報復、そして報復
ダダダダ! 夜の路地裏を、数人の若者が駆けていく。
それはオーク学園の一年生達。その誰もが恐怖に怯えて、青ざめた表情。
「オラァー! そっちの角に逃げたぞ!」
「追い込め!」
そしてその後方を、三年生らしき数人の男達が追いかける。
その誰もが、爆発しそうな狂気の感情をむき出しにしていた。
そこは電車が通る高架橋下。目の前は袋小路、高いフェンスが行く手を遮っている。
「くっ、這い上がれ!」
「捕まればおしまいだぞ」
それを必死によじ登ろうとする一年生達。
しかし一番後方の、長髪の一年生だけはうまくいかない。
フェンスは劣化して、ボロボロ状態だった。捲れた針金が制服に絡み付く。焦りのあまり、皮膚に突き刺さって血が滲んだ。
「やっと追い付いたよ。手間ぁかけさせんなよ」
追い付いた三年生が、その背中を引き戻す。
ウッと息を吐いて、そこからずり落ちた。
「うぉーー、クリリりん、助けてくれ!」
「黙れ小僧、助けを求めるだけムダだ!」
咄嗟に懇願する長髪だが、三年生は顔面にトゥキックをぶちこむ。
痛みに悶えて地面をのたうち回った。
「ヤムちゃん、大丈夫かよ!」
「ほら他人の心配してる場合か。おめーもだ!」
その身を案じて声を掛けるスキンヘッドの一年生だが、その背中を鉄パイプで殴打されて、敢えなく地面に転げ落ちる。
その間にも三年生の数は増えていた。その誰もが鉄パイプや木刀で武装していた。
「助けてくれ!」
「ふざけんな、一年坊が!」
「いてーよ!」
「殺せ殺せ、ぶち殺せ!」
「鼻がぁー!ハナが潰れる!」
こうして一年生達は、無惨にも次々と引き摺り落とされていく。
その後に待つのは恐怖の制裁だ。痛かろうが、泣き喚こうが、そこに慈悲の心は少しもない。
怒号と鉄パイプの鈍い音だけが辺りに響き渡る。
激しい痛みの他にはなにも感じられない。口の中は砂利と血の味だけが覆い尽くす。全てがいっしょくたとなって混沌と化していた。
対する三年生が浮かべるのは狂気の感情。
恍惚の表情と共にその凶行を駆使する。
一年生達が必死に懇願する様子が、可笑しかった。
今まで散々馬鹿にされて、弄ばれたことへの復讐心が勝っていた。
そこに人間としてのルールなど、一切存在しなかった。
「そのクソ一年共、全員ぶち殺せ。ひとりとして逃がすなよ!」
地面から響くような咆哮、後方の暗闇からひとりの男が現れた。
頭を包帯でグルグル巻きにし、左腕をギブスで釣り上げている。
それはオーク学園三年、北条だった。手には同じく鉄パイプを構えている。
「勘弁してくださいって北條先輩。俺らは直接手をくだした訳じゃ。……病院に行かして下さいって、クリリりんの鼻が」
堪らず長髪がその足元にすがり付く。
「それぐらいで許せる筈がねーだろ」
北條は視線もくれず、その背中に鉄パイプの切っ先を突き付ける。
「ぐっ……」
「安心しろ。てめーらの制裁が終われば、大友勝治と相楽拓也もぶち殺してやるから」
「……だけどあいつらは既に制裁を受けた筈じゃ」
「加藤やキティホークなんか関係ねーんだよ。もちろん俺をこんな目にしたあの中坊は、百万遍殺してやるがな」
北條の復讐心は、並大抵のものではなかった。
抑揚なく言い放ち、背中に突き付けたパイプにギリギリと力を籠める。
その都度、グッ、ガッ、と激しい嗚咽が鳴り響く。
「あんたに大友が獲れる筈ねーだろ」
しかしその突然の台詞に、呆然と後方を振り返った。
「あんたみたいな姑息な奴に、あいつが、大友が獲れる筈がないんだ」
いつの間にかそこには、新たなる人物の姿があった。
辺りは暗闇に支配されて、完全にその姿は確認できない。
それでもうっすらと乱反射する街明かりで、辛うじて理解できる。
中央部を歩くのは吉沢蒼汰だ。仲間からの通報で駆けつけたのだろう、後方には二人の一年生を従えている。
「言ってくれるじゃん、馬鹿なルーキーが」
「本当だよ。自分から"虎の巣穴"に足を踏み入れるとは」
しかしそれで危機を回避できた訳ではない。
相手の数が多すぎた、既に周りは数人の三年生で取り囲まれている。
「姑息で悪いか。……要は勝てばいいんだろ」
それを一瞥する北條。
転がる長髪の顔にペッと唾を吐きつけると、パイプの切っ先を地面に落として歩き出す。
「俺は機嫌がわりぃんだ。邪魔立てする奴は、片っ端から潰すぞ」
引き摺った切っ先が、カラカラと音を発てる。
それが一年生達には妙に耳障りだ。
「やめてくれないっすかね、先輩」
それでも蒼汰は引きはしない。グッと睨みを利かす。
「やめてくれだって? 随分とお涙ちょうだいな台詞じゃねーか。……お前もこいつらの仲間なのか、大友の手下か?」
すーっとパイプを上空に引き上げる北条。
その軌道が捉えるのは蒼汰の脳天辺り。
一瞬の沈黙、誰もが固唾を飲んでその様子を見つめる。
「そうだったら……どうすんすか先輩?」
「だったら無惨に死んどけ!」
北条がパイプを振り落とした。
「ダメだって、死んちまう!」
「蒼汰逃げろ!」
響き渡る悲痛なる叫び。
一際甲高い音が鳴り響いた、すーっと生暖かい風が吹き込んだ。
それでも蒼汰の表情は変わらなかった、それは哀れみるような覚めた表情にも思えた。
対する北条の表情は蒼白だ。
パイプが振り落とされたのは、蒼汰の脳天では無かった。
咄嗟に立ち位置を変えたことで、左肩に振り落とされていた。それでもダメージは計り知れない。
そのパイプをグッと左手で握り締める蒼汰。
愕然となる北条の手から、それを奪い取る。
「こんなモンに頼るから、喧嘩の仕方を忘れるんすよ先輩」
そして後方に投げ捨てた。
カランカラーンと、パイプの転がる音が響いた。
同じくして高架橋を、ガタンガタンと電車が過ぎ去っていく。窓の明かりがコマ送りに投影されて、辺りを交互に照らしていく。それで蒼汰の表情が克明に映し出された。
「思い出したよ。そいつ、ルシファーズシード。ルーキーズのリーダーだ!」
「……永瀬をつぶしたあいつか?」
その仲間の台詞で、北條の表情から血の気が引いた。
「もう終わりにしましょうよ北条先輩」
青ざめた表情の蒼汰。すかさず右拳を放つ。
「は! ……がっ?」
それは的確に北条の左こめかみを貫いた。
その身体がぐらつく、ダメージから腰を折り地面に尻を着いた。
「北条!?」
「クソっ!」
堪らず駆け寄る三年生達、今にも蒼汰に飛びかかりそうな勢いだが、それを北條は腕をかざして制する。
「ハハハ! そうか、お前が奴らのリーダーか」
意味深な言い回し。
ゆっくりと身をもたげて、項垂れて言い放つ。
それを蒼汰が覚めたように見つめる。
「仮にも一年生を仕切る立場の男だ。理解してるよな、俺を倒したって事態は変わらないってぐらいは。永瀬の野郎も、てめーの首を獲る、再試合のチャンスを窺ってる。それ以外にも、お前らを邪魔だと思ってる連中はなんぼでもいる。ウチの高校にいる限りは、殺るか殺られるかなんだよ。それは喧嘩が終わるまで、いつまでも続くのさ。鳴神の外道を擁護する訳じゃねーが、てめぇら一年坊は嵌っちまってんだよ、学園抗争のただ中に!!」
その台詞を、一年生達は恐怖に怯えつつ訊いていた。
それは誰もが分かっていて、誰もが口にしない現実だ。
そして北条は仲間を従えてその場から消えていった。
「蒼汰、助かったよ」
「ヤッパ蒼汰だな。口では色々言っても頼れるよ」
「どうせなら、二度と歯向かわないようにすれば良かったのに」
こうして一年生達は差し迫る危機を回避する。
もちろん全ての問題が解決したわけではない。
北條がこのまま引き下がるとは思えないし、他にも憂いの要因は残されたままだから。それだけ北條の台詞には重みがあったから……
一方で蒼汰は無言だった。誰に声を掛けるでもなく、そのまま場を立ち去ろうとしていた。
「蒼汰?」
「待ってくれよ」
「足手まといなんだよ、付いてくるな!」
すかさずその後を追おうとする一年生達だが、その蒼汰の怒号でその場に立ち尽くす。
『くっそー。このままじゃ、いつまで経っても同じことの繰り返しじゃん。……力が、力が足らねーんだ』
誰もが感じ取っていた。その背中から放たれる覇気が、普段の蒼汰のものとは違うと。
なにかを求めて、荒野をさ迷う戦士、まさしく修羅そのものだったから。




