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荒鷲と海賊と  作者: Ⅵ号鷲型
2/2

逆ガルの海賊

武装民間機への勧誘の話を受けてから三日後。

アレックスはいつも通りの哨戒飛行や輸送船の護衛、そして市街地に接近する竜の邀撃と変わらない日々を送っていた。

正確に言えば、少しずつ変化してはいる。


大尉に持ちかけられてからは、話を聞きつけた仲間からはやっかみやらなんらやらの弾幕を受け、果てには上官に呼び出され、そこからは書類との格闘戦が待ち受けていた。

生まれてこの方、事務方のやるような仕事とは縁が無かったが故に非常に苦戦を強いられた。

翌日が何も無ければ午前、午後丸ごと書類との戦いで潰れる日すらあった始末だ。


書類を片付けていた時、部屋に現れたのは大尉だった。

何事かと思えば軍曹がたった一言、ついてこいと言うだけで、何かやらかしたのではないかと内心冷や汗まものだ。


歩くこと数分。

辿り着いたのは宿舎からは遠く、奥まった位置にある格納庫だった。


「あの、これは一体・・・・・・」

「質問は後だ。今以上に質問したくなるだろうからな」


不敵な笑みを浮かべるにアレックスはひたすら頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

さては体目当て、という訳では無いだろう。

出るところは出ているし、中性的だが割とイケる方だという自信は多少ある。

しかし、それを差っ引いても口の悪いガサツ女に手を出す物好きはそうそういないだろう。


「さてと、海兵隊からお前にプレゼントがある」

「な、なんですか急に・・・・・・ まだクリスマスでも誕生日でもないですが・・・・・・」

「いいから黙ってろ」


疑問を頭に浮かべたまま、格納庫に入っていく二人についていく。

疑問は後から解決しよう。


そして格納庫に入った途端に疑問は解決され、大尉の言う通り様々な質問が浮かび上がる。


何せ目の前にはF4Fとは全く違うシルエットの機体がいたのだから。

主翼は特徴的なカモメをひっくり返したような逆ガル翼に長い胴体。

キャノピーの位置はやや後方にあり、そして大型のプロペラが地面と当たらないように長くなったランディングギアは着陸時の視界は悪そうだ。

この機体の正体が何かはなんとなく分かった。


「ヴォート社製、F4U コルセア・・・・・・」

「あぁ、ウチの部隊にも遂に配備されてな。数はまだまだ足りないが、ようやく船便で届いたんだ。コイツはこれからお前の機体になる」


三日前の相棒との別れの挨拶の真意はこれだったのか。

てっきり機体を手放し、現地で適当な中古品を買うものばかりと思っていた私にとってはとんでもないサプライズだった。

何せ本土の部隊に配備され始めた代物だ。

まさか最前線に届くとは驚きが隠せない。


「ほ、本当に良いのか大尉!?」

「耳元で騒ぐな! 翼を広げるな! さっきも言っただろうが!」


アレックスの歓喜の声に負けじと怒鳴る大尉のやり取り。

もはやこの隊では恒例のコントであり、いつもの日常風景だった。

なんとか喜びに沸くアレックスを落ち着かせた大尉は大きく咳払いし、元の表情に戻る。


「マニュアルは今日中にしっかりと読んで頭に叩き込め、すぐに慣熟飛行に入るぞ。時間はあまりないんだからな」

「了解、大尉」


大尉の険しい表情にアレックスも直ぐに年相応の女から海兵隊員の顔へと変貌する。

ここからが本当に忙しくなると覚悟した。

しかし、新しい翼を手に入れられたと思えば安いものである。

少なくとも自分にとっては。

大尉から手渡されたマニュアルを手にするやいなや、私は即座に一ページ目から穴が空くほど隅から隅まで見始めたのは言うまでもない。


その日から丸々五日間、ただコルセアを飛ばす為にマニュアルを読み、そしてたまにコクピットへと座り込んで計器類や操縦桿を握って実際に確かめるを繰り返した。

元から勉強は苦手であり、本を読む事もあまり無かった私だったが、コルセアの操縦マニュアルを読むのは苦にならなかった。

むしろ、それが楽しいのだ。

本に目を通して楽しいと思えたのはワイルドキャットの操縦マニュアルか漫画くらいなもの。


しかし、マニュアルでは分からないこの機体のクセやスペックをまだまだ知らない。

飛行機はやはり飛ばしてこその代物だ。

しかしデータでの性能は乗っていたワイルドキャットを凌駕する。

特にその大馬力のエンジンが生み出すスピードには期待大だ。

ページを読み進め、気になる箇所はメモを取っていく。

コクピットの何処に何があるかはもう頭にだいぶ叩き込んである。


少なくとも、何時でも飛ばせる自信はある。

空戦については機体の得意不得意があるのでそこは臨機応変に対応すればいい。



そして迎えた訓練飛行当日。

前日に少し早めにベッドに入ったのが功を奏し、十分な睡眠が得られた。

無論、ベッドに入ってしばらくは遠足前な子供のように期待と興奮で眠りに付けなかったのは当然だ。

だからといって寝不足のまま飛んでいい理由にはならない。


飛行服と飛行帽を被った私は格納庫から出された新たなる相棒、コルセアの元へと向かう。

まっさらな濃紺の迷彩が施された機体は静かに新たなる主を待っているかのようだった。

主が自分の乗り手として相応しいかを品定めしているかのようにも思える。

ならば、ここは自らこそ相応のパイロットである事をコルセアにも教えこまなければ。


「よっしゃ、それじゃあやるか! 頼むぜ兄弟!」


軽く胴体を叩いて右の主翼付け根へと回り、胴体にある四角いタブを引いてフラップを下げ、四角く穴が開けられたステップに左足をかけた。

そこからは軽いクライミングみたいなもので、えっちらおっちら機体へとよじ登り、苦戦しながらも搭乗には成功。

まだ慣れれば良いのだろうが、クライミングを暫くやらなければならないのかと思うも少し気が滅入る。


「はぁ~、やれやれだよったく」


コクピットのシートに腰を据えてもすぐに飛べる訳では無い。

すぐさまベルトを装着して計器類チェックを始める。

ここで不備が見つかれば、お楽しみがお預けになるだけで済むが、飛んでから事故を起こしては洒落にならない。

地べたに落ちた獲物に群がるアリのように機体に取り付き、作業を進める整備士達と同様に飛行準備を着々と進んでいく。

飛行士と同じくいつもはバカをやる間柄だが、仕事となればその動きはまさにプロフェッショナルそのもの。

慣れない新型機のはずなのに心強い限りだ。


チェックリストを挟んだバインダーを再確認していると、いつの間にか全ての作業が終わったのか作業員達が蜘蛛の子を散らすように機体から離れていく。


いよいよ待ちに待った瞬間が訪れた。





「さてさて、お前さんはどんな動きを見せてくれるんだァ?」


コルセアは2000馬力のエンジンを回し、空を自由に舞う。

やはりパワーがあるのか加速性に関しては文句ない。

飛行場を離れてから振り返ればもう飛行場が遠くなっている。

なんでやつだ。恐らくこれなら高速を飛べる竜を相手しても遜色ないレベルなのは間違いないだろう。

スロットルを上げれば上げるほど加速していくコルセアに思わず歓声を上げてしまう。


「ヒャッホー!! 速いなぁ!! やっぱり新鋭機ってのはいいもんだ!」


喜びを表すようにグルグルと機体をロールさせ、今度は操縦桿を倒し高速で旋回させる。

自分の体がシートに沈み込み重さを感じ取るが、苦にはならない。

それよりもワイルドキャットでは出来なかった高速での急旋回を成し遂げた興奮が勝っていた。

かなり機体が頑丈に造られているのだろう。


「いい機体じゃないか・・・・・・」


本当にこれはいい機体だ。

シートと背中に挟まっている翼が無意識にモゾモゾと動いているのは歓喜に満ち溢れている証だ。

とにかく楽しい。

このままずっと、何処までも飛んでいたいくらいに。


そんな事をぼんやり考えていると、横には大尉のコルセアが並走しているのに気付いた。

しかし、楽しい時間というのは本当に僅かなもの。

無線で大尉の声を耳にした時、ハッと現実世界に引き戻されてしまう。


《おい、あんまりはしゃぐなよイェーガー少尉。テストフライトは済んだか?》

「もう少しコイツと一緒に飛びたいのですが・・・・・・」

《バカ言うな。もう時間がビンゴだぞ。さっさと降りろ》

「了解・・・・・・」


おもちゃを取り上げられた子供のような膨れっ面をしてみせる。

だがまぁいい。次の機会にまた思いっきり飛ばせばいい話だ。


コルセアから降りれば整備兵達が飛行後の点検作業に追われ、私は飛行帽を脱いだ。

海から吹く潮風が頬を撫でる感触が心地好い。

装具を全て外し、思いっきり翼を背を伸ばした。


大きく広げた翼が風に吹かれ、擬似的に空を飛んでいるかのような感覚になる。

二、三回大きく羽ばたかせてタバコを取りに行こうとした。


「んぁっ・・・・・・! あぁっ・・・・・・!」


背伸びした時に強調される膨らみに何人かの若い整備兵の目線が刺さる。

何を想像しているのかは知らないが、僅かに頬が赤くなり、口元がだらしなくたるんでいるのは気の所為ではないはず。

男の考えることなんざ分かりやすいものだ。

特に若そうな整備兵に至っては釘付けになったまま手が止まってしまっている。


「やれやれ、こんなのの何処が良いんだか・・・・・・」


自分の胸にあるそれを少し持ち上げてみる。

確かにある方ではあるが、正直に言えばちょっと邪魔だ。

生身で飛ぶ時にも空気抵抗になってしょうがない。

男を誘うのには最も効果的なようで、何かと便利だ。

増槽のように脱着出来ればいいのだが、そうもいかない。


「女ってのは案外厄介なモンだよなぁ・・・・・・」


ぼやいたところで急に性別が変わったり、種族が変わったりすることは無い。

無いものを羨むのは誰だろうと同じ。隣の芝はなんとやらってやつだ。

大あくびしてタバコをポケットから取り出し、またいつもの定位置に向かう。


くだらない事を考えながら、ふと基地を見渡す。

暑いだけでなんの取り柄もない基地だが、それでもこの景色を見る日はそう多くない。


最初に来た日は暑さにへばって元からいる海兵達に笑われ、編隊長にしばかれたのも遠い昔に思える。

立ち上る紫煙の先を見つめ、過去に思いを馳せながらの一服も悪くない。


また、今日も一日が過ぎていく。

除隊する日が近付くのを感じ取りながら。

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