幸せを呼ぶ魔道具・4
木こりたちの話を聞いた翌日、エリシュカとモーズレイはブレイクとリアンにも集まってもらって報告をした。
ふたりは顔を見合わせ、難色を示した。
「ここに住みたいって?」
「一商会が土地管理者になっているのも異例なのに、領民まで抱え込んだら、さすがにいい顔はしないんじゃないか?」
それでは、土地持ちの貴族と同じになってしまう。貴族制度を重視するこの国では反感を買いかねない。
「僕たちは貴族相手に商売をしているからね。あんまり心証を悪くするのはなぁ……」
ブレイクが顎に手を当てて考え込む。すると扉がノックされ、彼の妻であるレオナが入ってきた。
「皆様、お茶が入りました」
「叔母様! 手伝います」
「いいのよ、エリシュカちゃん。私にも何かさせてちょうだい」
この冬の間に、ブレイクは植物が生成する魔力を蓄えるための魔道具を開発していた。
被験体となっているのはレオナで、結果は良好だと言える。
最初はほとんど起きていることのなかったレオナのために、ブレイクはまず、森の中に小さな家を建て、レオナのベッドをそこに移した。
定期的に換気をし、森の空気をふんだんに入れ込む。すると、レオナは少しずつ、目を開けている時間が長くなっていったのだ。
ブレイクもその家に滞在しながら、効果的に大気中の魔力を取り込むための方法を考え、その機構を作った。
森の空気から魔力だけを濾し取り、魔力の濃い空気を作り、さらに水に溶け込ませる魔道具を作ったのだ。
気体より液体、液体よりも個体のほうが同体積中に保管できる魔力が大きい。最も魔力を蓄えるのに適したものは個体である魔石だが、体内に取り込むという点においては液体のほうが都合がいい。
この高魔力水をレオナに与えると、起きていられる時間は格段に増え、起きている間も元気に動けるようになったのだ。
春を迎えた今では、レオナは一日五時間くらい起きていられるようになった。
動けるようになったレオナは、うれしくてたまらないらしく、率先して家事を行った。張り切りすぎて、ブレイクもエリシュカも心配になったが、彼女はバラ色に頬を染めて喜んでいる。もともと快活な女性なのだろうなということは、その姿を見ていたら分かった。
一緒にお茶の配膳をする妻と姪を眺めながら、ブレイクはぽつりと言った。
「最悪の場合は、この技術を使ってもいいかもね」
「え?」
リアンとエリシュカが同時に聞き返す。ブレイクは緩く微笑みながら、頬杖をついた。
「まあ、木こりたちにはあまり無茶はしないでほしいと伝えて。エリシュカの言う通り、お子さんたちの教育は大事だしね」
「では、皆さんにしてあげられることはないのでしょうか」
シュンとするエリシュカに、ブレイクは苦笑する。
「君にしょげられるのは弱いなぁ……。そうだな。生活が苦しい従業員に、無担保でお金を貸すのはどうだい? 兄上の政策でつぶれてしまってはかわいそうだからね」
「貸すのですか? 支援ではなく?」
「そうだよ。支援はその場限りでしかないし、こっちも慈善事業をしているわけじゃない。魔道家具は今売れているから、働き手は多いほうがいいしね。いいものを作って、儲けて、従業員に還元していく。これが商人としては最適なスタンスだよ。僕たちは施す者じゃなく、一緒にモノづくりをしていく仲間なんだからね」
「はい。じゃあ、皆さんにそう伝えてみます」
「頼んだよ。これに関しては、君が表に立つのが一番だと思う」
ブレイクが妙ににこにこしているのが気にはなったが、エリシュカは黙っていた。
*
王都の名門校・シグレイド王立学校では、生徒間で一波乱が巻き起こっていた。
「授業料を払わない貧乏貴族がいるんだって?」
探るような声に、マクシムとラドミールは目を見合わせる。
昨日父から来た手紙によれば、滞納していたが、ようやく金銭の目途が立ったため、支払いを済ませたという内容だった。だから、声高に語るアルダーソン侯爵子息チャーリーの言には誤りがある。
しかしそれを指摘したら、自分たちが滞納者だったことがばれてしまうため、口をつぐんでいるのだ。
「どこの田舎貴族かなぁ」
チャーリーはめぼしはついているのだろう。これ見よがしにキンスキー家の双子を見やる。
「あいつ……!」
「落ち着け、ラドミール」
いきり立ちそうなラドミールを、マクシムが止めた。金に困っていることを皆に知られれば、この学校で生きていくのが大変になる。
「姉上が、縁談を蹴らなければ……」
マクシムがため息とともにつぶやくと、ラドミールは首をかしげる。
「でも、最終的にはバルヴィーン男爵のほうから断ってきたんじゃないの?」
「最初の時点で輿入れしていれば、こんなことにはならなかっただろう?」
「なるほど? さすがマクシム。頭がいい」
何も考えず、ラドミールは頷いた。
マクシムは顎に手を当てて考える。姉はもう、キンスキー伯爵家の駒にはならないかもしれない。
昔から変わったことばかり言う姉だった。
幼い頃、自分たちには想像もつかないことを話す姉を、マクシムは憧れの気持ちをもって見つめていた。しかし同時に、彼女の言動が母親を苛立たせていたことも、幼いながらに感じ取っていたのだ。
結局、マクシムが選択したのは、母親の機嫌を損ねないことだった。あの家で一番の権力者が父、次が母だ。にらまれたら生き辛いことになるのは明白で、だからそれができない姉のことが不思議で仕方なかった。
本心と違えども、生き延びるために黒を白ということに何の問題があるだろう。
そうやって生きてきたマクシムにとって、姉は今になってもわからない存在だった。
「なあ?」
物思いにふけっている間に、目の前の机にごつごつした手が置かれた。顔を上げると、チャーリーが勝ち誇った顔でマクシムとラドミールを見下ろしている。
「なんだい? チャーリー」
「お前たちだろ? 学費も払えない、貧乏貴族は」
「何を根拠に。調べてみるといいよ、学費はきちんと……」
次の瞬間、鈍い音とともに、チャーリーが突き飛ばされていた。
マクシムは何が起こったのかわからず、瞬きをする。周囲から女生徒の悲鳴が上がり、あたりは騒然とした。目に映るのは、こぶしを震わせた双子の弟の姿だ。
「……ラドミール!」
「うるっせぇんだよ。この嫌み野郎」
一瞬、頭が真っ白になった。どんなに腹の立つことを言われたとしても、暴力はまずい。権力にひざまずいて生きる自分たちにとって、上流貴族に逆らわないというのは、生き延びるための決まりのようなものだ。なのに。
「何をしているんだ、馬鹿! 大丈夫か、チャーリー」
倒れ込んだチャーリーの頬は赤く膨らんでいた。頭を打ったのか、小さく呻いている。幸い、意識はありそうだ。
「弟がすまなかった。誰か、医務室に言って担架を借りてきてくれ」
「おい、なんでこいつをかばうんだよ、マクシム」
単純な頭のラドミールが憎らしい。姉といい、ラドミールといい、どうして自分の気持ちを殺して、うまく生きられないのか。
「お前も謝れ」
「いやだ」
「いやだじゃない!」
「ま、待ってよ」
おどおどした声で、止めに入ったのはフレディだ。
「こんなところで喧嘩しないでよ。医務室に運ぼう?」
「あ、ああ」
「……おう」
そうこうしている間に、ほかの男子生徒が養護教諭を呼び、担架も運んできてくれた。
教師はチャーリーの状態を確認すると、医務室へと運ばせた。
ふたりが、担任の教師から呼び出されたのは、それから三十分後のことだった。