次は、キミとどこへ行こうか?
私の愛車にこれを捧げる。とか書いちゃう類のお話です。どうぞお楽しみください。
週末、君と小さな旅に出る。
どこか遠くの古本屋、物語を探しにいくんだ。
ドライバーが私で、助手席は君。
その日、たまたま自動車の走行距離を見たんだ。
涙がこぼれた。
中古でキミを買ったときは、31415キロメートル。
まるで円周率みたいだねって笑ったもんさ。
これまでの累計走行距離は、90172キロメートル。
ずいぶんと、長い付き合いになる。6~7年ぐらいかな?
良いことも悪いことも、色々あったよね。
たぶん、10万キロが限界だと思うんだ。
あと、9828キロかって思った瞬間に、涙がこらえられなかった。
なんだろうね、不思議だね。
買ったばかりの頃は、車なんて消耗品だと割り切ってたよ。
次の車検の時期は、そう遠くないんだよね。
キミはもう、時代遅れのガソリン車でさ。
会社の出張でハイブリッドの社用車を借りたときは、びっくりしたよ。
燃費が3倍ぐらい違うんだもの。
世の中に合ってないね、世界に合ってないね。
私に合っていることだけが、取り柄みたいなもんさ。
キミとの残り時間が、1キロずつ縮まってく。
それだけで、どうしても心が痛むんだ。
無理すれば何とかなるかな?
エンジン周りに足回り、ゴム製の部品に発電機とかさ。
全部交換しちゃえば、まだ乗れるかな? そうすれば、まだ。
でもさ、中身全部取り替えて外見だけキミのまま?
それでいいのかな? それって本当にキミなのかな?
金さえ掛ければ、ってそういう問題なのかな?
どうなのかな? 疑問が尽きないよ。
私はどうすればいい?
世界は今日もくるくる加速してるんだ。
地球さんも加速してて、うるう秒もマイナスになるかもってさ。
キミより加速してるんだろうね、ハイブリッドにEVに、と。
そんなに焦らなくてもいいのに、って。
一体、誰が運転してるやら。思わず溜息つきたくなるんだよ。
涙の理由だって、分かってるよ。
キミと私を重ねただけ。
どこからともなく遣ってきて、いつともしれず去っていく。
そんな私と、君と、世界の全て。それをキミに重ねただけ。
なんてことない、理解ってるよ。
数年前、祖父を亡くして数日経ったとき。
泣きじゃくる母に、伝えたことがある。祖父ちゃんはお空に還ったんだよって。
俯いてちゃダメだって。地獄に祖父ちゃんは居ないんだって。
しゃんと背筋伸ばして、地面に足つけて胸張ってないと、ダメだって。
そうじゃなきゃ、天国の祖父ちゃんが心配するだろって。
車選びを手伝ってくれた祖父の話も、この涙腺に拍車を掛けるんだろうね。
ああもう、どうしようもないな。運転中なのにな。
アクセルを緩めて、車間距離を少し広げる。
ああそうだ、上手な車の乗り方って知ってるかな?
私が気付いたのは7万キロを超えてからだったんだけど。
運転のコツはさ、ブレーキを踏まないことなんだよ。
ああもちろん、赤信号は踏むよ? 飛び出しがあれば急ブレーキ。当然だね。
でも、アクセルペダルを離すだけでもエンジンブレーキは掛かるんだ。
だから、車間距離をとって、アクセルはほどよく、ブレーキを踏まずに済むように。
燃費に優しいし。ブレーキランプが必要最低限なら、後続車にも優しいし。
視界は開け、雨雲は去り、晴れ間が差す。
絵画のようなって形容は大袈裟かな? 大袈裟だな。
こんな時ぐらいレンブラントを魅せてくれよって思うけど。
空を見たんだ。祖父ちゃんが居る空を。
そうなんだなぁ、って思うしか、ないんだ。
きっと、命も、資源も、経済、世の中の流れってやつもさ。
廻ってるんだね、ずっと、ずっと。
いずれ私はキミを手放して、でもそれは嫌いになった訳じゃなくて。
世界の回転を止めたくないんだね。ブレーキはなるべく踏みたくないやって。
それが1番美しいって、異存はないよ。
キミとのお別れは、ほんの未来の物語だ。
いつか私も同じように、でも、まだまだゆっくりしていく予定。
まぁ、キミは一足先に自動運転車にでも生まれ変わってて欲しいんだ。
また逢えるかもしれない、それで胸を張って生きてゆけるから。
過去と未来を繋ぐ接続詞に、「さようなら」に向かってゆけるから。
そして、私はアクセルを踏んだ。
次は、キミとどこへ行こうか?
???「というわけで、週末はネタ&古本を求めてドライブに行ってきました」
†「なぜオイラに報告するし」
???「朝早過ぎて古本屋空いてないから、途中で時間調整しようと浜松の喫茶店に寄ったんだよ」
†「それで?」
???「もへじ珈琲店って名前だった。それで、へのへのもへじな案山子を思い出した」
†「お。おう。で、どうだったの?」
???「ウガンダコーヒーめっちゃ美味かった! 特に深煎りオススメ!」
†「って書きてぇから、連日短編上げたってのか?」
???「そゆこと。この短編は3時間掛けずに書けた!」
†「いつもそうならどんだけ(以下略」
※この物語はフィクションです。実在する車両、運転方法、交通法規などとはほどほどにしか関係ありません。運転のコツなども鵜呑みにせず、私たちのそれぞれ工夫の上で、安全で優しい世の中になることを願っています。
次回は目的と手段が交錯する話、『Gänger<ゲンガー>』。明日更新!
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