最高の人生の幕開け
教会の鐘が、高らかに鳴り響く。
「いいね。素敵だ、エリシュカ」
目を細めて頷くのは、ブレイクだ。視線は、白いドレスに施された刺繍飾りを向いている。
「叔父様は叔母様の刺した刺繍ばっかり見てるじゃないですか!」
「いやいや。さすがレオナは手先が器用だなって思って。君のこともちゃんと見ているよ。似合っている」
「もうっ。いいです。私もこの刺繍、とっても素敵だって思ってますから」
レオナは、白いドレスの縁全体に、金糸と緑の糸でツタ模様を入れてくれた。キンスキー領の森林の緑を思わせる色で、エリシュカは一目見た瞬間に気に入った。
「ふふ。似合うわ。エリシュカちゃん」
「叔母様。本当にありがとうございます」
レオナも、今日は見たことのない青いドレスを着ている。じっと見ていると、「ブレイクが買ってくれたのよ」とほほ笑んだ。
レオナが目覚めてからというもの、ブレイクの彼女への溺愛は止まらない。
そこへ、リアンがやってくる。
「なあ、これ本当におかしくないか?」
フロックコートの胸もとを直しながら、着心地の悪そうな顔をしている。
「……着慣れないから、変な気分だ」
「とってもかっこいいです、リアン」
エリシュカが満面の笑みを浮かべると、リアンは口もとを緩め、柔らかく笑った。
「エリシュカは似合うな。かわいい」
「……!」
そんな直接的な褒め言葉がもらえるとは思わず、うれしさに微笑んでいると、生温かい視線を感じた。
「お熱いことだねぇ」
「お、叔父様! からかわないでくださいっ」
反論したエリシュカに、周囲からは笑い声が上がった。
*
今日は、リアンとエリシュカの結婚式だ。
伯爵となったのだから、本来ならば貴族として豪華な結婚式をしなければならないのかもしれないが、キンスキー領の再出発として、質素倹約をモットーに領土内にある教会で、こじんまりと行うことにしたのだ。
もちろん新伯爵と夫のリアンのお披露目は必要なので、近隣の貴族には、結婚後、正式に招待し晩餐会を開く予定である。
「本当に素敵よ。エリシュカ」
リーディエとヴィクトルも、『魔女の箒』を臨時休業し見に来てくれた。
「リアンも、意外と様になってるじゃん」
「意外とって言うな」
普段、軽装で、しかも着崩していることの方が多いので、会う人みんなにからかわれている。
「王子様みたいでしょう?」
「ぶはっ」
エリシュカは素直に感想を述べたが、ヴィクトルがひーひー笑い出した。
「にあわねー。リアンが王子様……」
「やめなさいよ、ヴィクトルさん」
リーディエに小突かれても、ヴィクトルは笑うのをやめない。
リアンは仏頂面のまま、ヴィクトルを睨んでいる。
「おかしくないですよ。本当に。リアンは昔から、私の王子様なんです」
「……エリシュカはよく照れずにそんなこと言えるな」
「本当のことですもん!」
軽やかに微笑み、リアンの腕にしがみつく。
「さ、そろそろ始まるよ。ちゃっちゃっと誓って、屋敷でいいもの食べようよ」
「もうっ、ブレイク、夢がないわね。……エリシュカちゃん。今日をしっかり楽しみましょうね。人生で最高の日だもの」
「はい。叔母様」
小さな教会なので、式も簡易的なものだ。
揃って入場し、神父の前で一礼する。互いに誓いを立て、神に結婚を報告し、結婚宣誓書に署名する。退場の後に、フラワーシャワーというイベントが用意されている。唯一の華やかな演出だ。
「エリシュカ・キンスキーを妻とし、生涯ともに添い遂げることを誓いますか?」
「はい」
リアンがよどみなく答え、同じ問いかけに、エリシュカも「はい」と答える。
そして誓いのキスだ。
緊張したまま顔を上げれば、リアンが優しい目でエリシュカを見つめている。
「約束するよ。お嬢の……エリシュカの望むものはこれからも俺が作る。魔道具も、家庭も、一緒に」
「リア……」
名前を呼ぶ前に唇が触れた。
ずっと、エリシュカを支えてくれたリアン。これからは彼が夫になるのだ。ふたりで作る家庭はきっと、前世の家族のように温かいものとなるだろう。
「こたつ、おきましょうね。みんなで入るんです。この先、子供ができたら、家族で囲みましょう?」
「ああ」
にっこりと笑い合い、署名を終える。
揃って参列者に礼をした後は、参列者たちが先に教会の外に出て、フラワーシャワーの準備に入る。
エリシュカとリアンは腕を組んだまま、教会の扉が開けられるのを待っていた。
「なんだかわくわくしますね。魔道具を作るときと一緒」
「そうだな。エリシュカといるとわくわくしてばかりだ」
教会の扉を開けると、先ほど、教会内にいた人数よりも多くの人間が待ち構えていた。
「エリシュカお嬢さん! おめでとう!」
高らかに声を上げるのは、レイトン商会の木こりたちだ。
「みんな……」
キンスキー家の使用人や、町の人々もいた。
「俺たちの伯爵様だ!」
「バンザーイ」
「おめでとうございますー!」
教会の敷地を埋め尽くすほどの人数に、エリシュカは驚く。
「みんな……来てくれたんですか」
「もちろん。俺たちのお嬢さんの結婚だぞ。祝わなくてどうする」
あつまってくれたみんなが、笑顔なことが、エリシュカの胸を満たしていく。
「みんな、ありがとうございます! これからも、たくさん、魔道具を作って、みんなの生活を守れるようにがんばります。だから、みんなも手伝ってくださいね!」
「ああ。俺たちが支えるからな」
「俺たちの街だからな!」
伯爵という立場に降りかかる責任は、きっと生半可なものではないはずだ。
それでも頑張りたい。領民の笑顔を守りたい。
この願いを一生忘れずにいようと、エリシュカは誓った。
【Fin.】
これにて完結です。
つたないところがたくさんありますが、最後まで読んでくださりありがとうございました!