ルカ様と貧乏執事
それから数日が過ぎた。
オーク学園二階階段踊場には、沢山の人集りが出来ていた。
そのほとんどは女生徒。派手に着飾った今どきの女生徒から、少しばかり地味めな女生徒と、多種多様な有り様。
「キャー、ルカさまー!」
「遅い登校ですね。遅刻しても堂々たる立ち振る舞い。そこが素敵ですー」
「成績優秀なルカ様なら、授業なんて関係ないですからね」
それぞれ羨望の眼差しを浮かべて、思いの丈をぶつけている。
それは“ルカ様グループ”の面々だ。
もちろんその中央を歩くのは、ルカこと鳴神統だ。
既に昼時を大きく過ぎた午後。
窓の外は灰色の空に包まれて、もろい空気が支配している。
ルカは大幅に遅刻して登校していた。
遅刻した事実も、周りの黄色い歓声もなんのその。ポケットに両手を突っ込み、覚めた視線で歩んでいる。
そしてその後方を、赤毛の生徒がため息混じりに追っていた。
赤城連、通称グレン。ルカと共に転校してきた三年生で、シュウからしても並々ならぬ宿命を持つ男だ。
その背格好はルカと同じくらい。穏やかな顔付きに整った身体の割には、何故か貧相さを醸し出している。
それもその筈、その着込む制服は古めかしく、ところどころ継ぎはぎが施されているから。
そのせいもあって、付けられた渾名は『ルカ様の貧乏執事』ひらひらエプロンがお似合いと言った具合か。
「クソっ、ルカめ」
「あの男、眼を見ただけで女を妊娠させるらしいぞ。そうとうなるナンパ師だ」
「あの貧乏執事、グレンにも気を付けろ。ああ見えてかなりの剣の手練れだ。先ずはあいつを封じるのだ」
「副長の恨み、晴らさず置くものか」
「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す……」
「全ての婦女子は宅ちゃんのものだ」
そしてそれを遠目に睨み付けるのは、ファン倶楽部の住人達だ。
『ルカのグループとファン倶楽部の直接対決は近い』それが学園内で、公然と囁かれる噂だ。
こうして幾多の視線を引き付けながら、威風堂々と歩き出すルカ。
その毎に甘美な声と、怨念の声が響き渡る。まるで雅な王宮と醜悪な処刑場、表裏一体の光景を連想させる。
「なぁ、あんた。随分と遅い登校な割には余裕な感じっすね」
その光景を切り裂くように、誰かが投げかけた。
「余裕があってはいけないか? 俺様を待ち構えるとは、貴様こそ大した余裕だな」
ゆっくりと手前に視線を向けるルカ。
他の面々もそれに気付いて、困惑気味に後ずさる。
こうして人垣の割れた一角。行く手を阻むように立ち構えていたのは蒼汰だ。
その少し後方には、須藤の姿もあった。
「一年生のようですね。ルカ様になにか?」
問い質すグレン。
この男、巷で囁かれる噂とは違い、低い物腰の好青年のようだ。
しかし蒼汰の興味はそれにはない。
「あんたのような召し使いには、聞いちゃいないんすよ。俺が用があるのは、鳴神先輩だ」
その視線が捉えるのは、ルカただひとり。
「はぁー、今度は召し使いに降格ですか」そんな風にヘコむグレンなど、少しも気にする素振りは見せない。
「だろうな、物語の主人公は、いつでも俺様だ。……言ってみろ、その用件とやらを」
眼を細めてそれを見据えるルカ。
澄んだ湖をも彷彿させる視線だ。
辺りを包み込む静寂、誰もが無言でそのやり取りを聞き入る。
「俺は理解したんすよ。流されるままじゃ、このオーク学園では生きて行けないって。荒波に逆らって、突き進む強さも必要だって」
「成る程。それが男たる意味だ」
満足そうに笑みを浮かべるルカ。おもむろに瞼を閉じた。
「だから腹を据えたんすよ。……俺はあんたを叩き潰す」
それは蒼汰なりの明らかなる宣戦布告だった。
それにより封じ込められていた狂気が爆発する。
『なによこの子、ルカ様を叩き潰すですって?』髪をかきむしり、罵声を浴びせる女生徒。
『上等だよこのガキ、アタイがしばいたる』隠し持ったナイフを突き出す女生徒。
『よし殺せ、貴様の骨は俺が拾ってやる』笑みを浮かべて舌なめずりする住人。
『それじゃ俺の爆弾を貸してやるぜ』起爆装置を取り出す住人と様々。誰もが興奮を隠せなかった。
「フッ、この俺様を倒すだと? 流石に意味が判らんな」
しかしルカだけは冷静だった。
髪を右手で掻き上げて、灰色の空を見つめる。その銀色の髪が妖しく揺らめいた。
「あんたは俺の生き方とは両極端だ。……女をとっかえひっかえして、チャラチャラしてる。そのくせ学園を混乱に貶めようとしてる。ムカつくんすよ、そんな生き方」
「そうか。それはいい」
「なにがいいんすか!? 俺の気も知らないで?」
そのルカの淡泊な対応が、蒼汰のムカつきを加速させる。
確かに自分達がここまで追い込まれた件に、ルカは加担していない。
しかしその要因となったのは、この男に端を発するところ。
この男が、シュウを含めた学園全部に喧嘩を売ったからだ。それで眠れるファン倶楽部をも呼び起こした。
この男がいなければ、自分達は平穏な日常にあったかも知れない。
ざわざわとした喧騒は続いていた。憤怒、嫉妬、狂気、幾多の感情がそこにはあった。
だからこそ多くの者は知る由もない。その様子を悲痛なる表情で見つめる存在があることを。
「蒼汰くん」
それは志織だった。
蒼汰の姿を求めてここまで来たらしい。独りぼっちの子犬のような寂しげな表情だ。
このままでは、蒼汰がどこか遠くへ行ってしまう。……そんな漠然とした不安に駆られていた。
「志織ちゃんあかんて、あれの前に出るなや。あれはそうとうなるスケコマシ言う噂じゃぞ」
それに気付く須藤。
本音ではルカをスケコマシとは信じてはいない。しかしその身から放つ独特の空気には気付いていた。
いわゆる野生の勘だ、このままでは志織の存在事態が危険だと……
「だけど蒼汰くんが……」
「大丈夫。蒼汰は大丈夫やって」
寸でのところで背中を掴み、優しく言い放つ。
一方で蒼汰とルカの睨み合いは続いていた。
「あんたさえ潰せば、俺達一年生は安泰なんだ。やって見ましょうよ、俺とあんたの対決」
それこそが蒼汰の導きだした答えだった。
切っ掛けを作ったのはルカだ。だったらそれを叩き潰せば、自分達一年生も浮き上がるチャンスを得られるだろうと。
もちろんそこに確証など存在しない。
例え勝利したところで北條や永瀬、それらの怨念が消え去る筈もない。
僅かばかりの期待だった、大逆転を懸けたギャンブルのようなもの。云わば成り上がりの覚悟。
それだけの価値がルカにはあるように思えた。……少なくともシュウと互角に張り合うこの男ならば……
「ガキだな。俺様は虚しき争いは嫌いなんだ。その対決、なんの利益がある?」
「男と男だ! 利益とか理由なんざあるか! 俺はシュウさんに心底惚れてんだ! だから、てめーみたいなナンパ師は嫌いなんだよ!」
心底吠える蒼汰。
「シュウ、だと?」
対するルカの口元が強張る。
吹き込む風のせいだろうか、窓枠がガタガタと震えた。何故かその場の誰もが、背筋に冷たい感覚を覚えた。
「蒼汰くん!」
それを感じ取ってか、大声を張り上げる志織。
その表情を、ルカの激しい視線が貫いた。
「その女は、貴様の女か?」
はっとする志織。
その質問に答えたら、もう後戻り出来なくなる。……漠然とだがそう思った。
しかし蒼汰の態度は変わらない。嘘を言う気はないし、誤魔化すつもりもなかった。
「オウっすわ、志織は俺の女っす。それがなにか? 悪いっすけど、あんたは俺に倒されるんすよ。学園抗争、始めるっすよ!」
その魂の叫びが校内に轟いた。




