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修羅の荒野~悪夢の入学式、再び  作者: 成瀬ケン
第二章 暴走する狂気
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若さ故の暴走




 カラーンコローン。




 下校を知らせる鐘の音が鳴り響く。



 夕陽で赤く染まる、放課後の校舎。

 グラウンドは部活動にいそしむ生徒達や、下校する生徒達でそこそこの活気に溢れていた。まさに青春そのものがそこにはあった。



 しかし物事には、常に表裏一対の事象が存在するのも然り。

 輝く希望があれば、飲み込まれそうな絶望があるように。


 それを如実に表すように、校舎裏を支配するのは暗い影。



 その左右の角では、一年生らしきブレザーを着た数人の生徒が立ち構えている。

 おそらくは見張りでもしてるのだろう。神妙な面持ちで、注意深くキョロキョロと辺りを警戒していた。



 校舎裏の中央部には、五人の生徒の姿があった。そこにあるのは学園の闇、狂気そのものだ。



 辺りにはバキッ、ドカッという鈍い衝撃音が響いている。



「おう、それぐらいで勘弁してくれよ。まさか殺す気か?」

 学ランに身を包む男が、堪らなそうに投げ掛ける。


 異様なのはその有り様だ。着ている学ランは、血と埃でボロボロ。顔面といわず身体中傷だらけで、喋るだけでも辛そうだ。



「黙ってろって」

 それを短髪の一年生が、無情にも押し払った。


 その名は大友勝治おおとも かつじ、通称カッちゃん。ルーキーズ・No.1の凶暴さを誇る男だ。



 その二人の目の前では、別の男達が格闘を繰り広げていた。


 格闘と言っても、壁際で身をすくめる男を、もうひとりが一方的に殴る蹴るしているだけだ。



 殴っている男は、同じくルーキーズのひとり“相楽拓也さがら たくや”。

 永瀬襲撃事件の時、雑踏で佇んでいた刈り上げの男だ。



「グッ、ガァ……」

 殴られている男は、遠退きそうな意識を必死に保ち、グッと堪えている。


 懇願している男は、上杉うえすぎ

 殴られている男は、武田たけだ

 どちらも武闘派で知られる三年生だった。



「頼むって、そいつを許してくれ、病院に行かせてくれ。俺達の負けだ。お前らに報復する気もないからよ」

 上杉の異名は"正義の男"。

 曲がったことは大嫌いで、手段を選ばぬ永瀬とは、対極にある存在。


 武田とは幾度となく激突した経歴を持ち、それ故の良きライバル関係にあった。


 敵ではあるが、その存在を互いに認めあえる関係。


 だから自らの傷付いた身体もかんがみず、必死に懇願する。痛みもプライドもくそもない、奥底からの言葉だった。



「うるせーってんだ、負け犬の分際で邪魔すんな! 拓也もそいつが地面にひれ伏すまでは、その拳を止めんじゃねーぞ!」

 だが非情にも大友は叫んで、上杉に裏肘をぶち込む。


「グガーッ!」

 上杉が鼻血を出しながら、その場にうずくまった。



「シビれるよな、カッちゃん。そいつは俺が始末しようか?」

 別の一年生が言った。

 パーマがかった髪の眼鏡をかけた男。ヘラヘラと嘲るような口元が印象的だ。


 一瞬だけ考え込む大友。


「いいだろタカッシー、おめーの好きにするさ」

 そしてあっけらかんと言い放ち、再び争う二人に視線を向ける。


「ほら、拓也。相手は学園でも飛びきりの大物。それぐらいの攻撃じゃ、 いざって時に反撃されんぞ。気合い籠めろや!」


「うぉーっ!」

 それに呼応するかのように拳に力を籠める相楽。


 その強行は止まない、益々激しくなる一方。



「……そんなたわいのない拳で、俺が倒れると思うのか……」

 対する武田の身体を突き動かすのは、三年生としてのプライドだ。


 例えその身が砕け散ろうと、一年生のルーキーの後塵は踏まない。そんな魂の叫びがそこには垣間見えた。



「いい加減にしろって!」

 それに堪り兼ねたか、再び上杉が割って入ろうとする。


「友情ゴッコか? シビれんな」

 しかしその襟首をタカッシーが右手で絡め取った。


 うっと息を吐き、後方に引き付けられる。



「なにをさらすんだ、この雑魚が!」

 堪らず吠える。


「誰が雑魚だよ」

 しかしタカッシーは気負わない。

 すかさず拳を繰り出して、上杉の顔面にぶちこむ。


「くっ!」

 後方にたたら打つ上杉。


「雑魚じゃねーか。さっきまで陰に隠れて、怯えてたくせに、相手が致命傷になればそれか!」

 それでもぐっと大地に足を踏み締めて、叫びを挙げる。



 このタカッシーという一年生、上杉と大友の死闘を、陰に隠れて見学していた。


 大友が不利な状況に陥った時も、ただ手をこまねいて見てただけ。


 それなのに最後の最後になって攻撃してくるとは、流石にムカつきを覚えていた。



 しかしタカッシーは意に介さない。言っている意味が分からない、とばかりにキョトンとして首を傾げるだけ。


「へへへ、俺はカッちゃんのマブダチなんだ。小学生の頃は、カッちゃんと小学校しきってた」

 言って足元に転がるモップを拾い上げる。


「殺すぞ!」

 それを両手で握り締め、大声を張り上げて駆け出す。



「チッ。傷だらけの男にエモノを向けて『殺すぞ』とは。男の風上にも置けん小僧だぜ」

 フラフラと覚束ない視線でそれを見つめる上杉。


 普段の彼ならば、こんな小者を相手にすることもなかっただろう。


 それどころか視線を交わすことさえなかった筈だ。


 だが今は違う。大友との数十分にも及ぶ死闘のダメージで、息をするのも億劫おっくう。こうして立っていること事態あり得なかった。



「殺せるもんなら、殺してみろよ」

 それでも戦士としてのプライドが勝っていた。


 例え散りいく運命だとしても、最後の瞬間まで戦士であれ。そんな泥臭い美学を胸に秘めて、二つの身体が激突した。





「ほらどうした拓也、おめーの攻撃力はそんなもんか! そんなんじゃ、パンチングマシーンにも勝てねーぞ!」


「うおーーっ!」


 一方で相楽の凶行も続いていた。


 武田は"無敵戦艦"と呼ばれた、学園でも孤高の猛者だ。


 その比類なき強さは本物で、これまでの戦いにおいても、膝を地面につけたことはない。


 しかしその伝説も崩れようとしていた。遠退きそうな意識を必死に堪えるが、その身体が徐々に沈んでいく。



「無敵戦艦なんて呼ばれてっけど、そんなの嘘だ! それだけの相手がいなかっただけ。伝説なんかぶち壊すもの、俺達がその伝説を終わらすんだよ!」



 大友の咆哮ほうこうが、赤い空に響き渡る。



 それで相楽の中で、なにかがぶちきれた。


「そうだ、俺らは最強だ。俺らが伝説になるんだ!」

 渾身こんしんの一撃を、武田の顎にブチ込んだ。


「…………」

 ぎろりと天を見上げる武田。


 その意識が瞬時に吹き飛ぶ。その身体が声もなくずり落ちる。


 無敵戦艦と呼ばれた男の、最後の瞬間だった。



 しかし高揚気味の相楽は気付かない。更に拳を振り上げる。


 ガシッ! その拳を大友が握り締めた。


「へっ、良くやった拓也。そいつはもう終いだよ」

 そして笑いかけた。


「 は?」

 愕然と大友を見据える相楽。


 その間に武田がドスリと地面に倒れた。


「俺が武田を倒したのか、夢なんかじゃないよな」

 自分に言い聞かせるように呟く。それは彼の決定的な勝利を意味していた。


「そうだ、お前が武田を潰した。無敵と呼ばれた男をだぜ。膝どころか、おねんねさせたんだ。お前は明日から一躍有名人だぜ」

 大友が諭すように言い掛けた。



 元々、大友と相楽は同じ中学出身。戦闘能力はあるが、相手を追い込む非情さのない彼を、大友が煽っていたのだ。



「ヨッシャー!」

 感極まったように拳をかざす相楽。


「これで、俺とお前の名前も有名になる。一年生には、吉沢だけじゃないってことが分かった筈だ」

 大友も満足そうな表情だ。


 武田と上杉、その二人を倒したというのは、そんな意味も含まれていた。



「凄いじゃん拓也。武田をぶっ潰すなんてよ」

 そこに、折れたモップを肩に担いだタカッシーが歩み寄る。


 その後方、上杉は微動だにせず寝転がっていた。


 顔面は血で赤く染まり、その原形を成していない。実に無惨な有り様だ、完膚なきとは、まさにそんな状態。


 その眼に溢れるのは大粒の涙。痛さで泣いているのではない。なにも出来ず、歯痒い自分に涙しているのだ。



「へっ、流石はタカッシーだな」

 視線もくれず、呆れたように言い放つ大友。


 上杉の涙の訳は理解出来た、しかしその場を仕切る、立場としての台詞だった。


「イカれてんな……」

 一方の相楽はげんなりした様子だ。


 いくら仲間だとはいえ、そこまでやるタカッシーの思考が理解出来ずにいる。



「ヤバい、センセーだ」

 その時、見張りの男が駆け寄ってきた。


「よし、逃げんぞ」

「ああ、そうだな」

 そして一年生達はその場を後にした。



 こうして大友の思惑通り、翌日学園には『ルーキーズに大友と相楽あり』の噂が、とどろくこととなるのだ。

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