中坊上がりに気を付けろ
「ハァハァ。良かったー、ギリギリセーフだよ」
一方その頃、太助の姿が校舎下駄箱スペース付近にあった。
膝を押さえて息急き切ってはいるが、呆けたような安堵の表情だ。
彼は昨夜、深夜番組(エッチ系)にどっぷり嵌り、寝坊して急いで登校していた。
「遅刻したら、また“ジャイアン”に怒られちゃうよ。それに春菜もコワいから」
決意も新たに階段上部を見据える。
ちなみにジャイアンとは教師の渾名だ。難癖付けて生徒の私物を奪う。つまり、ジャイアイズムだ。
「はぎゃ!」
こうしてゆっくりと足を進める太助だが、その脇腹になにかがぶつかって横に弾き出された。
「えっ? ここは小学校?」
いきなりな事態にごしごしと瞼を擦る。
ぶつかってきたのは太助より更に小さな少年。背中にはランドセルを背負っている、明らかに小学生だ。
「ゴメンね。おいら、間違って別なガッコーに来ちゃったね」
寝ぼけたあまりに、来るべき場所を間違ったと思った。
自分は場違いな来訪者に他ならない。ヘラヘラと愛想笑いを浮かべて頭を掻く。
「くぅー、そんなんで済ませるの?」
不意に別の声が聞こえた。
「えっ?」
「人にぶつかっておいて、そんなワビの入れ方で済むのか、って言ったんだよ」
それはオーク学園のブレザーを着込む生徒、しかもタカッシーだった。
その後方には同じ一年生二人を従えている。
「間違った訳じゃない」
思考をフル回転させる太助。
教室の位置や階段の作りは、明らかにオーク学園のものだ。ここは一階、一年生のクラスが軒を揃えるエリアだ。廊下の隅には煙草の吸い殻が無造作に投げ捨ててある。つまり場違いな来訪者は小学生の方。
そんな風に呆然と辺りを窺う太助を、タカッシーは『馬鹿じゃねぇ?』とばかりに首を傾げて見入っている。
「大丈夫かユッキーナ?」
そして小学生に向けて言った。
「イタイヨ、イタイヨ」
それに呼応して小学生がその場にしゃがみこむ。
足をさすり、棒読みに連呼する。
その様子を満足げに見つめるタカッシー。そしてなめるような視線を太助に向けた。
「あーあ、大切な後輩をこんなにしやがって」
「キャハハハ。よくやんよなタカッシー。高校に小学生を連れてくるなんて」
「そこまでして、自分の武勇伝、教えたいのかよ」
傍らでは、他の二人が呆れたように高見の見物をしている。
察するに、ユッキーナとは小学生のこと。タカッシーが連れ込んだようだ。まるでお遊戯だ。己の強さを誇示したいタカッシーの茶番劇。
「ゴメンよ、急いでいたからさ。……だからここで」
しかしそれは、太助に対しては明らかな効き目があった。
その気に圧されてすげすげと後退る。
「殺すぞ!」
刹那その胸ぐらをタカッシーが奪った。
「ざけんなよ先輩。俺はルーキーズの一員なんだぜ。ここだけの話、三年の上杉と北條をぶち殺したのは俺なのさ。ゴメンよで済むと思ってる?」
そして力を籠めて上に引き上げる。
小柄な太助の身体が浮き上がる、足が地面に付かずにバタバタと藻掻く。
その全てはハッタリだ。タカッシーは大友直属の配下であって、ルーキーズの一員ではない。上杉と北條を攻撃したのは本当だが、既に勝敗の決した状態を、武器を使ってだ。
「ゴメンよゴメンよ。ホントにゴメンよ。ちゃんと謝るから許してよ」
「くぅー。あんたそれでも先輩なの? 小さいから、中坊かと思ったよ」
益々調子に乗り出すタカッシー。対する太助は完全に思考が停止していた。
「ううー、タカッシー先輩カッチョいい。"金太マン"みたいだ」
その様子をユッキーナが羨望の眼差しで見つめている。
その手に握るのは超合金のオモチャ、タヌキがモチーフになっているらしい。
「その台詞、しびれんな。ちゃんと俺の凄さ、見とけよ」
それを聞き入りエクスタシーの表情を見せるタカッシー。
「そうさ俺はルーキーズの一員。そしていつかはこの学園を支配するんだ。こんな雑魚にいつまでもかまってられねーな」
ゆらゆらと頭を揺らし、太助を見つめる。
「許してくれるの?」
それを太助が上目遣いで見据える。
しかしタカッシーはその拘束を解く気配はない。それどころかその瞳に浮かぶのは狂気。
「もちろん許してやるさ。……お前を殺したらな!」
太助を仕留めようと大きく右拳を振り上げた。
涙目になる太助、恐怖に瞼を閉じた。
「誰が金太マンだって?」
突然、第三者の声が響いた。
「誰だ?」
ハッとして拳を止めるタカッシー。
「その声って……」
呆然と振り返える太助。
「なんか、ヤバくねぇ?」
「少し寒いよな」
なにかを察して蒼白になる一年生達。
「ブーラリブーラリ、金太マ……。さかまく風にサオ立てて……」
ユッキーナだけは意味が分からないようだ。淡々と金太マンのテーマを口ずさんでいる。
「まったく、オモチャの金太マンじゃねーか。しかも金太マンイエロー。こっちは徹夜明けで眠いってのによ。早く寝なきゃ死んでしまうってのに」
廊下をゆっくりと歩いて来るのはシュウだった。
覚束ない足取り、気だるそうに頭を項垂れている。昨夜からゲーム(タヌキ戦隊金太マン)に嵌まって、一睡もせずに寝場所を求めて登校してきたのだ。
その表情は遠くからは確認できない。
徹夜して油の浮いた髪の毛はボサボサだ。まどろむ脳みそ、おそらくはほとんど意識もないだろう。その背中からは疲労感と哀愁まで漂う。
因みに彼に取って教室は、寝るための場所だ。授業など二の次の問題。
「やべーな、俺のヒットポイントもゼロに近い。間違って毒の沼地に足を踏み入れたか……」
それでもその身から放つ覇気だけは健在。
シュウが歩く度に、ピンと張り積めた空気が辺りを支配する。その様は腹を空かせてジャングルを徘徊する百獣王 獅子。
「……嘘だろ?」
「マジか」
その身体とすれ違い、一年生達もようやく理解した。
髪の毛で隠された狂気の表情。全てを貫くやけに鋭い眼光。絶対的な意思を感じさせる、真一文字に結んだ口元。
まさしく魔王の表情。この男こそが伝説の男、魔王シュウだと。
息をするのを忘れて、呆然と立ち尽くす。
「はぁ? なんだこいつ、どこのオタク野郎よ?」
しかしタカッシーにはそれが分からない。キョトンと首を傾げるだけだ。
「ここは俺らルーキーズが規制してんだよ、大体にしててめーは誰なんだ? 名を名乗れ!」
まどろむシュウを弱いと履き違えたか、太助を弾き飛ばして悠然と歩み寄る。
堪らずシュウの素姓を伝えようとする他の一年生だが、あまりもの恐ろしさで声も出ない。ぱくぱくと口を開くだけ。
「誰よって、訊いてんだよ、殺すぞ!」
お決まりの台詞と共に、シュウの胸ぐらを奪った。
「人に名前訊く前に、てめーで名乗るのが礼儀じゃねーのか?」
項垂れて言い放つシュウ、それで益々調子付く。
「大友勝治って知ってんだろ? 俺はそのマブダチでルーキー……」
「他人の名前を騙んじゃねー! 俺はてめーの名前を訊いてんだよ!」
待ってましたとばかりに、意気揚々と名乗りを挙げるが、頬に激しい痛みを感じて後方に仰け反った。
それはシュウが叩き込んだ平手打ち。逆に胸ぐらを奪われて、愕然とシュウを見据える。
「ば、馬鹿野郎! その人はシュウさんだぞ」
その光景が、一年生の硬直を解いた。堪らず声を荒げた。
「シュウ……さん? 魔王かよ」
それでタカッシーもようやく気付く。
目の前の男がシュウで、魔王と呼ばれた伝説の男だと。
「どうした小僧、しびれんなとか、殺すって言えよ。馬鹿じゃねぇ、ってキョトンとしてみろよ。さっきまでの威勢は空元気かぁ?」
それをシュウは、鋭い眼光だけで煽る。
「やだな、シュウさん。全部遊びっすよ。……襟元に虫が付いていたから。この虫けら、殺すぞ、なんて。……俺はシュウさんを尊敬してますから」
堪らず言い放つタカッシー。あっさりと趣旨を替える。
「なんだてめー、調子が いいな」
「そんなことないっすよ。……俺は昔からシュウさん派です」
「俺には派閥なんざいらーねー」
「まぁ、そう言わずに。もちろん上納の品も差し上げますから」
「上納品か。小学校以来だな」
「ヤッぱ夏樹さんよりシュウさんっすよ」
「夏樹? てめーは夏樹とも知り合いなのか」
こうして淡々と響くシュウとタカッシーのやり取り。
「マジかよ。タカッシーの奴、殺されんぞ。シュウさんにハッタリは効かないって。凍てつく波動、伝説のヤンキーだぞ」
「だけどオーク学園最強は、夏樹さん、だろ?カッちゃんが言ってたじゃん。夏樹さんならシュウさんなんてチョロいって」
「チョロいっても、俺らとはレベルが違うだろ。俺らじゃ到底敵わない。竹槍背負って、戦いを挑むようなもの」
それを遠巻きに見つめる一年生達。調子に乗って馬鹿騒ぎしてたことを悔いた。
それらを聞き入り、耳の穴をかっぽじるシュウ。
「ケッ、どうだっていい。調子こいて勝手にほざいてろ。とにかく俺は眠い。口先だけのハッタリ野郎と、やり合うヒットポイントは残っちゃいない」
呆れたように言い放ち、タカッシーの拘束を解く。
それでタカッシーも、ホッと安堵のため息を吐く。
『流石はシュウさんっすよ。勉強になります』それでも平静を装い、ユッキーナに男としての極意を見せつける。
やがて『自分、後輩を小学校まで送り届けなきゃいけないんで、これで失礼します。それとこれはお詫びの上納品です』そう言ってシュウになにかを握らせると、ユッキーナを従えてその場からそそくさと歩き出す。
「…………」
それを呆然と眺めるシュウ。
それは金太マンの超合金、しかも金太マンイエロー。
「いるかそんなもん」
「ハギャ!」
「ボクのキンタマ……」
それを投げ付けるシュウ。タカッシーの頭に直撃して、ユッキーナが拾い上げて、脱兎の如く逃げ出して行った。
こうして場は一応の落ち着きを取り戻す。
ポタリポタリと蛇口から水滴が滴っている。
響いてくるのは片言の英語、一年Aクラスは英語の授業らしい。
他の一年生達は逃げる術をなくしていた。シュウの様子を窺い、その場で硬直している。
ファーっと大あくびを掻くシュウ。それが一年生達には獅子のあぎとにも見えた。
「マジめんどくせーガキだな。てめーら、吉沢の手下か?」
不意にシュウが訊ねた。先程までとは違う真剣な表情。
「いえ、俺達は……」
「なぁ」
言い籠もる一年生。
「言いたくなけりゃあ、言わなくていい。仲間、庇ってのことだろうしな。だけどあまり調子に乗らねーことだ。グダグダやってっと、ぶち殺すぞ」
シュウが言った。
大体は察していた。今やルーキーズを仕切る男は、蒼汰ではないことを。
「まぁいいや。おめーらもさっさと消えろ。俺も教室に戻らなきゃならんからな」
「すみません」
「俺達はこれで」
こうして一年生達は、素直に頭を下げてその場から去っていく。
「行くぞ太助」
「助かったよシュウ」
「馬鹿、張り付くな!」
太助を従えて、ゆっくりと階段を上がりだすシュウ。
『まったくクソガキが。道を踏み外さなきゃいいがな……』それでもその胸中、穏やかではなかったのだ。
この話は、別の短編でも公開中。
遅刻したおいら、中坊みたいな後輩に、殺されそうになる
ってやつ。太助目線で書いてます




