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修羅の荒野~悪夢の入学式、再び  作者: 成瀬ケン
第二章 暴走する狂気
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本当の飼い主

 その台詞を直立不動で聞き入る大友。


 言葉通りだった。彼は動けなかった訳ではない。自らの意志が邪魔して動かなかったに過ぎなかった。


 二人は面識があったのだ。



「ふん………ゆっくりと見とけ。なぁーに殺しはしねーよ。この加藤かとうに、牙剥いた愚かさを叩き込んでやるだけだ」

 ボーズの名は加藤と言うらしい。


 地面に屈する相楽を足で押し込み、その左腕を後ろ手にする。


「ハァハァ……」

 最早、相楽の思考は働かなかった。


 血まみれの顔で、されるがままに後方の加藤を見据える。


「悪いな坊や。このままじゃ俺らぁ、"チーム"としての示しが付かねーのよ。腕を折らせて貰うぜ」

 静かに通達する加藤。

 ゆっくりと野太い腕に力を籠める。


「…………」

 それを無言で見つめる大友。


 ……大いなる理想、置かれた現実、慕ってくれる仲間、尊敬する先輩、生きていく希望、目の前に立ちはだかる絶望。


 ……その全てが濁流の如く、頭の中でうごめく。



「ギャー、嫌だー。折らないでー!」

 激しく身体をばたつかせ、必死に抵抗する相楽。


 その悲鳴が、大友の耳にへばり付く。



「騒ぐな、制裁はすぐにすむから」

 腕に力を籠める加藤。


 ミシミシと、耳障りな音が響き出す。


 その全てが、大友には不快だった。頭の中でなにかが、音を発てて弾け飛んだ。



「くそったれガァ!」

 見えざる衝動に駆られるように、近くの椅子を振り上げて加藤に叩き付けた。



「ぐっ?」


 吸いかけの煙草が宙に舞う。


 それは確実に加藤の後頭部を貫く、堪らず片膝をついた。


 大友は無言だ。ハァハァと浅い呼吸で、それを見下ろす。



「……これはなにかの間違いだよな勝治? こんな真似して、ただで済むと思ってるのか……」

 それでも加藤は落ちない。

 眼をギョロりと掻き開き、額からおびただしい量の血を流して睨みを利かす。



「加藤さん」

 対する大友の顔に浮かぶ表情は、恐怖の二文字だった。


 それは、なにも加藤に対する恐怖だけでは無かった。

 その背後に見え隠れする、畏怖いふの念に対してだ。


「うおーーっ!」

 それが大友には堪らなかった。

 見えざる恐怖を打ち払うように、一方的に加藤を乱打しだす。


「勝治! てめぇ……」

 仁王立ちでそれに抗う加藤。


 しかし流石に限界だった。意識が吹き飛び、ゲーム筐体に背中を預ける。



「うおーーーーーーーーーっ!」

 それでも大友は、執拗に殴り続ける。


 一発殴る毎に目の前の恐怖が消えていく。しかしその度に心の闇が巨大化していく。


 まるで無間地獄の、ただ中に落とされた心境。

  今いる空間が、夢なのか現実なのか、それさえも分からなかった。


「カッちゃん終いだ!」

 仲間が慌てて羽交い締めした。


 それではっと我に返り、その拳を止める。


 一瞬の沈黙。


 ずるずると崩れ落ちる加藤。仰向けに床に倒れて、微動だにしない。


 それを遠巻きに見つめる一年生。それは自分達の、決定的な勝利を意味していた。


「すげーじゃんよカッちゃん! ……こんな強い"隠しキャラ"まで叩き潰したよ!」

「当たり前じゃん! 俺らルーキーズだぜ」

 場に響き渡る歓喜の声。

 ゲームの中の隠しキャラを仕留めたような、そんな高揚感が包んでいた。



「カ……カッちゃん。やっぱり俺とは違うな。俺らが束になって掛かっても、潰せなかったこいつを、あっさりと倒すなんて」

 それは相楽にしても同じ感情だった。

 傷だらけの我が身もかんがみず、称賛の言葉を掛けた。


「…………」

 しかし大友は心ここにあらずだ。ひとりだけ堪らぬ葛藤の中に存在している。



「なんだよカッちゃん。勝利の余韻に浸ってるのか? そりゃーそうだよな、しびれんよな。こんだけの奴を仕留めたんだからな。これで俺らルーキーズも、益々有名になるぜ」

 調子よく言い放つタカッシー。

 先程まで泣きながら、加藤にワビを入れていた男とは思えない、変化ぶり。



 それが大友の癪に触った。


「知ったような口、たたいて、かたってんじゃねーぞ!」

 すかさず振り返り、タカッシーの頬に右ストレートを打ち込む。


「がぎゃーー!」

 訳が分からず、揉んどりうって床に吹き飛ぶタカッシー。



「てめー みてーな小僧、仲間にした俺が馬鹿だった! ホント話し方も、その行動も、頭の中身まで中坊だな! "本当の飼い主"のツラぐらい覚えとけ!」


 それでも大友の怒りは治まらない。


 転がるタカッシーの胸ぐらを引き上げて、馬乗りになって幾度となく拳を穿つ。



 タカッシーは大きく眼を開き、その表情を探っている。


 相楽を始め、一年生達は微動だにしない。あからさまな大友の怒りと、背中から放つ虚しさに、困惑していた。


 やがてその凶行が止んだ。ハァハァと小刻みに息をする大友。



「……ああ、調子こいてたのは俺だよ。俺が全部悪いんだ。てめーみてーなガキを引き込んで、調子乗って遊んでた。それがこんな結果を招いた。……加藤さんを仕留めたのは、それに対するせめてもの罪滅ぼしよ。だからてめーは引退しろ、退学届けを出して、オーク学園からバックれろ」

 まるで懺悔するような台詞だ。

 なにもない天を見上げて、ゆっくりと立ち上がる。


「とにかく俺らもバックれっぞ。ここに長居は無用だ」

 血みどろの拳をシャツで拭い捨てると、店外に足を進める。


「はぁ? なんでさ」

 しかし相楽達には意味が分からない。


「死にたくなかったら、数日姿くらますしか、手はねーんだ!」

 それでも大友は理由を語らない。


 振り返りもせずに、そそくさと店外に消えていった。



 訳の分からぬ相楽達だったが、倒れ込む仲間達を回収すると、足早に撤収していったのだ。







「……い? おい"ジョー"さん、しっかりしてくれ!」


「……くっ……お、れは……」


 数時間後、もうろうとする加藤の意識が回復した。


 その視線が捉えるのは、数人の男達の姿だ。


 金髪の華奢な少年が、その身体を押さえていた。

 朧気おぼろげな意識と視界だが、その声には記憶があった。


「どうしたのさ? 無敵を誇るジョーさんが、こんな血みどろで」


「わるい。……ちっとばかり油断した」

 自分の置かれた状況もかんがみず、淡々と返す加藤。

 痛みよりもプライドの方が勝っていた。


「油断って、ジョーさんをここまで追い詰めるなんて、普通じゃないじゃんよ?」

 そしてその悔しさは、金髪の中にも染み入る。


「相手は誰だったのさ?」


「……あ……相手は、ウチの一年生、十数人。……首謀者は……大友……勝治……」

 そして加藤の意識は再び混濁した。


「そうっすか……」

 静かにその身を横たわらす金髪。


「救急車だ! 早く呼べ!」

 即座に通達する。


 それでもその胸の内に去来するのは、怒りと悲しみ、複雑な心境だった。



 大友勝治が倒した男。それはオーク学園三年生 加藤丈一郎かとう じょういちろう

 ロード系チーム・騎帝鳳駆キティホーク 総長補佐。



 そしてキティホークは、大友の信頼する“夏樹”のチームだった。

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