本当の飼い主
その台詞を直立不動で聞き入る大友。
言葉通りだった。彼は動けなかった訳ではない。自らの意志が邪魔して動かなかったに過ぎなかった。
二人は面識があったのだ。
「ふん………ゆっくりと見とけ。なぁーに殺しはしねーよ。この加藤に、牙剥いた愚かさを叩き込んでやるだけだ」
ボーズの名は加藤と言うらしい。
地面に屈する相楽を足で押し込み、その左腕を後ろ手にする。
「ハァハァ……」
最早、相楽の思考は働かなかった。
血まみれの顔で、されるがままに後方の加藤を見据える。
「悪いな坊や。このままじゃ俺らぁ、"チーム"としての示しが付かねーのよ。腕を折らせて貰うぜ」
静かに通達する加藤。
ゆっくりと野太い腕に力を籠める。
「…………」
それを無言で見つめる大友。
……大いなる理想、置かれた現実、慕ってくれる仲間、尊敬する先輩、生きていく希望、目の前に立ちはだかる絶望。
……その全てが濁流の如く、頭の中で蠢く。
「ギャー、嫌だー。折らないでー!」
激しく身体をばたつかせ、必死に抵抗する相楽。
その悲鳴が、大友の耳にへばり付く。
「騒ぐな、制裁はすぐにすむから」
腕に力を籠める加藤。
ミシミシと、耳障りな音が響き出す。
その全てが、大友には不快だった。頭の中でなにかが、音を発てて弾け飛んだ。
「くそったれガァ!」
見えざる衝動に駆られるように、近くの椅子を振り上げて加藤に叩き付けた。
「ぐっ?」
吸いかけの煙草が宙に舞う。
それは確実に加藤の後頭部を貫く、堪らず片膝をついた。
大友は無言だ。ハァハァと浅い呼吸で、それを見下ろす。
「……これはなにかの間違いだよな勝治? こんな真似して、ただで済むと思ってるのか……」
それでも加藤は落ちない。
眼をギョロりと掻き開き、額からおびただしい量の血を流して睨みを利かす。
「加藤さん」
対する大友の顔に浮かぶ表情は、恐怖の二文字だった。
それは、なにも加藤に対する恐怖だけでは無かった。
その背後に見え隠れする、畏怖の念に対してだ。
「うおーーっ!」
それが大友には堪らなかった。
見えざる恐怖を打ち払うように、一方的に加藤を乱打しだす。
「勝治! てめぇ……」
仁王立ちでそれに抗う加藤。
しかし流石に限界だった。意識が吹き飛び、ゲーム筐体に背中を預ける。
「うおーーーーーーーーーっ!」
それでも大友は、執拗に殴り続ける。
一発殴る毎に目の前の恐怖が消えていく。しかしその度に心の闇が巨大化していく。
まるで無間地獄の、ただ中に落とされた心境。
今いる空間が、夢なのか現実なのか、それさえも分からなかった。
「カッちゃん終いだ!」
仲間が慌てて羽交い締めした。
それではっと我に返り、その拳を止める。
一瞬の沈黙。
ずるずると崩れ落ちる加藤。仰向けに床に倒れて、微動だにしない。
それを遠巻きに見つめる一年生。それは自分達の、決定的な勝利を意味していた。
「すげーじゃんよカッちゃん! ……こんな強い"隠しキャラ"まで叩き潰したよ!」
「当たり前じゃん! 俺らルーキーズだぜ」
場に響き渡る歓喜の声。
ゲームの中の隠しキャラを仕留めたような、そんな高揚感が包んでいた。
「カ……カッちゃん。やっぱり俺とは違うな。俺らが束になって掛かっても、潰せなかったこいつを、あっさりと倒すなんて」
それは相楽にしても同じ感情だった。
傷だらけの我が身も鑑みず、称賛の言葉を掛けた。
「…………」
しかし大友は心ここにあらずだ。ひとりだけ堪らぬ葛藤の中に存在している。
「なんだよカッちゃん。勝利の余韻に浸ってるのか? そりゃーそうだよな、しびれんよな。こんだけの奴を仕留めたんだからな。これで俺らルーキーズも、益々有名になるぜ」
調子よく言い放つタカッシー。
先程まで泣きながら、加藤にワビを入れていた男とは思えない、変化ぶり。
それが大友の癪に触った。
「知ったような口、たたいて、騙ってんじゃねーぞ!」
すかさず振り返り、タカッシーの頬に右ストレートを打ち込む。
「がぎゃーー!」
訳が分からず、揉んどりうって床に吹き飛ぶタカッシー。
「てめー みてーな小僧、仲間にした俺が馬鹿だった! ホント話し方も、その行動も、頭の中身まで中坊だな! "本当の飼い主"のツラぐらい覚えとけ!」
それでも大友の怒りは治まらない。
転がるタカッシーの胸ぐらを引き上げて、馬乗りになって幾度となく拳を穿つ。
タカッシーは大きく眼を開き、その表情を探っている。
相楽を始め、一年生達は微動だにしない。あからさまな大友の怒りと、背中から放つ虚しさに、困惑していた。
やがてその凶行が止んだ。ハァハァと小刻みに息をする大友。
「……ああ、調子こいてたのは俺だよ。俺が全部悪いんだ。てめーみてーなガキを引き込んで、調子乗って遊んでた。それがこんな結果を招いた。……加藤さんを仕留めたのは、それに対するせめてもの罪滅ぼしよ。だからてめーは引退しろ、退学届けを出して、オーク学園からバックれろ」
まるで懺悔するような台詞だ。
なにもない天を見上げて、ゆっくりと立ち上がる。
「とにかく俺らもバックれっぞ。ここに長居は無用だ」
血みどろの拳をシャツで拭い捨てると、店外に足を進める。
「はぁ? なんでさ」
しかし相楽達には意味が分からない。
「死にたくなかったら、数日姿くらますしか、手はねーんだ!」
それでも大友は理由を語らない。
振り返りもせずに、そそくさと店外に消えていった。
訳の分からぬ相楽達だったが、倒れ込む仲間達を回収すると、足早に撤収していったのだ。
「……い? おい"ジョー"さん、しっかりしてくれ!」
「……くっ……お、れは……」
数時間後、もうろうとする加藤の意識が回復した。
その視線が捉えるのは、数人の男達の姿だ。
金髪の華奢な少年が、その身体を押さえていた。
朧気な意識と視界だが、その声には記憶があった。
「どうしたのさ? 無敵を誇るジョーさんが、こんな血みどろで」
「わるい。……ちっとばかり油断した」
自分の置かれた状況も鑑みず、淡々と返す加藤。
痛みよりもプライドの方が勝っていた。
「油断って、ジョーさんをここまで追い詰めるなんて、普通じゃないじゃんよ?」
そしてその悔しさは、金髪の中にも染み入る。
「相手は誰だったのさ?」
「……あ……相手は、ウチの一年生、十数人。……首謀者は……大友……勝治……」
そして加藤の意識は再び混濁した。
「そうっすか……」
静かにその身を横たわらす金髪。
「救急車だ! 早く呼べ!」
即座に通達する。
それでもその胸の内に去来するのは、怒りと悲しみ、複雑な心境だった。
大友勝治が倒した男。それはオーク学園三年生 加藤丈一郎。
ロード系チーム・騎帝鳳駆 総長補佐。
そしてキティホークは、大友の信頼する“夏樹”のチームだった。




