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修羅の荒野~悪夢の入学式、再び  作者: 成瀬ケン
第二章 暴走する狂気
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尊敬する先輩




 その日の放課後、吉沢蒼汰よしざわ そうたはとある喫茶店に足を踏み入れようとしていた。



 その後方には小柄な女。もじもじと蒼汰の背中に貼り付いている。



 カランカラーンと呼び鈴を鳴らして、店内に足を進める。



 時刻は午後の四時を指し示そうとしている。

 淹れたてのコーヒーの匂いが辺りを包み込み、射し込む西陽に、観葉植物の緑が鮮やかだ。


 個々に仕切られたテーブル席に、数組の客の姿。

 どこに座ろうかと、店内をキョロキョロ見回す。



「あ? シュウさん、じゃないッスか」

 そして見覚えある姿を認めて、声を掛けた。



「ヴァ、誰だ、俺様を勝手に呼ぶ奴は?」

 それに呼応して、相手が訝しげに視線を向ける。


 それは目つきの鋭い黒髪の男だ。ウルフにした髪型は、突き刺さるほどにとげとげしい。

 着込むのは黒の詰襟。襟元に煌めくのはかしのエンブレム。



 オーク学園は、今年から男子生徒の制服がブレザーに変わった。つまり詰襟を着込むのは二年生、三年生ということだ。


 その理由は『やっぱり高校生は、ブレザーだよね~』との理事長の、鶴の一声から。

 ブレザーの方が今時だし、学園の知名度もぐんとアップする、そんな思惑があるのは間違いない。



「おっ、蒼汰じゃんか」

 蒼汰の姿を認めて、男の表情が穏やかになる。


 黒瀬修司くろせ しゅうじ。通称シュウ。

 蒼汰のひとつ年上で、オーク学園二年生。同じ“帝王中学”出身の先輩だ。


 その周りのは三人の同級生と思える男女。小柄なおかっぱ頭の男と、小さな可憐な女、少しぽっちゃりした女だ。



「ウッス、シュウさん。ずっと挨拶に伺おうと思ってたんスが、なんせ入学してすぐなんで、色々とたて込んでて忙しくて」

 気まずそうに後頭部を押さえる蒼汰。


「一年生も“色々忙しい”だろうからな。しかし、やっぱりお前、オークに入ってたんだ」

 笑って返すシュウ。


「ウッス、シュウさんの後を、追って来たッス」

 おどけたように右手を額にかざし、敬礼を繰り出す蒼汰。


「バーカ、敬礼ってのはビシッ!とするもんだ」

 対するシュウも負けはしない。ビシッと腕を直角に曲げて敬礼して返す。


 端から見れば不思議な光景だろう。まるで小学生がやる警察ゴッコのようだ。



 一瞬の沈黙、二人の口元が徐々に緩んでいく。


「あはは、流石はシュウさん」

「へへへ。笑ってんじゃねーよ」

 そしてどちらともなく腹を抱えて大笑いしだす。


 馬鹿げたやり取りだが、妙な懐かしさを感じていた。中坊時代を少しだけ思い出していた。



 一方でそのやり取りは、他からすれば戸惑いの対象でしかない。

 呆気に取られて、冷たい視線を向けている。



「こ、こいつは俺の後輩。吉沢蒼汰、帝王中学時代の後輩さ」

 それでシュウも我に返る。


 少しばかりにテンパり、慌てて他の面々に紹介した。


「あはは、おもしれー。流石はシュウさん。宜しくッス、吉沢蒼汰ッス」

 それとは対象的に、翔太は爽やかな態度だ。ごく自然に、臆することもなくあっけらかんと挨拶した。


「太助だよ」

「私は春菜」

「始めまして、私はマリアです」

 それを受けて太助達もそれぞれが自己紹介をする。小さいのが太助、ぽっちゃりが春菜、可憐なのがマリア。


「宜しくッス」

 改めて頭を下げ直すと、後方に視線を向ける蒼汰。


「ほら、お前も挨拶しなきゃダメじゃんか」

 そしてその後方に隠れる女を、前に押し出した。

 彼女はよほど恥ずかしいのか、もじもじと俯き加減だ。


「私は志織です。一年の今井志織いまい しおりです」

 それでも蒼汰に肘でつつかれて、顔を赤らめながら挨拶した。

 初々しいようなはにかむ表情。


「なんだよ、おめーの彼女なのか?」


「そうッス。俺の彼女ッス」


「心から、大好きなんですね」

 同じく笑みを浮かべて訊ねるマリア。


「ウッス、大好きッス」


「……蒼汰くん」

 白い歯を見せて堂々と言い放つ蒼汰と、微かに紅潮して俯く志織。


 蒼汰にとって志緒は大切な彼女だ。この小さな存在くらいはちゃんと守りたい。


「ご馳走さん、流石に呆れたよ」

 堪らず言い放つシュウ。


「ほら、志織。この人が黒瀬修司さん。いつも言ってるだろ? “魔王シュウ”、最高にブッ飛んだ先輩だって」

 蒼汰が言った。その視線は志織に向けられている。


「なんだよ『いつも言ってる』って。ろくなこと言ってねーんだべ?」

 同じくシュウも志織に視線を向けた。


「蒼汰くん、いつも言ってるんです。『俺は、シュウさんみたいに強くなるんだ』とか『あの人はこの街で一番強い男だ』とか」

 志織が上目遣いで答えた。


「へへへ、志織には悪いけど、俺が一番惚れ込んだ人は、シュウ さんッスから」

 その台詞を蒼汰は、満足げに訊いてる。本気とも冗談とも受け取れる、とぼけた表情だ。



「おいおい、てめーはマジでそんなこと言ってんのか?」

 堪らず言い放つシュウ。


「うっす。だって本当のことっすから」

 それに蒼汰が堂々と答えた。



 事実、中坊時代の蒼汰は、シュウと同じ時間を過ごしてきた。尊敬して信頼し、どこに行くにも付いてまとった。


 蒼汰だけではなく、大勢の男達がだ。


 その頃のシュウは、全てをねじ伏せる野望と、飽くことなき統率心に満ちていた。


 市内の半分の不良を掌握し、いつかは全てを手中に収めるだろうと言われていた。


 ついたあだ名は魔王。統治者の意味だ。



 だがそれは過去の話だ。


 "とある事件"を最後に、シュウは統治者の意味を捨てた。


 故に魔王の軍団は消滅。そこに芽吹いていた、憧れや希望、闘争心や野望のみが、行くあてもなく彷徨っている。


 今でも思う、あのステージの先には、どんな光景が広がっていたのだろうと……


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