ルーキーズ
「しかし、昨日はスカッとしたな」
「だろ? さっきだって、みんなお前を、すげーじゃんって眼で見てたぜ」
そこは朝の光が射し込む一年Cクラスの教室。
その後方部で意気揚々と話し込むのは、大友と相楽だ。
辺りにはタカッシーを始めとして、数人の男子生徒が取り囲んでいる。その誰もが崇めるような、羨望の眼差しを送っている。
「ホントしびれんよな拓也。俺も沢山の武勇伝を持ってっけど、お前も相当な強さだもんな」
大胆にも言い放つタカッシー。
「この調子なら、三年生を占めるのも時間の問題じゃねーの?」
「まぁ、それもありかもな」
それに感化されて相楽も満足げに言い放つ。
そこに少し前までの気弱な様子は微塵も感じ取れない。三年の大物、武田を倒したことが、彼に自信を与えていたのだ。
「あはは。早る気持ちは分かっけど、無理は禁止だぜ。ゆっくりと三年をのして、“夏樹さん”と合流するんだからよ」
すかさず大友が助言する。
「分かってるって、カッちゃん。俺は、ちゃんと、カッちゃんを応援するからよ」
笑って返す相楽。
「くぅー、カッちゃんと拓也がいれば、俺らは無敵だよ。オーク学園なんかちょろいってモンさ。だって上杉と武田を倒したんだぜ。俺も少しばかりアシストしたがな。だいたいにして……」
その後方では、タカッシーが昨日の出来事をこと細かく伝えている。
まるで自分の手柄のように、力強く豪語する。
……モップを使って、上杉を袋叩きにしたことは、もちろん伏せながら……
「カッちゃん、あんた昨日、武田と上杉にカチ込みかけたんだって!?」
不意に怒鳴り声が響いた。
怪訝そうに視線を向ける大友と相楽。
そこでは蒼汰が、息急ききって構えていた。
「おっと、大将様のお出ましじゃん」
ニヤリと笑みを浮かべるタカッシー。
ゆっくりと歩き出して、まるでアピールでもするように、蒼汰の目の前に立ちはだかる。
「…………」
だが蒼汰は興味を示さない。
それどころか少しばかりイラついたような表情だ。
それを察したか、タカッシーは無言で通路を譲る。
「リーダーじゃんかよ。もう耳にしたの、俺の武勇伝」
一方で相楽はまだご機嫌な表情だ。鼻頭を右人指し指で擦りながら投げ掛ける。
それと一瞬、身体を交差させる蒼汰。
「馬鹿だな、お前は」
視線も向けずにぼそりと吐き捨てると、大友の前まで進んだ。
それには相楽も戸惑うだけだ。キョトンとした表情で蒼汰の背中を見据えた。
「……蒼汰、カッちゃん」
それと同じくして、教室入り口にガタイの良い男が現れた。
男の名は須藤千晶。
ルーキーズの一員で、ルーキーズ切っての冷静さと判断力を誇る男だ。
こうして室内には、ルーキーズの面々が集結する。
タカッシーを始め、誰しも無言だ。誰もが四人の実力を認めていた。
「ダメじゃんよカッちゃん、やりすぎちゃ。上杉や武田は、俺達に危害をくわえたりはしなかったんだぜ」
蒼汰が言った。
高ぶる思いを内に秘めたような、独特の覇気がにじみ出ている。
「あはは、昨日の件か? そんなに怒んなよ。ついでじゃんよ、ついで。だいたいにしてあいつらが悪いんだぜ。最初、喧嘩してたのはあいつら二人だ。馬鹿だから、しょっちゅう喧嘩してんだよ。俺達はたまたまそこを通りかかった。ダッセー殴り合いしてっから、俺達が気合いを入れてやったのさ」
あのとき上杉と武田は、タイマン勝負の真っ最中だった。
それにタカッシーがチャチャを入れて、結果としてあんなことになった。
大友が言った『メンドーだから、全部ぶち壊すか』その一言で始まっただけだ。
「そんなことよか、リーダーも聞いたよな、拓也の活躍」
元々大友は、上杉と武田とを襲撃する気などなかった。
重要なのは、相楽の潜在能力を見極めること。その為に上杉達を利用したまで。
しかし蒼汰は気負わない。ぐっと大友を見据える。
「拓也の強さは、俺だって知ってたさ。だけど、だれかれ見境なく、喧嘩を吹っ掛けるのはマズイだろ。流石にこのタイミングじゃ」
相楽の強さは最初から理解している。でなければ永瀬襲撃で、仲間などにはしなかっただろう。
蒼汰が危惧しているのは、そこに大義があるかどうか。
無益な争いは、新たなる火種になる恐れがある。
「つまりは勝てる相手とじゃなきゃ、喧嘩はしない。そういう意味かよ?」
ポリポリとこめかみを掻き、上目遣いで見つめる大友。
「……流石は帝中出身。用心深さは、人一倍だ」
意味深に言い放ち、鼻でせせら笑う。
「なんだよ、それ」
その台詞に蒼汰の表情が少しばかり変化する。
それでもぐっと歯を噛み締めて、吐き出したい言葉を飲み込む。俯き加減にグッと意識を保っていた。
「カッちゃん、口が過ぎるぞ」
堪らず割ってはいる須藤。
「怒ってないよな、リーダー。カッちゃんは冗談が好きだから」
同じくそれを制する相楽。
かすかに青ざめて、蒼汰と大友を交互に見つめる。
その場にいる誰もが知っていた、蒼汰に対して、その台詞は禁句だと。
「だけど噂になってんよな。『シュウさんは通り魔に刺されて、街の覇権から手を引いた腰抜け』だってさ」
だが大友の態度は変わらない。馬鹿にしたような卑下た目つき。
流石の蒼汰も、それには我慢がならなかった。
「なんだって? もいっぺん言ってみろやこの外道が! シュウさんがなんだって!」
怒りを抑えきれず、大友の胸ぐらを両手で奪う。
そこにいつもの穏やかさはない。修羅張りの狂気の表情だ。
「だから、俺は噂の話をしたまでた。俺はそんな噂は信じてないしな。……第一にして、俺ら同盟組んでんじゃん。こんなことで破棄すんのかよ?」
冷ややかに視線を向ける大友。
「蒼汰、落ち着けや。どんなことがあろうと、先に手を出した方が敗けじゃ。それはお前だって知っとろうが」
須藤が言った。
「くっ……」
それで蒼汰は、悔しそうにその手を解いた。
「はは、だよな。俺ら四人でルーキーズだもんな」
せせら笑う大友。
ふっと息を吐き出して、首をコキコキと回す。
この性格も目指す意志も違う四人が、同盟を組んでいるのには、訳があった。
元々、一年生同士は仲が悪かった。
互いに別々の中学で悪名を馳せ、集った悪たれ同士。常に喧嘩しあう仲だった。
特に蒼汰と大友の関係は最悪なものだった。それは互いに尊敬する人物に所以するところ。
そんな一年生を壊滅寸前に追い込んだ事件が、永瀬によるルーキー狩りだった。
互いにいがみ合ったままでは、永瀬に飲み込まれる恐れがあった。
故にそれに対応する為に結成されたのが、吉沢蒼汰、大友勝治、須藤千晶、相楽拓也の四人による、通称ルーキーズだったのだ。
「ワシは余所者じゃから、夏樹さんもシュウさんも知らん。じゃがあ、そがあなことで仲間割れしとる場合じゃないやろが」
暫しの沈黙が流れる。
蒼汰と大友は、互いの腹を探るように視線を合わせ、相楽はその二人を戸惑うように見据える。
そして須藤が全てを見定めていた。
「やれやれ、須藤の冷静さには、適わないわな」
やがて蒼汰が呆れ加減に吐き捨てた。
「本当だわ。流石俺らの要。あんたの台詞は、重すぎるわ」
大友も笑って返した。
ルーキーズはルーキーズなりに、力の均衡図は分かり得ていた。
この中の誰かひとりでも欠ければ、それは一年生の崩壊にも直結する。
それがオーク学園に置いての、自分達の立ち位置だから。言葉ではなんだかんだ言っても、その結束は固いものだった。
「とにかく、あまり目立った行動だけは、控えてくれよ。俺らは大それた野望なんて要らないんだから」
「わかったよ。悪かったな、蒼汰ちゃん。派手な動きはしねーよ」
渋々ながら承知する大友。
こうしてその場を支配していた、不穏な空気は掻き消える。
『ケッ、そんな小せぇことで、文句をいうなっての』
しかしその熱すぎる血潮は、制御など出来なかったのだ。




