商人が来た
『よくやったなマキト、僅かな戦闘で戦い方をマスターするとは。やはりお主を見る目に狂いはなかったということ。神として冥利に尽きるぞ』
『そうですか……』
精神世界であるものの、この時の俺の表情は疲れきっていたに違いない。
あの戦闘のあと気絶から復帰した俺に待ち受けていたのは、ガルスさんを始めとする村長やアリサによる説教の嵐だったからな。これも村を護るためだし、そこは分かってもらえたようで、またしばらくは仕事の手伝いを免除された。
その間何をするかって? もちろん自己鍛練だよ。魔力不足さえ解消すれば一人前の魔法士として活躍できると思ってるからね。MPアップは目下の課題だ。
『コマンダーウルフはA級モンスターで、素人が相手をするには荷が重すぎる輩だ。己の手を犠牲にして倒すとは思わなんだ』
『いやぁ、それほどでも――』
ん? 手を犠牲に? ホワッツ!?
『あのぉ、犠牲……というのは?』
『なんだ、気付とらんかったか。お主の右手は爆発で吹き飛んだぞ?』
『うえぇ!?』
ってことは、これからは左手のみで生活する羽目に――
――いや、ちょっと待て。
『さっき目覚めた時は右手が有りましたよ?』
『それはそうだ、私が再生させたのだからな』
『……マジで?』
『うむ、マジだ。幸い爆発の混乱で誰にも見られてなかったから再生が出来た。もしも見られた後だったなら難しいところであっただろうがな。ま、今回はA級モンスターを初撃破した祝いだ。手の1つや2つ、生やすのは容易い。いっそ5本くらい追加で生やしたらどうだ?』
いや、3本以上有ったら困るんです。人外が確定してしまうので。
『なんだ、これ以上手は要らんのか? なら背中に翼を生やすという手も――』
『結構ですって! 右手を復活させてくれただけでも感謝してますから!』
『ふむ、謙虚じゃな』
これが普通なんですってば!
『でも防壁を作った後でよかったですよ。あれがなきゃ戦えませんでした。ハンターウルフが――いや、コマンダーウルフがあれほど恐ろしい相手とは思わなかったですし』
『そのコマンダーウルフなのだが……うむ、祝いのついでだ、教えてやろう。本来は人語を喋ることは有り得ん』
それは思った。でも会話が通じたのは確かなんだ。
『ではなぜ?』
『魔石を飲み込んだのだよ。単純な理由であろう?』
『魔石を……』
魔石というのは魔力の塊が石に封じられた状態のものを指し、マジックアイテムの加工には欠かせない物となっている。
出来上がる経緯は様々で、魔力が溜まりやすい場所で石に宿ったものや植物の樹液が固まったもの、魔物の体液なんてのもある。
『何だってまたこんな山奥の過疎地に魔石なんかが』
『それは分からん。少なくともコマンダーウルフが体内に取り入れたのは事実。解体された後に発見され、村長が厳重に保管しとるはずだ』
う~ん、魔石ねぇ……ふむふむふむ。
あ、悪い顔してるって? そりゃね、加工できるって知ったら色々と試したくなるのが男ってもんでしょ。
『なんだマキト、まさか魔石を使ってマジックアイテムを自作するつもか?』
『そのつもりですけど。ダメ……ですか?』
『…………』
『良いぞ、ドンドンやれ』
『――って、良いんですか!』
『うむ。お主のような固定観念に囚われない者なら素晴らしいアイテムを生み出すであろう。そして石の持つ可能性を世に知らしめ、石魔法を含めた5大属性の新時代を到来させるのだ!』
そりゃまた壮大な計画だ。でもって面白そうではある。
『ついでに石の神として信仰を得られればなお良し。信仰されればされるほど私の力が増すからの。お主は信者第一号として励むようにな』
よく分からないうちに信者にされてしまった。でも石の凄さを見せつければ良いんだし、俺としては異論はない。
よ~し、明日からも頑張るぞ~!
★★★★★
コマンダーウルフを倒してから1ヶ月経過しようとしている今日この頃。ペドロ一家は村人から総スカンを食らい、すっかり大人しく――というか引きこもってしまった。まぁ絡んで来ないならそれでいい。相手するのも疲れるしな。
「ねぇ」
そんな連中は放置してだ、この世界にも季節の移ろいが存在し、清々しい春から初夏の到来が目に見えてきた。そして徐々に暑さを感じさせる季節と共に恒例行事もやって来ようとしている。
「ねぇ!」
話を聞いてる諸君らは夏祭りを想像しただろうが、そんな催しは行われない。こんな過疎地でやったところで誰も来ないからな。
では何がやって来るのかというと……
「ねぇってば!」
「うぉっと! どうしたアリサ、そんな怖い顔して?」
「さっきから呼んでるのに全然反応しないからでしょ!」
「ゴメンゴメン。ちょっとナレーションに夢中になりすぎたよ」
「ナレーション? まぁいいけど。それよりほら、商人さんが来たよ」
そう、これこれ、行商人の到来だ。年2回の来訪を約束している商隊が今年もやって来たんだ。
さっそく中央広場で露店を始めてるようで、村の子供全員が集まっていた。そう、俺とアリサは出遅れたわけだ、ちきしょうめ!
「早く行きましょ!」
「うん!」
アリサに手を引かれて中央広場へと走り出す。何せここにはない色んなアイテムを引っ提げてくるので、都会を知らない俺たちにとっては未知の領域ってわけだ。
すでに広場では目を輝かせている子供とそれを微笑ましく見ている大人の構図が出来上がっていた。
「おお! すげぇッスよアニキ、これなんかお買い得ッス!」
「バカやろう、子供に混じってはしゃぐんじゃねぇ!」
訂正。一部の大人をも夢中にさせるようだ。というか恥ずかしいぞヤースさん……。
「村長~、あれ欲し~い!」
「私も欲し~い!」
「村長、ボクも!」
「これこれ落ち着きなさい。どれ商人さんや、さっそく交渉と参りますかの」
「フフ、良いですとも」
おお、始まった始まった。この交渉という名の戦争も毎年の恒例だ。やって来る商人は違えど、やることは変わらない。
そして村長が矢面に立つのは村人の財産を一括管理しているのが理由。当然こんな過疎地の財政状況なんざ見たまんま。いかに少ない資金で村人たちを満足させられるかが重要になってくる。
そして村長のステータスは以下の通り。
名前:ジローム
金貨:3/3(←使用不可)
銀貨:26/26
銅貨:72/72
ちなみに銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚の価値となる。
でもって使える範囲は金貨3枚はもしもの時のもので使用不可のため、それ以外でとなっている。
では見せてもらいましょうか、村長の戦い振りを。
ラウンド1――ファイ!
「今年も遠路遥々お疲れ様ですな。長旅の癒しにまずは一杯。ビリーさんや」
「おぅ! ラバ村の地酒だ、一気にグィッとやってくんな。もちろんサービスだ!」
「これは何ともかたじけない。――ンク――ンク――プハァ。う~む、この一杯のために働いてるようなもんですなぁ!」
村長の先制攻撃。
商人は気分を高揚させている。無理めの値切りでも了承するかもしれない。
ラウンド2――ファイ!
「この馬の玩具はそこの女の子が欲しがっていた品。しかし銀貨3枚とは些か大人気ないとは思わんかの? せめて銅貨50枚でどうかね? 銅貨だけにどうかね、なんちゃっての(←寒い)」
「村長さん、分かっておいででしょうがこちらも商売。そう簡単には値引きませんぞ? 銅貨のみだと寒そうですし(←言うねぇ)、せめて銀貨1枚と銅貨50枚は欲しいですなぁ」
「そこを何とか。銅貨80枚でどうかの?」
「う~む、やはり銀貨1枚は維持したいですぞ。これ以上は譲れませんな」
「ううむ……では銀貨1枚で」
名前:ジローム
金貨:3/3(←使っちゃダメだぞ)
銀貨:25/26
銅貨:72/72
出だしはまずまずか? では続いて……
ラウンド3――ファイ!
「この剣の玩具はそこの男の子が欲しがっておったものだ。銀貨6枚となっておるが、やはり高いのではないか? 私の見立てでは銀貨2枚というところだな」
「いやいや! こちらの剣、実は製作段階で魔法士が加わってましてね、そのため作りが精巧なのです。手数料込みで見ていただきたいですな、銀貨5枚」
「う、う~む、魔法士が……。ならばやむ無し……か」
酒の効果が切れたらしい。商人は本来の調子を取り戻した。
名前:ジローム
金貨:3/3(←使ってはならぬ)
銀貨:20/26
銅貨:72/72
おいおい村長、上手く丸め込まれちゃってるよ……。もしかして俺の魔法士覚醒が影響してたり? こんなところで「俺、何かやっちゃいました?」を発動したくなかったんだが。何とか巻き返しに期待したい。
ラウンド4――ファイ!
「こちらの髪飾り、後ろの女の子たち3人が欲しがってましたな? 3点合わせて銀貨15枚でどうでしょう?」
「う~む、さすがに15枚は――」
「なんでぇ商人さん。グラスが空じゃないか。ほらもう一杯いきな!」
「おお、これは有難い――」
「ちなみに2杯目からは銀貨1枚だぜ?」
「――ブッフォ!」
ビリーさんの乱入。商人は明らかに「やっちまった!」という顔をしている。その隙に村長が体勢を立て直しにかかった。
「どれ、今の1杯は私が奢ろう。その代わりと言っては何だが、3点合わせて銀貨10枚でどうかな?」
「う……さすがにそれは……」
「では銅貨50枚もつけよう。ほい、これで決定だな!」
「むむむ……」
名前:ジローム
金貨:3/3(←ダメ、絶対)
銀貨:10/26
銅貨:22/72
強引に値切ったけどだいぶ消費したな。この後は必要な物資も買わなきゃだし、大丈夫なのか?
ラウンド5――ファイ!
「村長、今年も布類をご購入いただけると伺いましたぞ。各家庭に配るのでしたら……ザッとこんなところですな」
「銀貨――ごごご、50枚!?」
「近ごろ材料費が高騰しておりましてな、これでも値は下げているのですがねぇ」
「い、いや、せめて銀貨10枚で……」
「ご冗談を。銀貨10枚ならせいぜい2つのご家庭分でしょうな」
「いや、それだと不公平になってしまう」
「では別の物にしましょうか? 麓の港町で仕入れた新鮮な魚がありますよ」
「だが布類は必需品。これはいよいよ禁じ手を……」
すがるような視線を大人たちに向ける村長。しかし村の大人は全員が両手でバッテンを作っている。哀れ村長、禁じ手の金貨はダメ出しされ、頭を抱えてグルグルと回り出す。
「あばばばばば!」
悲報、村長がご乱心。首が回らなくなるっていうのはこういう事なんだな。けどそんな元気があるなら当分長生きできるぞ(←確かに)。
「顔色が悪いよ村長。大丈夫~?」
「アリサか。すまんのぅ、村の資金を使い過ぎるわけにはイカンのだ。お主にも何か買ってやりたいところだが……」
「ううん、要らないよ? だってマキトからプレゼントで貰ったやつがあるから」
そう言ってアリサは下げていたペンダントを見せびらかす。それは磨くと輝きを増すと言われている凛石を加工して作ったもので、貴族が身に付けているアクセサリーと同等か、それ以上の高級感を漂わせていると言っても過言ではないはず。
あ~他の子たちが羨ましそうな顔をしてる。こりゃ追加で作る必要があるかもね。
しかしここで意外な展開を迎えることに。
「お、お嬢ちゃん、そそ……そそそそ、そのペンダントはどこで!?」
「ふぇ? マキトが自作したやつだよ? 綺麗でしょ!」
「うんうんうんうん、とても素晴らしい輝きだ! よ、よかったら……みみ、見せてはくれないかね!?」
「うん、いいよ~」
アリサからペンダントを受け取った商人がマジマジと凝視している。あまりの出来の良さに驚いてるんだろう。何せペンダントに写ってるのはアリサの顔だからね。世界に2つとない一点物だ。
最初ガルスさんに見せたら「こりゃ貴族連中が身に付けるような類いだ」って言ってたし、出来映えには自信がある。
「こ、これほどの極上品、滅多に市場に出回ることはない。お嬢ちゃん、このペンダントを金貨5枚――いや10枚で買い取らせてくれ!」
「「「き、金貨10枚!?」」」
その場の全員が驚く。金貨10枚はマイホーム購入の頭金になるくらいの価値だ。
つまり売りに出すとそれ以上の利益が出ると確信してるんだな。
とは言え、プレゼントで貰ったものをあっさりと手離すはずはなく……
「ダメ! マキトから貰った大切なプレゼントだもん、例え金貨100枚でも売らないんだから!」
「むむむ……そこを何とか!」
「ダメ、絶対!」
まぁそうなるよね。そして大切にしてくれるアリサには感謝だ。
でも金貨かぁ…………よし!
「あのぉ、商人さん。そんなに欲しいなら、別のやつを作りますよ?」
「つ、作る!?」
「はい。そのペンダントは俺が作ったやつなんですよ。これでも魔法士なので」
「ほへぇ……」
言葉を失う商人を尻目に急遽帰宅。家に残っていた凛石と灯石を手に商人の元へ舞い戻ると、目の前で錬成して見せた。
煌めきのウルフブローチ:凛石と灯石を合成して作られたブローチ。凛石の艶と灯石の光源が噛み合い、より美しく見えること間違いなし。魅力も増し、自然と人を引き付ける効果も持つ。形は創作主がイメージしたコマンダーウルフである。
「仕事が早すぎぃぃぃぃぃぃ! ――っと失敬。こんな短時間で作る魔法士を始めてお目にかかったもので」
「良かった、村長みたいに気が狂ったわけじゃないんですね」
「もちろん! 物の価値が分かんないようなご老体と一緒にされちゃ困ります」
「コラッ、聴こえとるぞお主ら!」
冗談はこのくらいにしてと。ここからが本番ってことで。
ファイナルラウンド――ファイ!
「それで、このブローチならいくらで買い取ってくれますか?」
「この見た目にしてバフ効果あり。ここでケチをつけては商人の名が廃るというもの。思いきって金貨100枚出しましょう!」
「お買い上げ、ありがとう御座います」
名前:マキト
金貨100/100
銀貨0/0
銅貨0/0
これだけあれば一通りの雑貨は充分買える。必要分を大人買いした結果……
名前:マキト
金貨:97/100
銀貨:0/0
銅貨:0/0
それでもこれだけ余ってしまった。
あれ? これってひょっとして、一生お金に困らないのでは?(←その通り)
「いやぁ、大変良い買い物をさせていただきました。しかし若干10歳でこの精巧な魔法とあらば将来は安泰でしょう。村の防壁も貴方が作ったのでしょう?」
「気付きましたか? まぁその通りですよ。とは言え将来が安泰かは分からないですけどね。いずれ世界を旅してみたいとは思ってますけど」
「え、世界を旅? どこかの国に属するという話ではないのですか?」
「「「え?」」」
どうにも話が噛み合わず、村長やガルスさんと顔を見合わせる。ラバ村は何の特産もない村なので、どこかの国から傘下に入るよう言われたことはないんだ。
「おや、違いましたか。防壁はそのための布石だと思ったのですが。これだけ良質なマジックアイテムを生み出せるのです、きっとお声がかかると思いますよ」
「「「あ~」」」
そう言い残して商人はホクホク顔で帰って行った。これはまた一悶着起こりそうだなぁ。