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その涙の意味




 ヴォーーン! 三台のバイクがベイエリアを駆け抜ける。



 右手方向には湾岸の姿。オレンジの照明に照らされて、工業地帯が悠然と連ねる。遥か遠くには、青白く映えるベイブリッジの巨影。



「こちら、一番隊、前田まえだ。本牧埠頭付近にはいないようだな」

 前方を疾駆する特攻服が、スマホ相手に言った。


『根岸の方で、それらしき奴がいたって情報です』


「根岸だって。……的、ってことか?」


『いえ、雑魚らしいです。ですが雑魚といっても、逃す訳にはいかないし』


「そりゃーそうだわな。あれだけの真似してくれたんだ、それなりのケジメは付けなきゃならない。これで雑魚五人、残すは半分ってとこか」


『少し前までは、的と一緒に行動してたらしいですから、市内のどこかにはいるかと。……それと山手辺りに潜伏してる情報もあって、いま直江なおえさんらも向かってる最中っす』


「直江さんが? 了解分かった、俺達も至急応援に向かうわ」


『よろしくっす』


 やがてスマホを懐にしまうと、右手をかざし仲間達に合図する。



「こっちは終いだ。次は、根岸から山手辺りを捜すぞ」


「了解ッス」

 そして漆黒の闇に消えていった。







「ハァハァハァ」

 薄暗いアパートの一室。


 相楽拓也が、頭から布団をかぶり、端のほうで震えていた。



「なぁ拓也、急に訪ねてきたと思えば、そんなとこでかくれんぼか? 電気くらいつけるぞ」

 その仲間らしき男が、壁際を探り照明を点けた。


「つけないでくれよ!」

 咄嗟に顔を覗かせて言い放つ相楽。


 顔中貼られた湿布が、痛々しさを感じさせる。その顔色は蒼白で、生きているとは思えぬほどのものだ。



「なんだよ拓也? そうとうヤバいことして来たのかよ? 中学以来の再会だってのに『これで俺を守ってくれ』だなんて」

 男は相楽の中学時代の知り合い。ここはそれが間借りしている部屋だった。



 それを頼りに、相楽が逃げるように転がり込んできたのは数時間前。

 護衛代と称して、家からすくねてきた現金数万円を渡して。


「安心しろって、俺は誰にもお前のことは言わないし、この周りも俺の高校の連れが見張ってる。だからうまく逃げ延びたら、奴らの分の報酬も頼むぜ」

 現金の入った封筒を大事そうに抱える男。


 怯える相楽とは違って、実に楽観的な意見だ。


 詳しい経緯はしらないし、聞こうとも思わない。

 相楽とは中学時代のクラスメートだが、それほど仲良しではない。

 どうせ些細な喧嘩でもして、誰かに追われているのだろうと思っていた。


 預けられた現金だけに興味があった。



「げっ! あんたらは!?」

 突然外から、愕然とした叫びが挙がった。


 それは外でバイクのメンテナンスをしている仲間達の声だ。


 酷く逼迫した響き、それに反応して相楽がピクリと身をもたげる。


「嘘だろ? あんたらがあいつを狙ってたの!?」

「勘弁してくださいって。俺は知らなくて、金で引き受けただけで」

 外はにわかにざわめきが支配する。



「いったい、どうしたってんだ?」

 男は事態が飲み込めず、外に通じるドアを少しだけ開く。


「捕まえたぞ、この野郎!」

「早く開けろや!」

 ガシッ、そこから伸びてきた二つの手によってそれはこじ開けられる。


 そして無理矢理侵入してきた人物の姿を認めて、ごくりと唾を飲み込んだ。



「ここに、相楽拓也ってガキ、逃げ込んでるだろ?」


 それは真っ白い特攻服に身を包む男達。胸元には騎帝鳳駆の刺繍文字が煌めく。


「えっ? 拓也が逃げてる相手ってキティホーク?」

 思いもしないことだった。咄嗟に後方を振り返る。



 ガシャーン! 一陣の煌きと共に窓ガラスが突き破られた。


 相楽が二階奥の窓から飛び降りたのだ。


「てめー、クソガキ!!」

 興奮気味に窓際に駆け寄るキティホーク。


 しかし後の祭りだ、その視線に映るのは、片足を引き摺って逃げ出す相楽の背中。


「裏だ裏! 裏口から逃げたぞ!」

 玄関に戻り号令する。


 同時に外に配していた面々が、その姿を追うように駆け出した。



「なんで、なんでこうなったのさ」

 相楽拓也は絶望の淵にいた。


 ガラスを突き破った勢いで、左肩を数センチ切っていた。滴る血を右手でさすり、必死に逃げ惑う。

 飛び降りた衝撃で、足を捻挫していた。靴も履かずに裸足の足に、小石が突き刺さり血が滲んでいた。


 しかしそれらの痛みは感じなかった。


 それより感じるのは、加藤に殴られた頬の痛みと、折られそうになった左腕の感覚。


 それだけキティホークの存在に、恐怖を抱いていた。





 思えば自分の人生は不幸続きだった。


 中学二年当時、彼は空手部に在籍していた。


 それは両親の影響が大きかっただろう。彼の両親は共に公務員。学業や武道で成功を修めて、大手企業に送り届けるのが両親の願いだった。

 彼もその期待に応え、それなりの成績を修め、空手の大会でもそこそこの結果を出していた。



 だがそれが、先輩の逆恨みを買うことになる。

 県大会前夜、数人の先輩に襲撃をうけて、出場を辞退する羽目になる。

 彼の強さを疎ましく感じた、主将の仕業だった。結果その主将は、準優勝の栄誉を手にする。

 対する相楽は靭帯損傷して、部を辞めることになる。


 それに納得出来ない彼は、ある日主将を待ち伏せして、一撃のもとに殴り倒す。


 ついた渾名は卑怯もの。

 主将が『後ろからいきなり殴られたんだ』とあらぬ噂を流したからだ。



 それ以来彼は、中学時代を孤独に過ごすことになる。


 クラスで孤立して、授業にほとんど出なくなる。

 実力があっても誰も認めてはくれない。

 それどころか『調子に乗ってる』と逆に叩かれる。


 本当に卑怯なのは相手なのに、真実も知らずに中傷される。大手企業に就職する道も、それで閉ざされたという訳だ。



 だから両親の反対を押しきって、オーク学園に入学したのだ。


 そこに来て、本当の実力を認められたのは嬉しかった。

 それも同じ中学出身である、大友勝治に認められたことは最高の価値があった。


 何故なら大友は、中学時代の相楽とは対極にある存在だったから。

 当時の大友は、校内でも浮いた存在だった。やること大胆、校則なんて無視して悪の限りを尽くす男。


 いわゆる不良と呼ばれた存在。

 多くの生徒は、それと関わりにならまいと、一線をかくして接していたが、相楽自身は心のどこかでは憧れを抱いていたから。


 だけどそれも無様な結果に終わった。


 結局自分は、立派な武術者にも、完全な不良にもなれない半端者。悔しさから涙が溢れた。





「うっ?」

 突然その潤んだ眼が、眩い光で眩惑げんわくされた。


「やれやれ、そんな身体で、俺らから逃げ切れると思ってるのかよ?」

 そして同時に響く、低く淡々とした声。


 いつの間にか目の前に、バイクに乗った長身の男が立ちはだかっていたのだ。


 銀のアクセサリーをジャラジャラ着けた、パーマがかった赤毛の男だ。

 跨がるのは“黒いGPZ900R(ニンジャ)



 後方からは、多くの男達の怒号が響いている。このままでは捕まることは確実だ。



「勘弁してくださいよ、あれが加藤さんとは知らなかったんだ」

 逃げ口を求め、必死に長身に組みかかろうとする。


「おーっと、そんな理由で、ジョーの奴が許すと思うか?」

 しかし長身はそれを許さない。


 嘲るように後方に身を逸らし、右足を走らせる。


 それにつまずき、造作なく倒れ込む相楽。


「に、逃げるんだ……」

 それでも必死に身体を突き動かし、立ち上がろうとする。


「だから、逃がさねーって。せめて勝治の居場所くらい聞きださなきゃな」

 その襟首を長身が掴み取り、上空に引き起こす。


「教える筈ねーだろ!」

 必死に虚勢を張り、拳を振り出す相楽。


 だがそれを、長身は難なく右手で握り締める。


「ぐ……」

 凄まじい握力だ、拳がメキメキと悲鳴を挙げる。


 その長身の男に、新たな恐怖を抱き始めていた。


 そうしている間に、数人のキティホークが辺りを取り囲んでいた。もはや逃げ出すことは不可能だ。



「やっと捕まえたか。おとなしく捕まればいいものを」

「助かりましたよ“直江さん”。ここでこいつを逃がしたら、俺達あとで加藤さんにどれだけ怒られてたか」

 駆け付けたキティホーク達が言った。


「えっ、直江さんって……」

 再び蒼白になる相楽。


 その名前もまた、畏怖いふの対象だったのだ。

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