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修羅の荒野~悪夢の入学式、再び  作者: 成瀬ケン
最終章 吉沢蒼汰
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剣士グレン




 こうしてその日の授業が終わった。



 オーク学園の武道館は、本館の脇にある。


 館内では多くの剣道部部員、及び柔道部部員が、額に汗して練習を行っていた。


「申し訳ないのですが、暫くこの場所をお借りできないでしょうかね?」

 そこに扉を開いてグレンが現れる。


 後方からはルカと蒼汰、須藤と志織、更に多くのルカのグループの面々が続く。


 その突然の来訪者に、怪訝そうな視線を向ける面々。


「なんだって? ここはウチら剣道部と柔道部の練習場だぜ」

「お借りできないでしょうかって言われて、簡単に貸す馬鹿がどこにいる」

 声を荒げて吐き捨てた。


「確かに、そうですよね」

 力なく項垂れて、頬を掻くグレン。


「気にするな。俺様が貸せと言ってる、従うのだ」

 それでもルカの方は大胆極まりない。


 靴も脱がずに、床板の張られた剣道部内に侵入する。


「お前! ここは神聖なる道場だぞ、靴も脱がずに上がり込むとは、不躾ぶしつけな奴だ!!」

 剣道防具に身を包む、短髪の男が吠える。


 それでもルカは冷静だ。


「神聖なる道場だと? 神聖なる“神”を素足で歩かせようとする貴様の方が、不躾ではないのか?」

 視線を細めて威風堂々と言い放つ。


 それが短髪の怒りを全面に押し上げた。


「おのれ、不届き者が!!」

 竹刀を高く振りかざすと、スタンと床を蹴って襲い掛かる。それが狙い定めるのはルカの脳天だ。


 辺りに響き渡るルカグループの叫び。


 それを聞き入り、ルカは瞑想でもするように瞼を閉じる。


「不届き者は貴様だろ?」

 すかさず左腕を振り上げて、竹刀を受け止めた。


 そして雪崩れ込むように、短髪の脇腹に右の拳を突き込んだ。


「ぐぉっ?」

 悶絶の表情を浮かべて、後方に弾き飛ばされる短髪。


 防具を付けているのに、えぐるような痛みが脇腹を貫いた。立っていることも儘ならず、その場に片膝をつく。


「俺様の前に、防具などなんの意味も持たんのだ」

 それをルカの覚めた視線が見下ろす。


「さぁどうする? これ以上俺様の邪魔立てをするのなら、我が下僕が容赦はせぬぞ」

 そして鋭い眼光で辺りを見回す。


 対する両部員達も引く気配は見せない。


『噂には訊いていたが、なんて我が儘な奴だ』『そんなことで我らの武士道を汚されて堪るか』口々に呟いて、睨みを効かせる。



「ハァー。つくづく損な役回りですね」

 暫く後、グレンがゆっくり歩み出た。


 ルカが言った下僕とは彼のこと。

 元来ルカは面倒な争いは嫌いだ。ほとんどの雑用はグレンに任せている。



「なんだ、鳴神ではなく、貴様が相手か?」

「トロそうな小僧じゃないか。俺達の相手をして、怪我をしても知らんぞ」

 こうしてグレンの周りを、両部員が取り囲む。


 その誰も彼もが、腕に覚えのある手練てだれだ。


「うおーっ、その身体投げ捨ててやるわ!」

 最初に動いたのは柔道部員。百キロはあろう巨体を誇る部員だ。


 グレンの身体を掴み取ろうと、両手を構えて襲い掛かる。


「悪いですが、そうはいかないんですよ」

 呼応して駆け出すグレン。


 低い起動で巨体の懐に飛び込み、そのまま胴着の襟首を絡め取る。


「うっ、嘘だろ?」

 そしてあろうことか、その巨体を左腕一本で上空に持ち上げる。それはまるで重力にも逆らうような状態だった。


 数メートル跳ね上げられる部員、やがて壁に背中を打ち付けて、がっくりとへたれ込んだ。



「チェストー!!」

 その背後から殺気を感じた。


 振り返った視線の先、竹刀の切っ先が飛んでくる。それを駆使するは、防具で完全武装した剣道部員。


 そしてそれが狙い定めるのは、グレンの首筋だ。


「やれやれ私に向かって、剣での勝負を挑むとは……」

 しかしグレンの表情は変わらない。

 その場にしゃがみこんで、右手を床に付ける。


「そんな腰が入ってない剣で、私が倒せる筈ないでしょ!」

 それを軸に回転して、下方からの蹴りを男の腕に叩き込んだ。


「ツッ!?」

 弾き出された竹刀が宙を舞う。


 それをグレンが奪い取った。


「剣というのは己の命。それを理解せねば、ただの棒切れに過ぎぬと言うことですよ」

 それをすかさず男の首筋にあてがう。


 穏やかな表情だが、その身から放つ覇気は激しさを顕にしている。燃えるように揺らめく赤毛、それが意味するのは情熱の炎。



「言っておきますが、これが真剣ならば貴方の命はなかった」

 男はなにも言い返せない。

 ごくりと唾を飲み込み、その場にへ垂れ込んだ。



 それはまるで舞うような攻撃だった。


 多くの部員が言葉を失い、その場に立ち尽くす。



「いかが致しましょうか? 私は無理にお願いをたてまつる野蛮人ではない。暫くこの場をお借りできればよいだけですので」

 静かに響き渡るグレンの声。


 彼とていってることとやってることが違い、支離滅裂なのは理解していた。それでもルカの手前、こうするのが賢明だと承知していた。



「解った、少しの間だぞ」

「済んだら片付けもヨロシクな」

 こうして両部員は、グレンの頼みを渋々ながら承知する。


 戦士の持つ直感からか、この二人の相手はヤバイと実感したのだ。



 そしてその様子を、蒼汰と須藤、そして志織も呆然自失で見つめていた。


 ルカの見えざる強さは理解していても、グレンがここまで強いとは計算違いだった。



「蒼汰くん、ムリだよ敵わないよ」

 困惑気味に言い放つ志織。


「ダメだ、ここまで来たんだぜ。もう後戻りは出来ない」

 それでも蒼汰の気持ちはかたくなだ。

 男としてのプライド、仲間達への思い、溢れる決意が退却することを拒んでいた。


 そしてその思いは須藤も察するところ。


「鳴神は蒼汰に任すわ。ワシの相手は奴じゃ。あの赤城を どうにか相手したるわ」

 言ってグレンに視線を向けた。


「悪いね須藤ちゃん」

 呼応してルカを睨む蒼汰。



 こうして吉沢蒼汰VS鳴神統、須藤千晶VS赤城連の構図が成り立ったのだ。






「あの一年生、奴らに勝てると思うか?」

「あいつらルーキーズの奴らだよな? 永瀬を叩き潰した連中」

「だが勝てないだろ。ヤッぱ強いぞ鳴神は、噂以上だ。しかも赤城も強い」

「まさかとは思ってたが、赤城がゴン太を斬り裂いたって噂、本当かもな」

 その様子を固唾を飲んで見つめる両部員。


「どうなの? ルカ様は大丈夫なの?」

「ルカ様なら大丈夫よ。それにあの執事も強いしね」

「私は、ルカ様のお顔に傷が付かないか、それだけが心配」

 ルカグループの面々も、神妙そうな視線を向けている。




 須藤とグレンは、板の間で対峙していた。


 拳をかざして、じり足で間合いを測る須藤。


 あれだけの動体能力を見せつけられた直後だ、少しばかり攻めあぐねていた。


「どうしました? 私の相手をするといったのは貴方ですよ?」

 対するグレンは冷静だ。竹刀を肩に担いで、トントンと叩いている。


「ほう、そんなら行かせて貰うわ!」

 低い軌道で飛び出す須藤。


「……えっ?」

 だが威圧されるような覇気を感じ取って、咄嗟に後方に飛び退いた。


 ……何故か顔面が叩き潰されるビジョンが、脳裏に浮かんだ。


「どうしたのです? 私はなにもしてはいないで すよ?」

 しかしグレンは一歩も動いてはいない。


「なんなんじゃ……」

 その有り得ぬ展開に自分でも戸惑う須藤。冷たい汗が背中を滴った。


「もしかしてこの剣が邪魔でしょうか? 邪魔ならこれは置いておきましょう」

 グレンが屈み込み、竹刀を床に置いた。


 それは明らかに須藤を馬鹿にした行為。馬鹿にしつつも相手を威嚇する行為……



 その情況にグッと神経を研ぎ澄ます須藤。


「なめんじゃねーぞ!」

 恐怖を振り払い、興奮気味に進出を開始した。


「成る程。怒りで恐怖を打ち払う、人間の人間らしき行為ですね」


「おどれ、馬鹿にするのもいい加減にせいや!」


 幾多と拳を乱打する須藤だが、その拳は虚しく宙を切るだけ。


 グレンはアッサリとかわしきっていく。


「あの須藤が、あんなに怒りに燃えるなんて……」

 その光景は蒼汰にとっても理解不能だった。


 普段冷静な須藤が、ここまで憤怒(ふんぬ)の感情をむき出しにするのは初めて見た。



「ふん、グレンの奴、手加減などしおって」

 ルカの方も覚めたように視線を向けている。


 それでも蒼汰と違って余裕の表情、それだけグレンに信頼を寄せていた。



「憤怒、嫉妬、恐怖、その根本を成すのは赤き炎。それを上手くコントロール出来ねば、己の心を焼き尽くすだけ」

 確かにグレンは少しも本気になってはいなかった。


 対する須藤は、見えざる恐怖に怯え、それを打開しようと闇雲な攻撃を放つ。故にスタミナが確実になくなっていく。


 誰の目から見ても須藤の敗北は必至だ。


「クソが、馬鹿にするなや! ワシはこんな場所で終わる訳にはいかんの じゃ!」

 それでも執拗に攻撃を繰り出す須藤。


 せっかく手に入れた居場所、それを守ることで必死だった。







 彼の父親は全国各地を飛び回る建築家だ、いわゆる転勤族。


 母親とは物心がつく前に離婚していた。

 それ故彼自身も、父親と共に各地を転校することが多かった。


 永くて一年程、短くて数ヵ月で移動していた。今現在、関西弁を喋っているのは数ヵ月前まで大阪に滞在していたからだ。


 もちろんそれが、流暢なものだとは思っていない。

 彼が使う方言は多数、逆に言えばその全てがかりそめのものだから。



 それ故友達と呼べる存在は少なかった。仮に仲良くなっても、すぐに別れがくる。

 だから自分自身、心のどこかでそれを拒否していたのかも知れない。


 その的確な判断力、及び冷静な対応も、孤独な環境で培われた結果に過ぎない。



 それでも小学三年生までは、転校することなく同じ学校に通っていた。


 それは大好きな祖母の存在があったから。だから父親も安心して単身赴任していた。


 彼の出身は東北の片田舎、赤べことの渾名はその頃の名残だ。



 しかし祖母が亡くなってからは、あの地には一度も足を踏み入れてはいない。

 何故なら悲しい気分になるから。大切だったあの頃の気持ちが甦るから。


 あの頃の祖母が言っていた言葉は、今では彼の座右の銘になっている。



『男の子ってのは、誰かに信頼されて一人前になんだよ。千晶、あんたもそんな立派な男の子になんだよ』


 あれから何年過ぎただろうか。今年の夏には墓参りに行ってみようか……








「どうして泣いているんです?」


「……えっ?」


 そのグレンの声ではっとした。


 慌てて目頭を擦った。いつの間にかその眼から、大粒の涙が溢れていたのだ。


 涙などとうに捨てたと思っていた。もう流すまいと思っていた。祖母が死んだあの夏、嫌というほど泣いたから。



「何故だ、なんでだよ!」

 拭ぐっても拭ぐっても、涙は溢れてくる。それとは裏腹に身体は動かない。


「そろそろ終わりにしましょうか」

 抑揚なく言い放つグレン。


 それに足払いを仕掛けられてバランスを崩す、胸ぐらを掴まれて床に押し倒された。


「須藤!」

 必死に声を張り上げる蒼汰だが、須藤は既に呼吸も儘ならなかった。

 顔面蒼白でグレンを見据えるだけ。


 その眼前、グレンは無言で右拳を振り上げる。



「……ばあちゃん」

 覚悟を決めたかのように、瞼を閉じる。


「須藤ーーっ!!」

「千晶くーーん!」

 幾多の怒号が響き渡る中、グレンが拳を振り落とした。

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