有名になるには対価が必要
しかしシュウや蒼汰の杞憂も虚しく、大友一派の強行は益々拡大していく。
三年生がルーキーズの勢力に飲み込まれるのは、時間の問題だと思われた。
だが勢いと言うのは、永くは続かないものである。
どんなに勢いがあろうと、それは徐々に終息していく。周りに神童と持て囃されても、やがてはだかる壁にぶち当たる。
全ては時代の流れであって、永遠などという概念は存在しない。
盛者必衰の理は、ここにも適用されていたのだ。
「ハァハァハァ……。嘘だろ? なんで倒れないのさ?」
そこはとあるゲームセンター。相楽がゲームの筐体に背を預けてガタガタと震えている。
「グガァー! なめんなやクソルーキー共があーーぁ!」
その視線の中央では、三年生らしきガタイの良いボーズの男が奮戦していた。
背中に三人の一年生がしがみついているが、少しも動じない。
それを遠巻きに見つめるのは、数人の一年生。
その誰もが身体になんらかの怪我を負い、恐怖に怯えるように立ち尽くしていた。
「助けて下さい、俺はなにもしちゃいないんです」
ボーズの憤怒の視線が捉えるのはタカッシーの姿。
そこにいつも通りの調子良さは、少しも見えない。ガクガク震えて、床に尻を着いて後ずさっている。
「なにもしちゃいないだと。だったら俺の聞き間違いか? 貴様、上杉と北條をぶち殺したのは自分だって、あちこちで吹聴してるらしいじゃねーか。しかも最近じゃ、魔王に出会って、無傷で生還したとか」
その襟首を、ボーズがゆっくりと絡めとる。
そして目の前に引き上げてさらした。
「それは言葉のあやで。……仲間にやれって言われて、俺は仕方なく」
涙目になるタカッシー。
得意のハッタリは出尽くした、この男にハッタリは通用しない。心からの弁明の言葉だった。
「なんでも人のせいにする気か? 確かにそれが、世の中を渡る一番最良の方法だよな。だけど奴らに手を下したのは本当だよな。既に勝敗は決したってのに、エモノを使って、無慈悲にも」
既に言い返す気力もなかった。
その股間から湯気が立ち昇る、ぽたりぽたりと水滴が滴っていた。
「無様だな。仲間がいなきゃ、ハッタリも言えないか。正直、その手の小僧が、一番好かねーんだよ!」
それでもボーズは許そうとはしない。
その顔面に、強烈なる右拳を叩き込む。更に数発、小刻みな拳を打ち込んだ。
「ギャー! 誰か助けてー! ギャーーー!」
辺りに響き渡る激しい悲鳴。
一年生達が後方から羽交い締めして、それを阻止しようとするが、それさえお構いなしだ。
「大袈裟だな、なんちゅう軟弱な奴だ。……まぁいいだろう、殺すのだけは勘弁してやる。二度と俺の前に姿を現さんことだ」
やがて満足したか、それを無造作に投げ捨てる。
タカッシーは辛うじて意識があった。ほうぼうの体で、その場を逃れようと必死に床を這いずる。
その姿を見つめて、さばさばと頭を振るボーズ。
「てめーらも、いい加減俺から離れやがれ!」
身体をねじって、羽交い締めする一年生を、次々と投げ捨てていく。
「ふははは! 俺は気の強い後輩は嫌いじゃない。だけどよ、十数人集まってこのざまかぁ?」
そして体中傷だらけの我が身も鑑みず狂気に笑う。滴る血のりを舐めて余裕の表情だ。
「マジかよ!? いくらなんでも、ここまで差があるなんて」
それが相楽の脳裏に強烈な感情を叩き込んだ。
ガクガクと震えて、どうしてこうなったと、改めて悔いた。
きっかけは些細なことだった。いつまでも麻雀ゲームに興じるボーズに、調子に乗ったタカッシーが難癖つけたのだ。
それが間違いの始まりだった。
ボーズの強さは、一年生の予想の域を、遥かに越えていた。
倒しても倒しても、また新たな猛者が出没する、オーク学園の層の厚さに、今更ながら恐れを抱いていた。
「これで終いだと思わないことだ」
その首筋が、ボーズによって壁際に押し付けられた。
「ひっ!」
恐怖と絶望から、顔面が蒼白になる相楽。
「相楽拓也、だったよな。嬉しいだろ、これ程有名になってよ。この俺に喧嘩を売る度胸までつけるんだからな」
不気味に笑うボーズ。
それでもその瞳の奥に浮かぶのは、深くて底の見えない憤怒の影。
相楽はなにも答えない。いや、恐怖で声が出ないのだ。
「拓也!」
「拓也を離せ、クソ野郎!」
仲間達が再びボーズの背中にしがみつく。
「雑魚がくっ付くなよ!」
しかしボーズはそれを右手であっさり払った。
「だけど勘違いするな小僧。有名になるってことは、それだけのリスクを伴う、それなりの対価も必要なんだよ」
そして躊躇いもせず、相楽の顔面に右拳をぶち込んだ。
「ガハッ!」
相楽の頬に激痛が走った。今まで感じたことのない、強烈な痛みだ。
「別に、同情するわけじゃねーけどよ。お前らが潰してきた、永瀬、北条、上杉、武田の痛みも感じろや!」
それでもボーズは拳を穿ち続ける。
タカッシーに叩き込んだ拳よりも、更に重くてキツい拳だ。
相楽の顔面が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。それでも成す術は持たない、まるでサンドバッグ状態。
「オウ、どうしたんだ! 拓也とタカッシーがヤバいって!?」
その店内に大友が走り込んできた。
「カッちゃん、助けてくれ! 俺、殺されそうになったんだ」
その足元にタカッシーがすがり付く。
「あぶねーよ、あいつハンパねー喧嘩慣れしてんだよ」
どうやら大友は、仲間からの連絡を受けて慌てて駆けつけたようだ。
「へっ、誰だよそのヤバい野郎って」
ゆっくりと店の奥めがけて歩き出す。
薄暗い室内、倒れ込む仲間達、散らばった椅子、歪んだゲーム筐体、それらが争いの壮絶さを顕にしていた。
そしてその中央部で立ち尽くすボーズに視線を注ぐ。
「……え?」
その瞬間、その顔から血の気が引いた。
立ち尽くしたまま、微動だにしない。
「カッちゃん、あいつだよ。俺の仇を取ってくれ!」
それをタカッシーが捲し立てる。
「カッちゃんだとぉ?」
その一言でボーズも突然の来訪者に気付く。
拳を止めて視線を向ける。
その拍子に相楽の拘束が解かれる。口から血を滴らせて、床に這いつくばった。
「はが……たふけて……カッちゃん」
助けを求めて床を這いずるが、ボーズはそれを許さない。
その背中を左足で踏み締めて、再び拘束した。
「チッ 、左手の感覚がおかしいぜ。ヒビでも入ったか」
どうやら一年生達との激しい抗争で、腕に怪我を負ったらしい。
それでも口元に浮かぶ笑みは健在。
「しびれんな、あいつ腕がイカれてんだってさ。ラッキーじゃん、拓也を助けようよ」
「あ……ああ」
しかし、大友は動かない。
心ここにあらず、といった状況で、戸惑うようそれを見つめるだけ。
「どうしたんだよ、カッちゃん? カッちゃんなら、あんな奴楽勝だろ? マジで殺しちゃおうよ」
「クソガキが、喚いてんなや!」
それを遮るようにボーズが吠えた。
その迫力に圧倒され、黙り込むタカッシーを余所に、ポケットから煙草を取り出して火を点ける。
「そいつは動かねーぞ。……だよな勝治?」




