始末!
国道から一本隔てた通り沿いに、一軒のコンビニがある。
そこにシュウの姿があった。ここはシュウのバイト先だ。
「はぁ~。今日はやけに族共が走ってるなー」
レジカウンターの片隅、二十歳程の店員がため息を吐く。
通称“モーリー”、アキバ系のコスプレオタクだ。
店内からは隣接する道路が見える。先ほどから幾度となく行き交うバイクの姿が見えていた。
「そうっすね」
それに同意するシュウ。
それでもその表情は覚めたもの。だいたいの理由は分かっていた。その日学園では、朝から大友達ルーキーズの話題で持ちきりだった。
大友達のグループは、先日から行方知れず。
キティホークの面々も、午後には全て早退していた。
その理由を誰も口にはしないが、誰もが知っていた。キティホークによるルーキー狩りが開始されたのだと。
扉を押し開き、数人の若者が入店してきた。
シュウ達は「いらっしゃいませ」とマニュアルに沿って挨拶する。
「いゃーすげーな。どこもかしこもキティホークで一杯だぜ」
「ホントだぜ。週末でもねーのにどうしたんだべな?」
「パーカーも出てっけど、無視だもんな。気合い入れすぎだって」
「流石はキティホークじゃねぇ? 族なんて時代遅れもいいとこだけど、あそこだけは別格だよ。この勢いで神奈川制覇は間違いねーぜ」
「だけどそれにしてはあいつら、連むでもなく違反するでもなく、なんか街中を偵察してるみたいだったな」
「だからこそ、コエーんだべ? 不気味過ぎんぞ」
口々に呟きながら店内を物食する。
「キティホークだってよ。確か半年ほど前に、ガキが立ち上げたチームだな。最近メキメキと力を付けてきた」
その様子を横目で窺いながら、モーリーが情報通を気取って、得意気に言い放つ。
「ええ、同じガッコーの奴なんですよ」
「えっ、シュウの知り合い? ……ゴメンな、ガキなんて言って」
しかしそのシュウの返答で、あたふたとテンパった。
この男、いつでも調子ばかりのハッタリ野郎だ。
『悪い奴はだいたい友達』という割には、ヤンキーが来店するとその姿を隠す。
『俺は学生の頃は有名人だったんだぜ』という割には、ほとんどの者はその本名を知らない。
ってか誰も興味ない。バイト先の先輩でなければ、シュウに即殴られているだろう。
ヴォーーン! 遠くでバイクのエキゾーストが響き出す。
「この直管の音って?」
聞き耳をたてるシュウ。
聞き覚えのある音だ、それは徐々に大きくなってくる。
やがて隣接する道路に三台のバイクが現れた。その誰もがキティホークの白い特攻服を纏っている。
中央部で構えるのは、長い金髪の生え際を編み上げた華奢な男。
族とは思えぬ程、端正で爽やかな少年だ。
そして跨る単車は、Kawasaki・Z400FX 。信号待ちで、飽き飽きそうに首を鳴らしていた。
「先輩、ちよっとすんません!」
すかさずレジカウンターを飛び出すシュウ。
その背中にモーリーがなにか言い掛けるが、完全無視。足早に店を飛び出していく。
店の外は暗闇が支配している。
ここは閑静な住宅街、辺りに大きな店舗はない。
所々に設置された街灯に、木々の緑だけが萌えていた。
信号は点滅し始めている。
キティホークの面々は誰もが無言だ、酷く神妙そうな面持ち。
小刻みにアクセルを吹かして、走り出そうと体勢を整える。
「夏樹!」
それにシュウが投げ掛けた。
「……?」
金髪が視線をくれる。
「シュウ?」
呆然と呟いた。
「やっぱ、そうか」
「そういうこと」
暫く後、コンビニ駐車場片隅に、シュウと金髪の姿があった。
他に人影は皆無。他の面々は先に行っていた。
「……ま、やりすぎちゃったのよ。ウチらとしちゃ、始末は付けなきゃいけないんだよね。なんせ十数人で、エモノまで使ってだろ? しかも義理を欠いて、早々とバックレちゃってさ」
空を見つめて悠然と煙草の煙を吐き出す金髪。
“夏樹大和”。オーク学園の二年生で、キティホーク初代総長でもある男だ。
「やんなるよな。勝治にはそこそこ期待してたんだぜ。俺の後釜とはいかなくても、“いい兵隊”としての資質はあったのにさ」
項垂れてさばさばと頭を振る夏樹。煙草の煙が虚しく宙に舞う。
「潰すのか? あいつらルーキーズを?」
「相楽って一年坊は見つけた。制裁をくわえようとしたけど止めた」
「なんで?」
「あの小僧、ジョーさんとのバトルで気持ち折られてんだもん。今さら制裁くわえたって意味ないじゃんよ」
「ジョーさんって、あの熊オヤジだよな? 確かにあいつと一戦交えりゃあ、びびってヘコむわな」
「おいおい、ジョーさんはウチの総長補佐だぞ? ……熊オヤジって、いいネーミングじゃん」
「おめーが言うか? 相変わらず軽い性格だな」
そして二人笑う。
黒瀬修司と夏樹大和。
学園内、いや市内で噂されている話では、熾烈な仲と言われているが、実際はそうではなかった。
仲良しという訳ではないが、たまに出会えば挨拶ぐらいはする。互いにその実力を認めあっていた。
もちろん人間の感情など、一言では表せない。内に秘めた感情は、本人以外は知らないことだが。
「そういゃあ、お前のクラスに、新しい転校生が来たようだな。鳴神とかって奴」
シュウの表情を、横目でチラリと窺う夏樹。
「まったく、やんなるよ」
堪らなそうに頭を掻くシュウ。
「最強か、お前が一番嫌いな台詞だな」
「まぁな……」
実際には矛盾はあった。
最強という称号、それはシュウの目指す所でもあった。
少なくとも三年前までは、それを追い求めていたのは事実だ。
だが今の彼は違う。
その体に流れる熱い意志を曲げても、求めるべきは“穏やかな日々・穏やかな老後”だった。
「どうするのよ? お前が無視してても、鳴神、それに葛城とかは黙っちゃいないだろ? ……それに一番厄介なのが宅ちゃんだ」
神妙な面持ちの夏樹。
確かにそうだ。シュウが一線引いても、校内には容赦しない荒くれが乱立している。
「俺様は俺様だ、それは誰にも邪魔はさせねー。……んなことより、おめーはどうする気だ? 噂になってんぞ、オーク最強は夏樹だって」
校内では様々な憶測がなされている。
オーク学園で、本当の意味で最強は誰か? 統一するものは現れるのか?
その筆頭のひとりが、夏樹大和だった。
学園に入学してからメキメキと頭角を表して、市内で最大規模の暴走チームを作り上げた男、夏樹大和。
誰もがその強さを認め、誰もが同じくらい脅威を抱いていた。
「うーん、俺も興味ないね、てっぺんとか覇権とかって」
「いいのか? キティホーク総長がそんなこと言って」
見透かすような視線のシュウ。
因みに彼もその一角に名を連ねている。
しかし現地点ではその可能性はゼロに等しい。何故なら彼は、現在派閥を持たない。
群れを嫌う一匹狼は、イレギュラー程度にしか見られないから。
「16号の覇者とか、神奈川の覇権ってか? あれは完全なるデマだな。ジョーさんとかが、大袈裟に騒いでるだけだよ」
しかしそれを夏樹はあっさりと否定する。
もちろんそこに真意はないだろう。火のないところに煙はたたない。それなりの裏付けはある。
「……そうか」
そして対するシュウもあっさりと納得する。
全てを信じる訳じゃないが、今はそう思うのが適切だと感じた。
不意に夏樹のスマホ着信音が鳴り出した。
「ああ、俺だ」
すかさず耳にあてがった。どうやらチームメイトのようだ。
「……そうか根岸か。……あのコンビニの近くだな……」
こうして淡々と会話する夏樹を、シュウは無言で見据える。
カチカチと街灯の光が揺らめいた。
辺りには数匹の虫が飛び交っている。本能のまま光に導かれ、ゆらゆらと戯れている。
そしてその真下には、ピクリとも動かぬ屍の姿。それがこの世の儚さを表すようで哀れだ。
「分かったすぐ行く。俺が行くまで手は出すなよ」
そして夏樹が電源を落とした。
「いたよ、中坊ん時の連れんとこに潜んでやがった」
言って笑う。引きつったようなぎこちない笑い方だ。
「おめーが叩き潰すのか? ……その手で」
「ああ、俺が引導をくれてやる。ケジメだ」
ゆっくりと立ち上がると、FXに乗り込んでセルを回す。
そこにさっきまでの和やかさは見えない。鋭い視線、真一文字に結んだ口元、キティホーク総長の表情だった。
「シュウ。……ルーキーズってメンバーには、確か帝中出身の奴もいたよな?」
シュウに背を向けたまま訊ねる。
「ああ、吉沢だな」
「一年共はこれからが正念場だ。……勝治はもうダメだろ。俺が調子にのらしちまったから。お前の後輩は、大事にしろよ」
闇夜にエキゾーストが響きわたる。そして夏樹は消えていった。
その背中が、シュウには泣いているように感じた。もどかしいような、堪らない感情で。
だけど同時に、そんな感情に一切意味がないのも理解はしている。
先に生を受けた存在として、巨大な組織を引っ張る要として、なによりひとりの男として、全ての始末を着ける義務があったから。
翌日、大友勝治は学園抗争から戦線離脱する。
全治三ヶ月、壮絶な制裁を窺わせるその現場は、見るものの吐き気をもよおす程だったらしい。
対する夏樹大和は無傷。
改めてキティホークの結束力と、夏樹の強さを物語るに相応しい出来事だった。




