蒼汰とシュウ
「シュウを追い掛けるのも良いけど、ダメだよ、可愛い彼女を放って置いちゃ」
太助が言った。
「ありがとうッス、分かってますよ“太助先輩”」
「えっ?先輩って」
先輩と呼ばれたのが、かなり嬉しいのか太助はニヤケ顔だ。
「えへへ、オーク学園は、危ない奴らが沢山いるから、問題があったら、この太助先輩に言いなよ」
言って胸を張る。
「マジッスか? ……頼みましたよ」
「かわいい後輩だなぁー。当たり前でしょ。よし、コーヒーでも奢っちゃうから、ここに座りなよ」
こうしてますます調子づく太助に、蒼汰の方が『ですが』と戸惑う様子だ。
恐縮そうにシュウに視線を向ける。
「良いんじゃねぇ? じゃんじゃん奢って貰えよ。ついでに俺らの分も奢ってくれりゃ、万々歳だしな」
シュウが言った。
「そうッスか。分かりました、お言葉に甘えます」
それを察してか蒼汰も大胆な様子だ。
すかさずシュウの隣の席に座ると、メニュー表を手に取り注文の品を吟味し始める。
「だから、奢るのはコーヒーだけだよ。シュウの分は出さないから……」
その勢いにたじろぐ太助。
こうして蒼汰と志織は、シュウ達と同じテーブルに座ることになった。
蒼汰はシュウの横にならんで、昔話に花を添えた。
隣校にブッ込んだこと、サッカー部との乱闘事件、ヤクザにさらわれた仲間の救出劇、様々な思い出が甦ってた。
そしてその会話を、太助がうんうんと頷きながら聞き入っている。
一方では目の前の女三人も、なにやら楽しげに会話に興じている。
特に志織とマリアは、余程趣味が合ったのか、かなり意気投合していた。
「……しかし最近、随分とムチャしてるみたいだな」
不意にシュウが話題を変えた。
「そうッスか? 俺らぁ、ただ単に降りかかる火の粉を払ったまでッスよ」
とぼけた表情で答える蒼汰。
「“永瀬”の馬鹿は、口先だけのハッタリ野郎だ。学園正規軍、その正当後継者を気取ってるが、それも年功序列の御輿に過ぎないしな。……いずれは葛城に潰されてただろう。流石のあいつも、あれ以上正規軍の名が穢れることを望んじゃいなかっただろうしな」
呼応して鋭い視線をくれるシュウ。
覚めた会話だが、その端端には、どこかきな臭さが含まれている。
それを察して、春菜と志織は不安げな表情だ。
「へへへ、二年生には手出ししませんって。なんてったって、コェーもん」
その重苦しい空気を嫌ったか、蒼汰が言った。
「それが賢明だろうな。この世界ってのは、踏み込んじゃダメな領域もある。それを知るのも大事なんだ。それが先輩としての、俺様からのアドバイスだ」
「そうだよ、先輩の意見は素直に聞くものだよ。オーク学園の二年生なんか、おっかない人ばかりだし」
シュウに便乗したか、太助が言った。腕を組んで偉そうな態度だ。
「特にシュウと一弥くんなんて凄いから。おいらから言わせれば、最強のカップルだね」
しかしその台詞が、シュウの逆鱗に触れた。
「なんだって太助、俺様と一弥の馬鹿がカップルだって? 調子こいて、嘘八百並べてんじゃねーぞ!」
ムカつきを顕にして立ち上がった。
「ちょっとシュウくん、太助はそんな意味じゃ!」
すかさずそれを制する春菜。
「太助も謝りなさい。人前でそんなこと言うもんじゃないの。例えそれが、本当のこととしてもよ」
そして太助を咎める。
その鬼気迫る展開に、太助は蒼白になってガクガクと震えている。
「ゴ、ゴメンなさい。シュウ、許して!」
よろよろと床に座り込み、頭を擦り付けて土下座する。
そこに先程までの偉そうな態度は皆無。調子に乗って、喋ったことを後悔していた。
そして場が笑いに包まれた。
「オウオウ、さっきからうるせーぞ! お遊戯会でもしてんのか?」
不意に怒鳴り声が響いた。
「ここはてめーらのエリアじゃねーんだ。あんまり騒ぐと、泣きを見んぞ」
それは店の奥側にたむろする集団。この近辺の男子校の六人の生徒だ。
『しかも女連れって』『いい女だな』ぶつぶつと囁く様子から、蒼汰達の会話が五月蝿いというよりは、妬みの感情が大きいようだ。
チッと舌打ちして、耳の穴をかっぽじるシュウ。
「わりいな、少しばかり調子に乗りすぎた。勘弁してくれ」
それでも冷静を装い伝える。
「へっ、ゴメンなさいってか?」
「喧嘩っ早いオークの馬鹿にしては、逃げ腰だな。喧嘩する度胸もねーのか?」
「へっ、見るからに弱そうだもんよ。女みてーな野郎と、小学生みてーな小僧まで一緒じゃな」
それでも男達は、口々に呟く。
相手が大人しくするとつけあがる馬鹿共らしい。
しかも魔王と異名を持つ、シュウの顔を知らないということは、とんでもない大物か、無知なモグリかどちらかだろう。
この男達の場合、おそらく後者。口先だけのハッタリ野郎だ。
「おいコラ、誰に口きいてるか分かってんのか?」
それに呼応してピクリと腰を浮かす蒼汰。
しかしシュウが右腕をかざし、それを制した。
「悪いが、本当にうぜーんだ。しかもこっちは女連れだ。面倒は起こしたくねぇ」
「『こっちは女連れだ。面倒は起こしたくねぇ』だってよ。……かぁー、ムカつく台詞だぜ」
「まったくよ、こちとら女っ気のない寂しい青春だってのに」
「ナンパも上手くいかねーしな」
それでも男達はしつこく絡んでくる。
「しかし、ホント良い女を連れてるよな」
そしてアフロの男が、志織の肩をポンと叩いた。
「おう、コラァ! なに触ってんじゃぁ! そんなしつこいから、女が寄り付かねーんだろうよ」
その行為に、蒼汰の表情が一変する。
怒りの感情を全面に押し出して、立ち上がった。
そこに普段の穏やかさは微塵もない。その身体に流れる熱い血は騙せない、といったところだ。
「良いから、蒼汰くん」
「よくねーよ。……大丈夫だって、直ぐ済むからさ」
そして言い放つ志織に、優しく返した。
「なにが、直ぐ済むって? ……まさか俺らぁ六人相手に、たった三人で楯突こうってか?」
リーダー各と思しきアゴヒゲの男が通達するが、それには振り向かない。
「三人だと? わりぃんだけどさ、あんたらの相手は俺ひとりだわ」
意味深に言い放ち、シュウと視線を交わす。
「シュウ先輩と太助先輩は、茶ぁでもすすってて下さいよ。10分で片付けますから」
そして笑った。普段と変わりない、ガキみたいな笑顔だ。
「……しゃあねーな、精々がんばれや」
それにはシュウも断る理由はない。コーヒーを啜ったまま伝える。
「あざーっす」
それに腕をかざして敬礼する蒼汰。
「さてと、大将の露払いは、俺達ルーキーの役割だからな」
言って男達に向き直った。修羅張りの狂気の視線だ。
腕を手繰り寄せて、アフロの胸ぐらを引き付ける。
「付き合ってやんよ。あんたらに!」
こうして男達を従えて、近くの公園に消えていったのだ。




