逆テイム ~最弱のモンスターがテイムで人間を最強にして、その上村も最高にしてしまう物語~
1
「ハハハ! モエロー! モエロー!」
小悪魔のモンスター、インプ達が指先から炎の魔法をスライムに向かって放った。
スライムは必死に地面を這って逃げ回るが、逃げ切れずに背中が焦げる。
焼ける熱と痛みでのたうつスライムを見て「キャキャキャキャ!」とインプ達は腹を抱えて笑っている。
スライムはのたうちながら沼の中に飛び込み、なんとか逃げ延びた。
「ザコガヌマニモグッタ! クセーヌマノクセースライムガヨオ!」
インプ達はひとしきりバカにすると、その場を去って行った。
それを確認してから、スライムはゆっくりと沼から出てくる。
「くそっ……どうして俺がこんな目に……」
スライムはぼやいた。
そう、このスライムは喋ることができた。
正確にはいつからか喋ることができるようになった。
「グルルルウル!」
だがぼやいている暇はなかった。
沼の中では、魚人のモンスターであるサハギンが、餌を仕留めようと尖ったヒレの手でスライムを引っ掻いてきたのだ。
「きゅぅ!」
ぷるんとしたボディが爪で抉られて1割程度削り取られる。
少し小さくなったスライムは鋭い痛みを堪えながら今度は沼から出てなんとかサハギンから逃れ、さらに安全なところを求めて逃げていく。
このようなことは珍しくない。この世界最弱生物のスライムは同じモンスターからでさえも玩具扱いでなぶられ、餌扱いで食われそうになる。
この世界に仲間などいないのだ、とスライムは確信するようになっていた。
「モンスターだ殺せ!」
「ヒャッハー! ザコ敵倒して魔石稼ぎだぜ!」
聞こえた大声にスライムが振り返ると、人間がこちらを見て舌なめずりをしていた。
槍を持った金髪の男と、棍棒を持ったスキンヘッドの男。二人はスライムを狩ろうと迫ってくる。
スライムは必死に逃げる。
モンスターを倒すと魔力が結晶化し魔石が手に入る。
それゆえモンスターを狩る人間がいる。
もちろんモンスターに襲われて返り討ちになる危険性があるため積極的に狩ることは少ないが、最弱モンスターのスライムなら別だ。
ノーリスクで稼げるのだから、見・即・狩で人間はスライムに襲いかかってくる。
棒で殴られ槍で突かれて体を一部貫かれながらも、スライムは全身を使って跳ねまわり、なんとか森の中の茂みに身を隠した。
さらに体が2割ほど削れた。もうボロボロ、スライムがいくら不定形生物だろうと、さすがに半分体が無くなったら死んでしまう。
「どこにいった? あのザコモンスターは!?」
人間の足音が通り過ぎるのを息を潜めてやり過ごしながら、スライムはうつろな目をしていた。
人間も友好的であるあるはずがなかった。
ここには敵しかいない。
ここには安らかに生きていける場所がない。
こんなことなら前世の記憶がなければよかったとスライムは思った。
いちいち悩まないでも済むし、『テイム』なんていう役に立たないスキルでかりそめの希望をもつこともなかったのだから。
2
ある日突然、俺はスライムの体以外で身につけた記憶を得た。
それまでは何も考えることなく、ただ本能で動くモンスターのスライムだったが、ある時突然、意識を得て、思考を得て、記憶を得た。
といっても、前世の記憶なんていうご大層なもんじゃないかもな、正確には。
実際俺がどんな人間だったかあるいはモンスターだったかってことは何もわからない。どんな経験をしてきたかも。自分自身に関する経験の記憶はゼロだ。
ただ色々なものへの知識を色々持っていて、思考能力もある。そういう意味での前世の記憶。エピソード記憶はないけど意味記憶はあるみたいな? まあ専門家じゃないから詳しくは知らんが、そんな感じ。
目覚めた時は喜んだけど、その後に起きたのは人間からもモンスターからもボコられる苦しいだけの日々。それなら何も考えないスライムのままの方が楽だった。
それに……
『テイム』
前世と関係あるかは知らんけど、意識が芽生えた時に気づいた自分のスキルもだ。
このスキル――特殊能力があれば一発逆転できるかもと思ったが、今まで一度も『テイム』に成功したことはない。
名前的にはモンスターを手懐けるスキルだと思うんだがなあ。もしかしたらスライムは弱すぎて、テイムできないのかもしれない。
それなら中途半端に希望を見せるな、と言いたい。失望が大きくなるだけだから。
「安住の地を俺はずっと得られないのか? モンスターにも人間にも虐げられるだけなのか? ふざけるなよ……」
力さえあれば。
力があれば安心して不自由なく暮らせる地も、俺を虐げる奴らを返り討ちにすることもできるのに。
力が欲しい。
切実に。
俺はすみかの森を目的地なくさまよい続ける。
その時だった。
キィン、と夜明け前の静寂を破って鋭い音が響いた。
それに続いて木の枝が折れる音や振動があり、リスや鳥が逃げ出してくる。
いったい何が?
近づくとそこには、荒れた地面に鎧を着た女の人間が倒れていた。
鎧がカバーできていない場所はいくつもの傷がついていて、地面には血だまりも広がり、かすかに胸が動いて息をしているだけの瀕死の状態だ。
その周りには影のように黒く、口以外の顔がない狼が倒れている。
一体何が起きたんだ? 戦闘のすえ同士討ちになったのか?
ワオーーーーーーン。
気を取られたのがミスだった。
遠吠えが聞こえてはっとすると、影の狼のモンスターが森の奥から走ってきている。
ここでやられてる奴の仲間だ!
間違いなく俺も見つかっているし、ロックオンされている。
まずい食われる!
逃げなければ!
でも狼の群れからどうすれば逃げられる!?
思考を巡らせた時、俺の体が光をまとった。
え?
同時に、鎧の女の人間の体も同じ光に包まれる。
瞬間的に直感的に理解した。
テイムのスキルを覚えた人間は、モンスターを手懐けてしもべにすることができる。
だったら、テイムのスキルを覚えたモンスターがしもべにするべきなのは?
そうだ、このスキルは――。
「『逆テイム』!!!」
俺と人間、両者の光が広がり繋がる。
うっすらとした光は光量を増し、眩い光となり。
光に包まれた鎧を着た女が目を開いた。
影の狼の群れは眼前まで迫ってきている。
女はバネのように勢いよく立ち上がり、剣を構え、エメラルドの瞳で俺に一瞬視線を向け、すぐに狼たちに集中した。
影の狼の群れが俺たちに躍りかかってくるのと同時に、女剣士は剣を振り抜く。
剣からは金色の光が発しリーチがぐんと伸び、それでいて振りの速度は短剣よりも速く、数匹の影の狼を一振りで断罪した。
すげえ。
……っ!?
残った少しの狼が、大口を開けて俺に噛みつこうとしてきた。
まずい、見とれて油断した!
ザン、と。
女剣士が俺に襲いかかっていた狼も切り伏せた。
おお……助かった。
しかもこれ、スライムの俺を倒したってことは、テイム成功してるってことだよな?
「これは……この力は……」
女剣士は自分でも驚いたようにつぶやくと、目線をスライムの高さに下げて、俺をまっすぐに見つめた。
「あなたが……?」
……この人間も自分の力に驚いてるのか?
そうか!
俺がきたときには2,3匹の影の狼とこの人間は相打ちになっていた。ってことはそれくらいがこの人間の元々の力ってことだ。
それなのに今は圧倒的に楽勝で倒していた。
その変化をもたらしたのは、俺の『逆テイム』しかありえない!
・自分より弱った人間、あるいはテイムに抵抗しない人間を、自らのしもべにできる。
・テイムされたものは潜在能力が限界まで引き出される。
・テイムされたものは新たに生まれ変わったように、体力や傷が万全の状態になる。
・テイムできる人数は最初は2人。熟練すると増えていく。
気づくと同時に、情報がどっと頭の中に流れ込んできた。
そうか、これが俺の『逆テイム』の性能――。
「私の名前は、アージェと申します」
凛と澄んだ声が脳内から現実に俺を引き戻した。
そう言ったのは、自らの新たな力にどこか戸惑っているような女剣士。
「俺は…………ソロン」
ソロンというのは俺が前世の記憶に目覚めた時にいた沼の名前だ。
元々名前なんてないんで、それを名乗ることに今決めた。
アージェは膝をついたまま俺にそっと手を伸ばす。
「ありがとうございます、ソロン様。死に瀕していた私を癒やし救っていただき、そして新たな力を――私がずっと得たかった『力』を目覚めさせてくださって。このご恩は、全霊でソロン様のために働きお返しします」
俺は軟体の一部を伸ばして、アージェの手の上に重ねた。
《逆テイム》成功。
3
アージェの滑らかなブロンドの髪は緩くカールしたボブで、柔和なお姉さんという雰囲気の美人だが、首から下には鎧を纏い、剣の鞘を腰に付けていて、格好はしっかりとした戦士。鎧には青いマントがついているのが、美しい。
その騎士然とした人間が、スライムに跪いていた。
「俺のために動いてくれる……と考えていいんだよな」
一応確認する。
でも内心は結構ドキドキしてます。
もし違ったらスライムなんて瞬殺されるからな。100%俺は死ぬ。
ざりっ……。
ヒッ!
「もちろんです、ソロン様。本当なら、あの場で私は命を落としていました。あなたのおかげで拾った命なのだから、あなたのために使うのが当然のことです」
単にアージェは俺により近づきより近くで俺を見つめただけだった。
はぁ~ビビらせないでくれよな、こちとらスライムなんだからさ。
しかしまあ……俺を見つめるエメラルド色の瞳には嘘の色は見当たらない。
これは間違いなく本気みたいだ。
…………。
よし! 逆テイム成功!
しかも死の淵から救われたことで、単に逆テイムで仲間にしたこと以上に俺に対して恩義を感じ忠誠を誓ってくれてるような節もある。大成功と言えるだろう。
ついに俺のスキルを使うことができた。
そして強い部下もゲットして力を得た、ここからは今までの虐げられる者としての人生じゃない、新たな物語が始まるんだ!
……けど、新たな物語って何をしようか。
「さしあたってまずは何をするべきか……お、そうだ。人間なら家があるはずだな。その家がある村か町か、そこを案内してもらおうかな」
「承知しました。私はここから近いミスラスという村に住んでいるので、そこまでご案内します。よいしょと」
アージェはかがみ込むと、ソロンをひょいと持ち上げると、抱きかかえて移動し始めた。
「……あのー、アージェさん。どうして俺を抱っこしてるのかな」
「なぜと言われましても、ここにソロン様がいたので」
そんな山があるからみたいなノリで言われても何もわからないよ。
「それにしてもソロン様は、肌触りがいいですね。プルプル潤いお肌で、私も見習いたいお肌です」
「まあスライムだし。でもスライムなんて最弱のモンスターだし見飽きてるんじゃないの?」
「そんなことありませんよ! ソロン様!」
わあ、最弱じゃないって励ましてくれるのか。
いい人間だアージェ。こういう人もいるんだね。
「スライムは最弱のモンスターとして有名ですが」……え?「最弱ゆえにすぐ自然淘汰され、滅多に目にすることができないという幻のモンスターなのです! 私も実物は初めて目にしました。ソロン様は幻のモンスターなんです、すごいですよ」
「そ、そうなんだ……」
すごい不名誉な幻さだな。
でもアージェのエメラルド色の瞳は純粋にキラキラしている。
あれだね、純粋さ故の刃の鋭さってやつだね。一番心えぐられるやつだよね。
「それでは行きましょう、ソロン様」
「ここがミスラスの村です」
ソロンが生息していた森を抜け東に進んだところに、ミスラスの村はあった。
村には農家があり小麦畑があり、風車で粉をひいていて、家畜がのんびり草を食み、森の近くには丸太が積み上がった小屋もある。
いかにも村という感じの村だ。
森の外に出たことがなかったから、こんな近くにある村すら知らなかった。
俺はアージェに抱えられたまま村の中に入り、観察していく。
通りを行き交う人のほとんどは、一般的な人間という感じだが、稀にアージェのように剣や鎧で武装している人間もいる。それについて尋ねると、
「モンスターが西の森にはたくさんいますし、町に来ることもあります。しかも結構頻繁に。そのモンスターから村を守るため、あるいは素材を狙ったりして、冒険者が滞在しているんですよね」
「アージェもそうなのか?」
「私も……はい、今はそうです。あ、ここが私の家です」
それはなかなか大きい木造の家だった。
「おー、立派な家だな」
「土地は多いし空き家も多かったので、住む場所には困らないんですよ」
「へ~……ん? その言い方だと元はアージェは別の場所にいた?」
「その通りです。帝都からここに引っ越してきました。帝都では小さい家に詰め込まれるように住んでたので、快適ですよ」
たしかに都会じゃ広い家ってなかなか手に入らないだろうな。そう考えるとこの村は住むにはなかなかよさそうだ。
「何もない家ですが、おくつろぎください」
アージェはそう謙遜していたが、家の中に入ると……実際これといったものは何もないかも。
ベッドやテーブルや棚など最低限のものはあるけれど、生活に必要なもの以外は目につくものはない。仕事人間のようだ。
「お、広いお風呂がある。さすが家が大きいだけあるな」
「どうぞ入ってください。森で一悶着ありましたしね」
うむ。
沼にも入ってたしな、体をきれいにしたい。
早速行こう。
と風呂場に入っていくと。
鎧を脱いだアージェもあとに続いてきた。
「どうしてアージェも来ている?」
「ソロン様のお体を洗うためです。手がないと洗うのが大変だと思いますし」
「ふんっ!」
俺は体の一部を変形してにゅーっと伸ばした。
そしてタオルをとって自分の背中(というのかは謎だが後側)をこすってみせる。
軟体生物だからな、ちょっとくらいなら自由はきくんだ。
アージェはおおー、って顔で俺を見ている。
ふっ、理解したようだなスライムの力を。
というわけで納得させた俺は一人でのんびりと風呂でリラックスした。
一人でゆっくり湯につかるのが一番気が休まるのよ結局は。
お風呂からあがってつやつやになった俺は、アージェの家に来る途中に購入したトマトを食べ、胃袋も満足させる。スライムだけど。
野菜も美味しいし、広い家もあるしお風呂でリラックスも出来る。
村の中には当然モンスターもいない。
この村なら『逆テイム』の力もあって安全かつ快適に生きていける。
これでもう追われて死にかけたり飢えて死にかけたりの暮らしをする必要がないんだと思うと、鼻歌の一つも歌いたくなるね、鼻はないけど。
と上機嫌でぷるぷるしていたのだが、アージェはなんか難しい顔をしている。
手には紙を持っているが、何か読んでいる?
「何か深刻なことでも書いてあるのか、アージェ」
「はい。モンスターの被害を訴える文書です。冒険者になんとかして欲しいとのことです」
そういえばアージェって冒険者だったか。
そういう依頼をやって金を稼いでるんだな。
それならばしっかり働いてもらわねば。俺の快適な暮らしのために。
「だったら何も悩む必要はないじゃないか」
「え?」
「今のアージェなら余裕で倒せるだろう。行こう、この村は荒らされたくない」
「ソロン様……!」
俺が安寧に暮らしたいのに、他のモンスターどもにでかい顔をさせるわけにはいかない。あいつら、スライムを散々いたぶって遊んだからな。視界に入り次第殲滅してくれるわ!
「モンスターなのに人間の村のことを考えてくださるなんて……ソロン様の心の広さに感服します。 わかりました! いきましょう! モンスター退治に!」
アージェは感動した様子で俺を抱えた。
なんか勘違いしてる気がするけど、やる気出してくれたみたいだし、訂正はしないでいいか。
その依頼は、農家と問屋からだった。
畑が荒らされ、さらに他の町に売りにいく野菜や果物の荷馬車まで襲われる。
「野菜好きの魔物が襲ってるのか」
「そうかもしれませんが、影響はそれだけに及びません」
現場に行く途中、そうアージェに言われて街中の様子を見てみると、腹を空かせて道ばたにへたり込んでる人の姿に気づいた。
それに、街中には壊れたままの家とか、柵とか、公共の建物とかがある。
「村が食糧不足にすらなっているんです。それに、農産物を売って稼ぐお金が入ってこないため、修理するためによその大工さんに依頼することもできなかったり」
「農家のみならず全体に悪影響ってことか」
言われてみると、結構町はぼろくてさびれてあまりよくない状態に見える。
この村にも大工は一人くらいいるんだろうけど、それじゃ手が足りないんだろう。
来た時はそれまでの俺の有様がひどかったので気を配る余裕がなかったが、落ち着いてから見ると結構しんどい村かもしれないここは。
ふーむよろしくないな。
食料不足は困る。食べ物はたっぷり欲しいし、俺の住む村がボロいのもいかん。
やっぱりこのモンスターは退治しなきゃいけないな。
「絶対に倒すぞアージェ」
「はい!」
やる気をさらに出すアージェとともに、農家の元へ行き、今夜襲撃がありそうな畑を教えてもらった。
「でも大丈夫かい? 何度か冒険者がやってくれたが、大けがしたり死んじまった人もいるんだ。危ないモンスターだぞ相当」
「自信はあります。今の私ならお力になれるはずです」
農家は俺たちの心配をしてくれた。
アージェは力強くそれに答えたし、俺も自己アピールしたいところだが、しかし俺はただの丸いクッションということでごり押ししているのでそれはできない。
一応モンスターだしな、ひとまず素性は隠しておくべきだろう。
「そうか。そう言ってくれるならあんたを信じるよ! ……ところでその抱えてるのってスライムじゃ……?」
「クッションです」
「いやでもぷるぷるしてるしちょっと動いたような――」
「クッションです! 帝都で流行のゼリークッションです!」
「そ、そうか。助けてくれる人が言うなら、それ以上追求しねえが……」
よし、ゴリ押せたな!
農家さんを納得させられるなら、他の町人も皆ごまかせるだろう!
人間対策はクッション作戦でOKだ!
というわけで、あとはモンスター対策をすればいいということになったので、狙われそうな畑に張り込んで、モンスターが来るのを俺達二人は待った。
日が沈み三日月がのぼる。
ずっと待ち構えている手持ち無沙汰で、俺は気になっていたことを尋ねた。
「そういやさ、アージェってなんで人助けに積極的なんだ? 冒険者ってあんまそういうのは興味なさそうなイメージだけど」
「私はかつて……帝都騎士団に在籍していました」
騎士団に?
騎士様だったのか。
しかしそれがなんで田舎村で冒険者を……。
ズ……ン。
ズ……ン。
「この足音は……アージェ」
「はい、ソロン様。来ました」
地響きを鳴らしながらやってきたのは、巨大なモンスター。
斧を持ち、茶色い肌を月夜に映し、蹄が地を踏みしめる。
それは巨牛が二足歩行しているモンスター。
「ミノタウロスです!」
「モ゛オオオオオオオ!!!!!!!」
こいつが、畑を荒らしてた張本人か!
4
「モ゛オオオオオオオ!!!!!!!」
といかにもミノタウロスって感じの雄叫びを上げて、俺たちを見るやいなや斧を振り下ろしてきた。
だがアージェは逃げない。
「『神聖剣:ホーリーウォール』!」
アージュのエメラルド色の瞳が燃え上がると、剣から金色のオーラが吹き出てきた。
だがそれは前回のような長い剣ではなく、横に広がり剣を軸とした盾のように展開する。
その盾は、振り下ろされた斧を完全に受け止めた。
「おおー、やるね!」
「ソロン様に潜在能力を解放していただいたおかげです。元々私の持っていた『神聖剣』のスキルが限界まで強化されて、こんな技も使えるようになりました」
アージェはそのまま剣を振り、オーラの盾で斧を弾くと、今度は聖なるオーラを刃の形にして剣を振るい、ミノタウロスの頭に切りつける。
ミノタウロスは意外に俊敏な動きで身をかがめ、致命傷を避けたがその角がきれいに切断された。
「くそがあああああ! 野菜が食い放題だって聞いてこの村に来たのに、こんな強ええ人間がいるなんて聞いてねえぞおおおおお!」
え?
こいつ喋った?
「ミノタウロス、言葉喋ったよな」
「はいソロン様、喋ってます」
「喋れるに決まってるだろうがあああああ! 牛だからってバカにすんじゃねえええええ! 全部お前らが喋ってる内容も聞こえてるんだよおおおお!」
マジか、いやたしかに牛だしモオオオオオって叫ぶだけだと見くびってた。
そこは素直にスマン。
「って、なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ、お前がそもそも俺の村の野菜を食ってるから悪いんだろう。俺の村の野菜すなわち俺の野菜。だいたい、ミノタウロスみたいな肉体派で凶暴なモンスターがなんで野菜食ってるんだよ」
ミノタウロスは不服そうに俺に言い返してきた。
「牛が草食なのは当たり前だろがああああああ!!!!」
た、たしかに……。
そう言われるとまったくその通りだ。
「ともかく農作物を奪われるせいで俺の村は困ってるんだ、アージェ」
「はい。決めます」
アージェの剣を包む金色のオーラがさらに強く激しくなっていく。
これが『スキル:神聖剣』の力――。
輝きに魅せられている俺にアージェは言った。
「私は、かつて騎士団だった頃、このスキルがまったく使いこなせませんでした。落ちこぼれで役立たずで、騎士団から落伍してしまった……。そして冒険者となりここに流れてきたんです。騎士として、人を守るという理想を中途半端に諦められないまま」
帝都にいたのになぜと思ったけど、そういう理由だったのか。
「まさか、それで俺が見つけたときモンスターと相打って……」
「はい、村を襲うモンスターを倒そうと無理をして、瀕死になってしまいました。……ソロン様はそこを救ってくれて、そして理想をかなえる力を目覚めさせてくださった。だから、ソロン様には感謝してもしきれないんです。だからこそ、ソロン様のために敵は倒します!」
ミノタウロスが角を折られた怒りの斧を振り回す。
アージェは神聖剣を最大まで出力をあげて剣を振り抜く。
激突の瞬間、暗闇の中に昼間と見まごうほどの閃光が走った。
「モガアアアアアアア!!!!!」
真っ二つに両断されたミノタウロスの体が地面を揺らした。
立っているのは、アージェだ!
「ふぅ。…………やったっ、やりました! ソロン様!」
「さすがだアージェ、逆テイむぎゅー」
アージェは嬉しそうに俺を抱きかかえると、腕力で喜びを爆発させてぎゅーっと抱きしめた。
潜在能力解放したベアハッグはき、きくねぇ。
若干変形しながらも、俺はアージェの晴れやかな顔を見て、自分のしたことの成果に満足していた。
ミノタウロスを倒したあとは、近くにいた手下らしき草食モンスターも倒し、こうしてミスラスの農作物は守られた。
これからは食糧不足と外貨不足に困らされることはないだろう。
これで安心して俺も生きていけるってわけだ。
アージェのことはちょっとした話題になっていた。
小さな村だし、話はすぐ伝わる。
巨大なミノタウロスを倒して農家を救った武勇伝は、あっという間に村中の人が知るところとなった。
「アージェさん、この野菜食ってくれ!」と言ったのは助けられた農家の人。
「荷物運ぶ機会があったら最速で輸送してやるからな!」と言ったのは積み荷の野菜を狙われてた運び屋。
「ありがとうございます、ソロンさん! うちの食堂も営業再開できますよ!」と言ったのは野菜がなくて閉店していた食堂。
「スライムがミノタウロス倒したのー? すごーい!」と言ったのは村の子供。
……そう。
俺が単なるオブジェじゃないということが村人にバレた。
正確にはバレたというよりアージェがアピールしたのだけれど。
ミノタウロスを一緒に倒したと村人に言ったのだ。
俺の不安は杞憂で、村を苦しめるモンスターを倒したアージェが言ったことということで、疑う者もなく俺もアージェと一緒に村人からの感謝を受けた。
というわけで、ミスラス村ではスライムは大きい顔をして歩けるようになったのである。
今も野菜の入った袋を背負っているアージェが俺を抱えて家へと帰っていると、「ほ、本当にスライムだ。モンスターが人間に懐いてるなんてびっくり……噛みつかない?」と通りすがりの村人が顔を近づけて来た。
「ガウガウッ」
「ひぃっ!」
失礼なことを言ってきたので、口を開けて脅かしてやる。
「誰が人間に懐いているだ、俺をペット扱いするな」
アージェも苦言を呈する。
「そうです、私がミノタウロスを上回る力を手に入れることができたのは、ソロン様のおかげなんですよ。ソロン様のスキルで、私の能力が大幅に強化されていたから、勝てたんです」
「ご、ごめんなさい……」
「わかればよろしい。君の目の前にいるのはミノタウロスを倒した者達ということを忘れないように」
「は、はいーっ! 見た目で判断してすいませんでした!」
村人はしっかりと頭を下げた。
うむ、これでよい。
アージェも得意げに頷いている。
「あの方がソロン様のことをわかってくれてよかったです。あの方だけじゃなく、村の方皆が。私だけしかソロン様のことをわかってないのは、歯がゆかったですから」
「俺としてもこれで動きやすくなるな。ミノタウロスを倒してよかった」
そんなことを話しているとアージェの家に到着した……が。
その直前、住宅街で井戸端会議している村民の話で気になることが俺の耳に入ってきた。
「騎士様とスライムのおかげで村の問題が一つ片付いたな」
「ああ。しかし村長は何をやってるんだ? スライムがモンスター退治してるっていうのに何も手を打たないなんて」
村長? ちょっと気になるな、それ。
詳しく話を聞こうと俺も割って入る。
「村長? この村には村長がいたのか? その割にあんなモンスター襲撃があっても全然姿を見ないけど」
「あ、モンスター退治のスライムさんじゃないっすか! ええいるんですよ村長、でもなーんもしないでやんの。それどころか、帝都に観光に行ってるみたいなんだよな。帝都に行って救援要請をするって言ってたけど、何も援軍なんて来やしないんだから。俺は絶対遊んでるだけだろうと思ってるね」
一緒に話していた村人も渋い表情で同意する。
「なんだかなあ。村の問題山積みなのに、本当なんもしないよな」
「それだけじゃないぜ、こっそり夜遅くに高級家具やら珍味やらを家に運び込んでるのを見た奴がいるらしい。村がこんななのに私服を肥やしてるんだよ絶対。まったく、スライムさんとアージェさんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ。あ、スライムに爪ないか」
ふーん、なるほど。
たしかに普通なら村長とか領主とかそういう人が村の問題にまず対処するよな。
それをできずに騎士とモンスターが解決したとあっちゃ信頼なくすのも当然だ。
俺はこの村を安住の地にしようと思ってるのに、村長がそのていたらくじゃいつまた危機が起きるやもしれぬ。
それでは安心して暮らせない。
「いっちょ俺が村長の性根をたたき直してやるか?」
って言っても、そんな簡単に人が変わるなら苦労はしないよなあ。
そんなことをやるよりも、新しいちゃんとした村長をすえる方がてっとりばやいな。うん、それがいい。そうすれば俺の安住の村も安泰だ。
「そのためにはまず、今の村長のやらかしを決定的にすることだ。ふふふ、調べてやるぞ強欲な人間よ。そして安心して暮らせる村を作るのだ!」
5
そういうわけで、俺は村の様子を探ることにした。
ミノタウロス討伐で俺のことが知れ渡り、もう一人で出歩いても大丈夫となったため、今は一人で散策している。
町中を歩いて村長のやらかしの証拠を見つけてやればいい。
村民からあんな風に言われてるくらいだし、何かしら見つかるはず。
と思って町を歩いていると、すれ違う町人から
「あ、スライムさんだー、ありがとー」
「騎士様を超強くしたってマジ? スライムってそんなことできるの?」
などと声をかけられた。
少し前まではモンスターが死んだ後に手に入る魔石目当てで狩ろうとしてたくせに、人間とは現金なものよ。
「ん? あれは」
村外れまで歩いて行ったところで、俺は見覚えのある人影を見かけた。
「あいつ、まさに俺を追いかけ回してた人間じゃないか」
魔石だひゃっほー!とか言って狩ろうとしてきたスキンヘッドの野郎だ。
のんきに村はずれの森で森林浴か?
あの恨みは根に持ってるからな。
……しかしなんか様子がおかしいな。
変にふらふらしてるし、
「う゛~~~」
とか唸ってるし。
それに首とか背中とか頭にキノコが生えてるし。
「キノコが生えてる!?」
なんと、例の男は体からキノコが生えていた。
そしてうなり声を上げていて、こちらを振り返って見えた口は開きっぱなしで涎をたらしている。
体色も緑のような紫のようなものに変色していて体に悪そうだ。
「って、冗談言ってる場合じゃないな。明らかにまともじゃない。見た目だけじゃなく、行動も。あれはモンスター界隈にもいるゾンビと似てる」
だとすると、モンスターだろうが人間だろうが見境なく襲いかかってくるぞ。
……ほら!
「ヴヴウウウウウウ!!!」
俺を発見したキノコゾンビは呻き声を上げ涎をまき散らしながら、追いかけてきた。
「くっ、まずい!」
アージェがいれば倒せるけど、俺一人ではまず無理だ。
だってスライムだもん。
大急ぎで逃げ出す、がその方向は町じゃない。
村中に逃げたら村があらされる。
俺の安住の地になる場所を荒らされては困る。
というわけで、村外れにいることだし俺は森の方へ向かって高速ダッシュしていった。
元々その森でモンスターから逃げ惑いながら生きてきたのだ、森の中で奴を撒くことは造作もない。
ゾンビらしく頭は悪いようで、ただただ追いかけてくるだけだった。うまく木々や茂みを使って逃げれば、捕まらないことは十分可能。
小一時間ほど追いかけっこをして、完全に撒くことに成功した。
茂みの中に潜んでいる俺を見失ったキノコゾンビは、ずっと遠くの方でうろうろ太い木の幹の周りを回っている。
「ふぅ……まったく、ゾンビになってまで俺を追い回すとはとんでもない奴だな。しかし、モンスターが村外れにいたのはゆゆしき事態だ。今回は俺が見つけてうまく森の中に誘導できたけど、このままじゃ村に入ってくるのは時間の問題だぞ」
ただでさえ寂れてる村なのに、これ以上荒れてはな。
なんとか退治してしまいたいところだ。
あいつの居場所がはっきりしている今のうちに。
「何か倒せるうまい手はないものか……」
「にひっ、お悩み? ミノタウロス殺しのスライムくん」
突然声が聞こえた。
しかも俺と同じ茂みの中から。
急いで振り返ると、そこには茂みの中に匍匐前進のポーズで俺の背後に女がいた。
「なんだお前」
「第七聖女・エスティアよ。あなたを探してたの、スライムくん」
その変わった女は、うつ伏せのままにっこりと笑った。
……聖女?
聖女って教会のお偉いさんだよなたしか。
「なんで聖女が茂みの中に」
「スライムくんを探してたんだよ。あと第七聖女ね」
第七でも第一でもどうでもいいけど、とりあえずそういうことらしい。
その第七聖女は、銀髪のツインテールで、瞳はルビーのように美しく赤い。気の強そうな顔つきで、耳には赤い小さな宝石のあしらわれたイヤリングをつけている。
服装はこれが聖女っぽいのかどうかはわからないが、白地に一部黒い部分がある服を着ていて、黒い部分には何か模様が描いてある。
で、その人が茂みで匍匐前進ポーズをとっているというわけ。
なんで?
「色々なんではあるけど、まずはなんで俺を?」
「噂を聞いたの。騎士の力を物凄く引き出して、その力で強力なミノタウロスを倒したスライムがいるって噂を」
「その噂なら本当だよ。今はその騎士は近くにはいないけど」
「やっぱり!」
聖女・エスティアは俺に顔を近づけて来た。
「私も強くして。そのためにあなたを探してたの」
「それってつまり……」
逆テイムして欲しいってことか?
まさか自分から志願してくるとは。
こっちとしてはテイムできる人が増えるなら願ったり叶ったりだが。
「一つ、勘違いしてるみたいだから言うけど」
「なに?」
「俺の能力で力を引き出せるのはほんとうだけど、ただ力を引き出すだけじゃない。俺の部下になることを意味する」
「え、なにそれ」
俺は逆テイムのことを説明した。
少し考える様子を見せたエスティアだったが、にぃっと笑って頷く。
「いいじゃない、あなたにテイムされてあげる」
「本気か?」
「本気よ。あなたに危害を加えられなくなってあなたの命令を聞かなきゃいけないんでしょ? アージェって騎士のこと見たけど、別にめちゃくちゃされてるわけじゃないみたいだし、あなたの目的に協力するくらいは全然許せる。力が得られるなら」
どうやら本気らしい。エスティアは真面目な赤い瞳で俺を見つめている。
「なんでそんな力が欲しいんだ?」
「私を追い出したクソ聖者達を見返すためよ! 才能のある人の中から、聖女候補を集めて競わせてるの、教会ではね。私は才能はあったのに、不適格って言いやがってあのジジイ共が!」
エスティアは地面を拳で叩きつけた。
「なるほどねえ。やっぱり聖女たるもの性格もお上品じゃなきゃいけないんだろうな」
「誰が性格のせいって言ったよ!? 違う、私の生得的なスキルのせい。私は『白黒魔術』のスキルを持ってたのよ。最初は有能な白魔術の使い手かと私も皆も思って、聖女候補に選ばれたんだけど、鍛えたら黒魔術の要素が強くでてきて、それは相応しくないってことでクビ。大聖堂から追放されたってわけ。いいじゃない別に! 白魔術だってつかえるんだし、黒魔術があればより便利なんだし」
「なるほど、それでここの村に流れついて、俺のことを知って、一旗揚げようと」
「そういうこと。あいつらより強い力を得てやるんだから」
これはなかなかわかりやすい。
それに元聖女候補っていうなら能力も高そうだし、アリだな。
「わかった。俺がこれからスキルを使うから、受け入れて。反発してると効かないから」
「いつでも来い! よ!」
両腕を開いて受け入れたいせいのエスティアに、俺は『逆テイム』を発動した。
俺の体とエスティアの体の両方を光が包み、そして弾けた。
エスティアは光の残滓を見上げていたが、不意にはっとして。
「すごい! これ、本当に!」
茂みから立ち上がり、キノコゾンビの方を向くとこう言った。
「スライムさん、早速命令を出してよ。あのゾンビに力を試してみろ、ってね!」
どうやら力が目覚めた感覚はあるらしい。
ちょうどいい、俺としてもあのゾンビはここで始末しておきたかった、願ったり叶ったりだ。
「エスティア、あいつをぶっ倒せ!」
「アイアイサー! まかせなスライムくん!」
茂みから出て行くエスティア。
それに気付いたキノコゾンビがうなりながらエスティアに向かってくる。
「『白黒魔術』たしかに極めちゃったみたい。頭の中にいろんな魔術が渦巻いてる。こういうゾンビには……」
キノコゾンビが駆け寄って噛みつこうと跳びかかる!
「『ブラックインパクト』!」
エスティアが両手を前に出すと、その前に黒い衝撃波が発生した。
それに触れたキノコゾンビは枯れ葉のように吹き飛ばされ木の幹に激突する。
「おお、なんかすごそうな魔術」
「ふふ、ありがとスライムくん。今の魔術は昔は使えなかったやつ、逆テイムしてくれたおかげでマスターできた。さらに~」
キノコゾンビがよろよろと体勢を整えて再び向かってくる。
だが近寄るよりもエスティアの次なる魔術の方が早かった。
「『ダーククラウド』!」
黒い雲がキノコゾンビを包み込み、身動きが鈍くなるとともに、黒雲の中で雷鳴が無数に発生した。
電撃はキノコゾンビに致命的なダメージをあたえた。
キノコゾンビは体を硬直させて倒れ、チャリンと音を立てて何かを落とし、体の中から紫色の魔石が浮かび上がった。
「……いい! いいじゃない!」
「それが黒魔術か。なかなかの性能だな」
「うん、やるもんでしょ?」
茂みからでた俺の前にうつ伏せになって顔をつきあわせてくるエスティア。
って、別にもう隠れる必要もないからそんなことしなくていいんだが。
やっぱりちょっと変わった人間だな。
「かなりやるね。逆テイムして正解だった」
「ふふふ、こんなパワーをくれたんだから、ちゃんと働いてあげるからね。遠慮せず言いなさいスライムくん……って、そういえばスライムにも名前つける習慣あるの?」
「習慣はないけど、人間とやりとりするときに名前がないと不便だからこの前つけた。俺のことはソロンと呼べばいい」
「ソロンね、わかった。よろしく、ソロン!」
うつ伏せ体勢のまま手を差し出してくるエスティアに対して、俺も体の右側をにゅっと伸ばして握手をする。
「へー、つやぷる触感。これはいい。触り心地がいい上に力を引き出せるなんてソロンはやるねー。それに、スキルの性能が引き出されただけじゃなくて、基礎力も強化されたような感じがしてた。そういう効果もあるの?」
そうなのか? と意識した瞬間、頭の中に情報が流れ込んできた。
・『逆テイム』LV2では、近くにいる「逆テイムした者」の能力をブーストすることができるようになる。
・逆テイム可能人数が2人から3人に増加する。
おお!
いつの間にかスキルのレベルが上がってたみたいだ。
この前ミノタウロスと戦ったからかな。
推測するに、『逆テイム』した人間が戦うとその経験をテイムしている俺も得ることができるってとこだろう。そしてその結果スキルのレベルが上がり性能が上がると。
「そういう効果もあるらしい。今気付いた」
「今気付いたって。のんきだなあ、それとも大物? ま、とにかくよろしく! この力で私の名前を教会まで届けて、ああクビにしなきゃよかったーって思わせるために、いっちょ大きなことやってね、ご主人様♥」
にっこり笑って俺を突っついてくるエスティア。
強いけど癖強な奴をテイムしてしまったかもしれない、と思いながら俺はプニられていたのだった……。
6
キノコゾンビを倒した俺とエスティアは意気揚々と村に戻った。
だが、
「なんだこれは」
思わず声が漏れる。
村が、荒らされまくっていた。
噛みつかれた傷から血を流している人がいて、その傍らで子供がワンワン泣いているし、建物が壊され保存食の入った箱や樽の中身が壊れていたり、かなりの荒れ模様。
それをやっているのは――。
「あそこにさっきのキノコゾンビが!」
また別の人間がゾンビ化していた。
あれは、この前俺を追いかけた奴のもう一人の方、金髪槍男じゃないか!
「エスティア!」
「やらいでか! 『ダーククラウド』!」
まさに村人に襲いかかろうとしていたゾンビをエスティアが黒魔術で倒す。
「大丈夫?」
「はい、ありがとうございます!」
怪我がないことを確認し、村の中を他にもゾンビがいないか見てまわる。
ゾンビは村のいくつかの場所で暴れていたので、見つけ次第倒して行く。しかしすでに倒されたものの姿もあった。
これをやったのは……。
「ソロン様! ご無事でしたか!」
「アージェ、やっぱり動いてたか」
俺達と同じく村内のゾンビを倒して回っていたアージェと合流した。すでにやられたのはアージェがやったんだろう。
「俺が森に行ってた間に何が起きたんだ?」
「突然このゾンビになった方々が村を襲って来たんです。村の周囲から一斉に入って来て、人も設備も見境なく襲いかかって大暴れしてたんです。それで退治してました」
「ふぅん、村の中にねえ。普通は入りこまないんだけど、何かあったのかしら」
とエスティアが考え込む。
それをアージェが見て瞬きを二回。
「あの、そちらの方は?」
「ああ、エスティアは……」
俺とエスティアで事情を説明した。
「……というわけで、この人も逆テイムしたってことなんだ」
「そういうことですか。エスティア様、一緒に頑張ってソロン様を支えましょうね!」
アージェはぎゅぎゅっと両手でエスティアと握手をする。
順応力は案外高いらしい。
「まー、気楽にやってこ」とエスティアはマイペース。どんなペースであれ、この二人が同時にいれば怖いものなしだな。
「さて、まずは村をなんとかしないといけない。ゾンビが残ってないか探そう」
俺達は村の見回りを再開した。
合流前にキノコゾンビどものことはほとんどもう倒していたようで、ゾンビは一匹だけ新たに見つかった。
それも倒してひとまず村には平穏が戻った。
だが、被害は小さくなく。
「くそっ! なんだってんだよ!」
「またモンスター……なんでこんなクソみたいなことが起きるんだ」
「村長は何やってんのよマジでさあ」
「助けてくれたのはまたスライムのソロンさんと騎士のアージェさんと、あとなんかよくわからない新たな女だしねー」
「愚痴るよりとにかく復興だ!」
そんな風に、村を歩いていると、不満を述べたりやる気を出したりしている声が色々と聞こえてきた。
そんな話を耳にしつつ村を回っていた俺達三人は、村の片隅まで行くと今後のための会議を開始した。
「結局、何が起きてこうなったんだ?」
「わかりません、突然のことでした。突然村にゾンビが集団で襲って来て」
村にいたアージェも掴めないらしい。
謎だらけってことか。
「ただこいつらはゾンビを増やすことはできないみたいね。そこは不幸中の幸いよ」
エスティアはゾンビの死骸をチラっと見て言った。
だけど……。
「だとしたら、そもそもどうやってゾンビに?」
「大元の奴がいるんじゃない? ゾンビにすることのできる能力を持った人間かモンスターかがやらかしたのよ」
なるほど。
だとしたらそいつを見つけなければ村がまたこんなボロボロにされかねないってことか。どこにいるか……。
そんな試合を廻らせていた俺に、アージェが声をかけてきた。
「あの、ソロン様、エスティア様。私がお二人と別行動をしている間、村を回りながら聞いた話があるのです」
「どんな話?」
「村長の屋敷の近くに、キノコが生えた人間が出てくるのを見たと」
「それって!」
「もしかして、あの鍵って?」
「鍵?」
俺達は村はずれの森で倒したゾンビの死体から見つけた鍵をアージェに見せた。そう、倒した時にチャリンと音がした正体はこれが魔石とぶつかった音だ。
「これが村長の屋敷の鍵だとしたら?」
「…………」
俺達三人は顔を見合わせる。
決まりだな。
7
俺とアージェとエスティアの3人で村長の館へと向かった。
村長は相変わらず出かけていて不在だが、留守を預かっている使用人にこの度のゾンビ事件の手がかりを調べるためだと言ったらあっさり中に入れてくれた。
どうやら使用人も最近の村長の村を省みないような振る舞いには疑問を持っていたらしい。そこに村を助けたばかりの俺達が来たのだから、どっちの味方をするかと言ったら、言うまでもないって話だな。
そして村長の館へ入った俺達だが、廊下の一番奥まった場所に施錠された扉を見つける。他の木の扉より頑丈そうなそれに、どうにも怪しいと思った俺達は。
「この鍵、試してみるか」
「あ、それってゾンビが落としたやつじゃない」
「ああ、ピンと来たんだ、使うとしたらここじゃないかって」
俺はスライムの体を変形させて鍵を掴み、鍵穴に差し込んだ。
カチッ。
「大当たり。開くぞ」
扉が開くと、地下室への階段があらわれる。
俺達は早速階段を降りていき、地下室へ入る。
「うわあ……すごいですね、これは」
「ひえ~、貯め込んでるわねー、あの村長」
その地下室は、目も眩むばかりだった。
高級家具、絵画、貴金属、色々な嗜好品や財産がたっぷりと隠されている。
普通に考えてこの村の状況でこんなに村長が肥えるとは思えないって豪華さだ。
何かしらやってるであろうことは想像に難くない。
そして私服を肥やしていたと。
「村の危機に何もしないのはいかがなものかと思っていたのですが、やっぱり村長はよからぬことをやっていたようです……皆さん、警戒を」
アージェが地下室の奥へと視線を向けた。
耳を澄ますとピタ……ピタ……と何かの足音が聞こえる。
地下室の奥はさらに別の部屋に繋がっているようで、そこからだ。
俺達は目で合図をし、奥へと向かい、そして、重たいドアを開き勢いよく地下室奥の部屋に飛び込んだ。
「ヴウウアアアアアア!」
「グオオ゛オ゛オ゛オ゛!」
瞬間、聞くに堪えないうなり声が鼓膜を揺らす。
何度も聞いたこの声は、
「ゾンビ! やっぱりここから湧いてたのか!」
「ふん、はっきりしたわねこれで。こいつらをぶっ飛ばして、村長の真実をつきつけるわよ!」
エスティアとアージェも身構える。
ゾンビは3体いるが二人なら余裕で倒せる。
……いや、もう一体見慣れない奴がいる?
「フヒッ♥ まさかあの爺さん以外の人間が入ってくるなんてなッ♥」
不気味な笑みを浮かべて声をかけて来たのは……キノコだった。
「キノコ?」
「キノコです」
「キノコね」
そう、キノコだった。
巨大なキノコに手足が生えているモンスターがそこにいた。
しかもマツタケタイプのキノコじゃなく、エノキベースで頭の上から何十本もキノコが伸びて傘がゆらゆらしてて不気味さがアップしている。
そんなキノコマンが体を左右に揺らしながら薄ら笑いをしているのはなかなかの地獄だ。
「お前がゾンビを作ってたのか」
「キノティーの胞子で、仲間にしてあげたんだ、フヒッ。アンデッドじゃないからゾンビじゃないよ。あえて言うなら……フレンドだねッ」
キノコが寄生するっていうと冬虫夏草みたいなものか。
モンスター化して暴れさせるっていうのはたちの悪さが段違いだが。
「フレンドでもキノコでもなんでもいいけど、村に迷惑をかけて落とし前はつけてもらうわよ」
「そうです。お覚悟を、キノティー様」
エスティアとアージェは臨戦態勢に入る。
だけどその前に聞いておきたいことがあるんだ。
「なんでモンスターが村長の家にいるんだ?」
「え~? そんなのフレンドだからに決まってるじゃ~ん。村長とモンスターはフレンド! 村の野菜や財宝を渡して、討伐依頼をのらりくらりと出さずにごまかすかわりに、キノティー達モンスターが人間から奪ったものもあげる。フレンドだから助け合わないとね~」
俺達は目を見合わせた。
「やっぱりそういうことか」
「なんとなく、そんな予感はしてました。モンスターがでても全然対処しなかったですし」
「故意だったってわけね。情状酌量の余地なし。このキノコも村長もぶっ飛ばすしかないでしょ!」
ブフォォッ、とキノコマンが噴き出した。
「キノティーをぶっ飛ばすぅ? ノンノン、そんなの村の人間じゃ無理無理。強い人間以外にはキノティーは負けないんだから」
「ふぅん、強い人間以外には負けないの」
「つまり、強い人間には負ける程度の力ということですね」
アージェとエスティアが構えると同時にキノティーと手下のキノコゾンビが襲いかかってきた。
「『神聖剣』」
「『ダーククラウド』」
黒い雲がゾンビ達を包み感電させ、光の剣がキノティーの傘をぶった切る。
「ギィィィッ!? キノティーがやられるなんて!? 嘘だッ!」
「ゾンビを作る力は脅威ですが、戦闘力はさほどでもなかったようですね」
「クソォォッッ! 村長のせいでぇ! あんなバカと組まなきゃよかったああああ! あいつのせいでえええ!」
「終わりです!」
アージェが二の太刀でキノティーにトドメをさした。
キノティーは「ノオオオオオ!」と何とも言えない断末魔を上げて死亡した。
だが、死の寸前、キノティーは体の中から何かを取り出して投げつけてきたようだ。
「終わりましたね」
「ああ。でも最後のはなんだ……あ」
投げてきたものを拾って見ると、それは村長の署名がある木の板に書いた血判状だった。どうやらモンスターと村長で密約を結んだ証らしい。
「モンスターもこういうことするのねー」
「まあ、今はもう滅んだけど魔王軍とかの組織があったくらいだしな。そんな組織を運営するなら、契約書やらなにやらも作るだろう、モンスターだって」
「たしかにそうね。でもなんで私達にこんなものよこしたのかしら?」
「おそらく……村長への嫌がらせじゃないでしょうか。最期にあのモンスターは、村長と組まなきゃやかったと言っていました。自分だけ滅びるなんて嫌だということで、道連れにしてやると」
たしかにそんなことを言っていた。
そんな裏切りにあうとは、ある意味哀れだが、信用ならないモンスターなんかと組んだ村長の自業自得だな。
「村長は裏切られてついてないが、俺達にとっては都合がいい。こいつは活用させてもらおう。村長が帰ってきたら、これをつきつける」
「そしたら、村もちゃんとなりますね」
「ああ、これで……ようやく俺が安心して暮らせる場所が整うってわけだな」
目標、達成だ!
8
俺達は村長のモンスターとの癒着の証拠を持って館を出た。
そして村人達にそれを見せると、一様に憤慨した様子を見せる……とちょうど時を同じくして、長々と村を空けていた村長が帰ってきた。
「皆の衆、今帰ったぞ」
村長は壮年の男性で、偉そうにな髭を生やしていて、空気を読まずに村長の館の前で集まっている村人に声をかけた。
「なんで集まっているんだ? 」
「帝都に援軍を呼びに行くと言っていたけど、随分遅かったですね?」
村人の一人が言うと村長は気まずそうに頭をかく。
「あー、あー……まあ、なんというか帝都っていうのは色々手続きとかあってな? しかも援軍もなかなかよこすのが難しいってことで、もちろんワシは頼みこんだぞ? だが帝都のお偉いさんもなかなか話を聞かなくてなあ」
見え見えの嘘に、村人の一人が我慢できなくなった。
「ホラ吹いてんじゃねえ! 帝都で贅沢三昧してたんだろうどうせ! モンスターの被害なんてしったこっちゃないってことで!」
「な、何を言う! そんなことをするわけがないだろ! ワシは村長だぞ!」
「証拠があるんだよ! このソロンさんが見つけてくれた証拠が!」
そう言って村人は俺を手で示した。
俺を頭の上に乗せたエスティアが前に進み出る。
「ほら、これだ」
ぽいっと、キノコマンが死に際に渡した血判状を見せる。
するとみるみるうちに村長の顔色が変わっていった。
「な! なんだこれは!」
「とぼけても無駄だ。お前の館の地下にいたモンスターが持っていたものだからな。その地下室には高級品が山とあったぞ。お前がモンスターと手を結んで私服を肥やした結果の物品が」
「な……う、嘘だ! そんなわけないだろう。だいたいなんだこいつは、スライムじゃないか! ワシよりモンスターの言うことを信じるのか!?」
村長が俺を指差して言うと、村民がやにわに足元の石を村長に向かって投げつけた。
「ひぃっ! な、何をする!?」
「あんたこそ何言ってるのよ! あんたが遊んでいる間、このソロンさんは何度も村の危機を救ってくれたのよ!」
「そうだ! お前なんて何もしてないじゃないか! モンスターだろうと人間だろうと、本当に村のためを思ってるのはどっちか俺達はよくわかってる!」
「あんたなんて村長の資格はない! ソロンさんの方がよっぽど村長になって欲しいわ!」
村長は「な……な……」と二の句が継げなくなっている。
ふふふ、村人も俺のことを完全に認めたようだな。
真の支配者に相応しいのはだれかということがわかったようだな。
「こいつを引っ捕らえろー!」
村人の中の一人がそう言うと、集まっていた村人は一斉に村長を捉えた。
村長を縄で縛ると、村人は帝都に移送してモンスターと手を結んだ罪人として処罰を受けさせると言いいずこかへと連れていった。
そして……
「よかったですね、ソロン様! 村長の悪事は暴かれましたし、村の皆様もソロン様のいいところがしっかり伝わっていたようです!」
アージェが自分のことのように喜んでそう言った。
そんな反応されると……いい配下だ、うん。
「もちろん、いいところは伝わってるぜ。なあ?」
村長を連行していった以外の、まだ残っている村人が俺に次々と声をかける。。
「本当にそうだよ。ソロンさんとアージェさん、それとエスティアさんがいなかったらこの村は今頃どうなってたことか。正直、三人に村任せたいくらい」
「僕もそう思ってた。村長がいなくなったし、新しい村長が必要だよね? それって、ソロンさんが一番よくない?」
「たしかに! 村を一番よくしてくれる人が誰かって言ったら、ソロンさんが一番かも!」
「なあ、いっちょやってくれないか?」
おいおい本当か?
村人がスライムの俺に村長になってくれと言うなんて。
たしかに、功績から言えば俺の逆テイムがなければ村は大変なことになってたわけだが、スライムを村長にしたいだなんて、なかなか柔軟性のあるいい村人じゃないか。
村を安住の地にするために、俺が村長なら都合がいいのは事実だ。
俺が住みよいように色々改革できるからな。
無論、それは必然村人も住みやすい村になることを意味するから、彼らにとっても悪い話ではないだろう。
「村長ですって、ソロン様!」
「へ~、いいんじゃない? 偉そうにできるし」
アージェとエスティアの二人も乗り気だ。
だったらもう、断る理由は何もないな。
俺はエスティアの頭の上から飛び降りて、体を膨らませて高らかに宣言した。
「わかった。俺がこのミスラスの村長になろう。まずは先代村長がボロボロにした村の立て直しを図る。明日から働いてもらうぞ!」
「「「「「」「はい!」」」」」
こうして、村長がスライムの村が爆誕した!
9
「素晴らしき就任の挨拶でした、ソロン様。何度も繰り返し聞きたいほどです」
「俺は何度も話すのは面倒だからやりたくないな」
かくして俺はミスラス村の村長に就任した。
とりあえず村人に周知するために村長の館(今では俺のものになった)の前に人を集めて挨拶したが、スライムが村長になることへの反発もなく無事に初仕事は終わった。
そしてアージェからねぎらいの言葉をかけられたところだが、俺に話しかけてきたのはアージェだけではなかった。
「ソロン様! 俺にも力をください!」
「あ、抜け駆けずるい! ソロンさーん、私にもその二人みたいに力を目覚めさせてー」
村人達が俺の前にやってきたのだ。
それも、『逆テイム』されるためにだ。
アージェとエスティア、二人が俺のスキルで潜在能力を開放されたことはすでにミスラス村民の間では周知のことになっている。
モンスターを鎧袖一触したほどの能力向上を、多くの村人が欲しがっている。
力は得るけど俺の配下になるんだがなあ。
まあ、人間なんてたいていどこかの組織に属してそこの配下になってるんだから大差ないのかもな。それなら能力激増する分、俺の配下になる方がいいか。
村人が優秀になれば村は発展するから俺としてもおいしい話だが、しかし俺の『逆テイム』には人数制限がある。
エスティアを逆テイムしたときは上限3人だったが、その後のゾンビ騒動とキノコを倒したことでさらにレベルが上がり、4人までできるようになった。
ということは、あと二人まで逆テイムができる。
村を発展させるためにどの村民を強化するのがいいか? よく考えなければ。
能力向上を願う村人が俺の前に数多く集まっている。
俺は彼らから職業を聞いた。
仕立屋、料理人、農家、運び屋、冒険者、大工、雑貨屋……。
さてこの中からふたりか。
…………………………。
よし、決めた。
「大工のファラ」
「はい!」
「まずはお前に力を与える。だが力を与えるかわりに村のために働いてもらう。いいな?」
「もちろんです! そのために能力をあげたにのですから!」
「よし、では光を受け入れろ」
俺はファラに『逆テイム』を発動する。
俺とファラを光が包み、そしてファラは俺の配下となった。
「これは……すごい! わかる、わかります! 今ならなんでも建てられる気がする!」
よし、成功だ。
やはり大工だけでに建築関連のスキルを持っていたのだろう。
そのポテンシャルがマックスまで引き出せたなら、大幅に建築力が上がっているはず。
「次、農家のドリミー」
「おう!」
「次はお前だ。覚悟はいいな?」
「聞くまでもなかろうよ!」
「その意気やよし。では光を受け入れろ」
俺は『逆テイム』を発動した。
光に包まれたドリミーは目を爛々とさせて
「これは……いいじゃないか。早速仕事をしてこよう」
こちらも農業系のスキルが覚醒したようだ。
これでよし。
「ではふたりともしっかり働いてくれ。今は逆テイムできる人数はこれが上限だから、残りの者は自力で頑張るように」
「えー」
「力はお預けか~」
「私もテイムされたかった~」
「そう残念がるな。逆テイムした者が力を使えば俺の経験も増す。そうすれば逆テイムできる人数も増えて、追加で覚醒させられるから」
あぶれた村人をなだめ、仕事に戻らせた。
さらに逆テイムした二人は、村人の中でも図抜けた仕事ぶりを見せてくれるだろう。
さて、今後どんな働きを見せてくれるか、村長として村の様子を把握しつつ、成果を待つとしようか。
まず頭角を現したのは大工だった。
ゾンビ達に壊された建物をあっという間になおしていったのだ。
俺も修理の様子を見ていたが、重たい木材を軽々と同時にいくつも運び、あらかじめ作りたい形に空中に木材が自動で移動していき固定し、それに釘を打ったりうまく組み合わせたりして作っていた。
これが建築スキルを極めた効果なんだろうな。足場を組んだりとかそういう手間が大幅に削減される。
ノコギリで木材を整えるのも、トーフみたいに楽々切れてたし、大工のファラ自身も、ジャンプでふわっと屋根の上まで登ったりして、めちゃくちゃ効率的に作れていた。
それから大工のファラは、モンスターの襲撃に備えて防護壁を作ったり、物見櫓を建てたり、樽や箱も村民のためにサクッと作ったり、町の復興にとって八面六臂の大活躍をした。
キノコゾンビ達にずたぼろにされた村は、二週間もすると以前と変わらず、いや、それ以上に立派に頑健な村になっていた。
俺も村をまわってその様子を見て大満足。
このために、ファラを逆テイムしたのだから。
村を修復することが急務だったし、そのあとも今後の襲撃に備えたり、村を大きくするなら建物は必須。となるとやはり一人は大工だろう。そう思ってまずファラを選んだというわけだ。
「こんなに早く復興するなんて、ファラ様には感謝ですね。ソロン様はここまで見越して、あの方を逆テイムしたのですね。こういった使い方も思いつくとは、さすがです」
アージェも復活した村に驚いている。
戦う以外にも逆テイムは使える、いやむしろそれこそが本領かもしれない。
となると、農家に逆テイムしたのも効いてくるはずだ。
その効果はさらに二週間たつころにははっきりと現われた。
「もう収獲できたって本当か!?」
「ああ。しかも豊作を超えた豊作、超豊作だって。ドリミーが今野菜を配りまくってるぞ急げ!」
その日の村は浮き足立っていて、農家へと向かって村人がダッシュしているのを俺は目にした。
ついに来たか!
俺もぴょんぴょんとスライムの柔らかボディを跳ねさせて農家へと向かう。
かつてミノタウロスが荒らしていた畑だが、今ではそこは。
「うわ、みっしり」
「すげー! これで冬が越せるぞ!」
「どうやって育てたの!?」
畑の作物がもはや森かと見紛うほどに成長し、所狭しと大きく育っていた。
実は鈴なりに、葉は孔雀の羽の用に大きく優雅に広がり、根菜は地面が変形するほどに育っている。
「本当にどうやったんだ? すごいなこの量は」
農家のドリミーに俺が聞くと、誇らしげに畑を見て教えてくれた。
「ソロン村長の逆テイムで俺の農家としてのスキルも限界まで上昇したんだ。それで農業を有利に進められるようにいろいろとなってな。まずは肥料。スキルを使って大地を肥沃にすることができるようになった。肥料いらず、というか肥料よりも効果がでかい」
なるほどそれでこんなに成長したと。
いや、それにしてもどんだけ栄養豊富なんだという感じだが。
「それに野菜自体も強化できた。虫害、病気、暑さ寒さに強く。味を良く生育を良く。普通なら品種改良するところを、スキルでやったって感じだな。おかげでこんなに大量に収獲できちまった。しかもたった一ヶ月で」
農業スキルを極めるとそこまでできるようになるのか。
やはりドリミーに力を与えてよかった。
「ってことで、今日は村の皆に野菜を配る! あのクソウシモンスターのせいでひもじい思いをしばらくしてたからな。腹一杯食ってくれ!」
村人達から歓喜の歓声があがる。
俺達が退治するまで、ミノタウロスたちに食料が狙われていたから、結構長いこと食うや食わぬやの生活をしていたのだ。
ミノタウロスは倒したが、だからといって食料が一瞬で湧いて出てくるわけではもちろんなく、しばらくの間村人は飢え続けていた。
そこに大量収獲からの大量配布宣言。
村民が大喜びするのも当然だ。
早速色々な野菜や果物や豆が大量に村民に配られ、料理するもよしそのままかじるもよし、サラダにシチューに野菜炒めに、空きっ腹を満たすために村中で野菜が貪られてた。
やはりドリミーを選んで良かった。
例のミノタウロスのことがあったから、食糧不足は懸念していた。
何を置いても飯がなければ戦はできぬからな。
だから食の源となる農家を逆テイムしたのだ。
それは見事に当たり、俺の予想以上の結果を出してくれた。
さすがにもうちょっと時間がかかると思ってたけど、農業スキルを極めるとすごいんだなと感心するしかない。
こうして以前の村長のやらかしたせいで荒廃していた村は、すっかり元通り以上に復興した。
しかもこの一ヶ月の間に俺の『逆テイム』スキルレベルも上がったので、さらにいくつかの職業の人を逆テイムした。
彼らの分野においてもミスラスの村はガンガン発展していくはずだ。
新生ミスラスの前途は明るいね。
と、いい感じに村が発展してしばらくたったころ。
俺もミスラスの前途を祝して、村長の館でまだまだ大量にある農作物でパーティ(西瓜&トマトメイン)していたのだが、
カンカンカンカン!
カンカンカンカン!
突然、村に鐘の音が響きわたった。
館の外に出ると、
「モンスターだ! モンスターが来たぞ!」
その声はこの前建築した物見櫓からだ。
早速役に立ったな!
「久しぶりにモンスターですね!」
「腕が鳴るわね」
アージェとエスティアもすぐに来て、防衛を固める。
物見櫓のところに行くと、見張りをしている村人が報告をする。
「結構な数のモンスターが村をめがけてます! もうすぐ来ますよ」
「こっちにはアージェとエスティアがいるから負けることはないだろう。だが数が多いのは厄介だな。同時に複数の箇所を攻撃されるとカバーしきれない」
「戦えるのは二人だけじゃないですよ、村長」
声に振り返ると、多くの村民が武器を持って待機していた。
その顔は自信満々に見える。
「やれるのか?」
「もちろん! あの野菜を食ってからっていうものの力が溢れて止まらないんだ! こんなこともあろうかと武器の訓練した時も自分の力に驚いたくらい」
どうやら、あの野菜は単にたくさんとれるだけじゃなく、体力や技術にバフをかける効果まであったらしい。
どうりで最近村人が張り切って仕事してると思ったよ。
「頼まれて訓練の指導をしたことがありますけど、本当に皆さんすごい力がついてますよ。並の兵士以上です」
とアージェも言っている。
一般村民がそこまで強くなるとは……スキルで限界まで強化された野菜恐るべし。
「やれるならもちろん、異存はない。俺達の村は俺達で守ろうじゃないか!」
「おおおおおお!!!」
今来ているのは、影の狼や、小さなミノタウロス、インプ、キノコっぽいモンスターなどなど。おそらく過去しばらくの間村を襲っていたモンスターの残党。そいつらが一気にやってきたんだろう。
これを蹴散らせばもう安心なはずだ、頼んだぞ村民達よ!
――結果は、圧勝だった。
「やっぱりな、もう櫓の前で構えていた時からわかってた」
野菜で強化された上に大工のファラが建築した防護柵や櫓などを有効活用し、うまく立ち回ったこともあり、村民でも問題なくモンスターを撃破していった。
たまに混じっている強めの個体はアージェやエスティアが対処することで、量を村民が捌き、質は二人が捌くという見事な分業がはまり、モンスターの襲撃を完璧に跳ね返すことができたのだ。
戦いの熱気も冷めきらぬ前だというのに、村民達はもう各々の本来の仕事に戻っている。
なんというやる気に満ちた村民達。
体力も気力も有り余っているようで、頼もしい限りだ。
これなら俺がずっと安心して暮らせる村を間違いなく作っていってくれるだろう。
俺は念のために村を一周回って、損傷や狩り残したモンスターがいないかチェックしている。安全、快適に生きていける村のためには、そういう瑕疵があったら困るからな。俺の理想の村のためには村長も働かなければ。
すると、正面の道からアージェが歩いてきて、合流した。
「同じことを考えていたのですね、ソロン様」
「そのようだな。働き者がたくさんいる村で助かる」
「ソロン様が一番働いてますよ」
一緒に村を見回りながら俺達は話していた。
「俺の村だからな。でもおかげでもう完璧に安全で快適に暮らせる場所を手に入れられたみたいだ。モンスターの襲撃すら撃退できる村だものなあ」
少し前までは森の中でモンスターに追いかけ回されてたって思うと、信じられないいい境遇になったよな本当。
でかい家で、雨風に晒されず、毎日新鮮な食べ物にありつけ、モンスターからも人間からも安全。俺が以前欲していてずっと手に入らなかったものが全てここにはある。
それもこれも逆テイムのおかげだな。
本当にこの力に目覚めてよかった。
「……ただ」
「どうかしたのですか、ソロン様」
「安全に暮らせれば十分だと思っていたが、満たされると欲が出てくるものだ。俺は村をまだまだ発展させる。より満たされる村になるように」
アージェはにっこりと笑って頷いた。
「絶対できますよ! ソロン様なら。この村にはソロン様のおかげで、他の村や、町や、なんなら帝都にもいないような凄腕で仕事をする人達が今やたくさんいるんですから!」
「彼らが力を振るってくれれば、さらなる発展は間違いなし、か。俺も逆テイムのレベルを上げなきゃな。自分も能力を上げたいって志願してる村民は山のようにいるし。明日からまた頑張って行くとしようか」
「はい!」
そして俺は、アージェとともに村の見回りを続けていく。
未来の素晴らしい村の姿を想像しながら。
一年後、帝国に一つの村の名が知れ渡ることとなる。
その名はミスラス。
食料、職人、商業、景観、武力。
あらゆる分野で他の町や村を凌ぐほどの繁栄を驚くほどの短期間で成し遂げた村。
その村は風変わりな村長の指導のもと今の繁栄があるという。
丸くてぷるぷるした軟体生物、スライムの村長のもとで。
完