつあったんだけどな、やっぱり分からねー。だけどお前には分かるんじゃねーか。少なくともお前にとって“心が震え、暖まる存在”ってのがなんなのか」
一瞬、蒼汰の脳裏にある存在が浮かんだ。そして力無く肩を落とす。
「無理っすわ。俺にはなんも無くなった。……志織は……」
「馬鹿だよ。お前は」
その蒼汰の様子が、シュウには滑稽に思えた。堪らず言葉を遮る。
「お前は勘違いしてんだよ。……志織ちゃんはお前を好きなんだろ? そしてお前も。だったら問題ないだろ」
普段のシュウなら、そんな頬から火が出そうな恥ずかしい言葉など言わないだろう。
だがその場の雰囲気がそれを言わせていた。
「だけど……」
「そしてルカのことをも勘違いしてる」
何故なら蒼汰は、全てに於いて勘違いをしているから。
鳴神統、それは単なるスケコマシとは違うから。
「蒼汰くーん!」
不意に何者かの声が響いた。
それで蒼汰の表情が煌めく。すかさず立ち上がり、辺りを見回した。
校門付近に、二つの人影が見える。
「大丈夫? 蒼汰くん」
声の主は、手前の赤い傘をかざした人物。蒼汰の姿を認めてすかさず駆け寄ってくる。
「志織?」
同時に蒼汰も駆け出した。
傷だらけの身体だというのに、それをを忘れさせるくらい全ての力を籠めて。
駆け寄ってくるのは志織だった。こうして二人、グラウンド中央で再会する。
「なんでさ志織? なんでここに」
戸惑い訊ねる蒼汰。
それは数時間前まではごく普通の光景だった。
しかしほんのちょっと前には、二度と会えぬと覚悟をしていた。
このまま引き裂かれて、別々の場所にあると思っていた。
その絶望から一転、希望の感情が、蒼汰の感動を高みに押し上げていた。
ほんの数時間ぶりの再会なのに、ずっと会っていなかったようにも思えた。
「それより蒼汰くん、びしょびしょじゃない? しかもこんなに傷だらけで」
それを心配そうに見つめる志織。
戸惑う蒼汰とは違って、こちらは和やかな表情だ。ちぐはぐな会話だが、そこには暖かい感情が溢れていた。
「ルカはな、ホントにクソで自己チューな奴だけど、嫌がる女をどうこうはしないさ」
シュウが投げかけた。
しかしその台詞は、蒼汰と志織には届かない。二人、手を取り合って喜びに包まれていた。
「全くガキが」
呆れて頭を掻く。
「色々と迷惑かけちまったな」
そして横に 視線を向けて言った。
「はい」
そこにはマリアが佇んでいた。
白い傘を差して、和やかに二人を見つめている。
彼女はシュウに頼まれて、志織を迎えに行っていたのだ。
「私はなにもしていません。シュウさんの仰る通りに、志織ちゃんに連絡したら、志織ちゃん、ルカさんの所にいて。なにも言わずに志織ちゃんを返してくれたんです」
「まぁ、そうだろ。あのクソ野郎は、なにも俺を倒せって言った訳じゃない。……俺と闘えって言っただけだ。最初から志織を奪おうとした訳じゃないんだよ」
淡々と吐き捨てるシュウ。
「そうですね。あの方にそのような雰囲気は無かったですから」
それにマリアも同調した。
最強のナンパ師、希代のスケコマシと称されるルカだが、それは単なるデマに過ぎない。
何故ならルカは、その者の持つ本来の姿を解放しているだけだから。
迷える魂を解放する、それがルカのやり方だから。
それを痛感して、グッと宙を見据えるシュウ。
「……あいつが本気になれば、ヘタな策は講じないさ。来るなら真っ向から来る筈」
それはシュウだからこそ理解することだ。
心から毛嫌い、同じくらい共感する。宿敵故の感情だ。
その横顔を、マリアが静かに見つめていた。
「やはり、仲が良いんですね」
ニコッと微笑んだ。
「ア……アホか!?」
紅潮して声を荒げるシュウ。
そこに蒼汰と志織が、手を取り合って近付いてくる。
「あれっ? シュウさん、なにをマリアさんとじゃれてるんスか?」
「本当だ。マリアさん楽しそう」
「はぁ? ざけんな蒼汰、さっきまで泣いてたくせに!」
「あー!? そんな訳ないっすよ!」
「そうなの蒼汰くん?」
「うふふ、かわいいですね蒼汰くん」
「ち……違いますって。ホントマリアさんまで!」
「あはは、ガキだな」
雨はいつしか上がっていた。
ひっそり佇む夜の校舎に、四つの笑いがいつまでも響いていた。
こうしてルーキーズは消滅した。
若さ故に抗い、翻弄された熱い血潮。
今は深い傷痕でも、やがて癒えるだろう。
挫けても突き進む想いが、そこにはあるから。それこそが若者の特権だから。




