幸せを呼ぶ魔道具・3
レイトン商会のコタツなる新しい魔道具が売り出されたのは、冬の初めだ。
最初に食いついてきたのが、カレルの街のテラス席もある食堂である。
「これからの季節、外のお客様が激減するんだよね」
これまでは、冬はテラス席を閉め、店内だけで営業していたのだが、コタツを導入することによって、天気さえよければテラス席でも営業できるのではないかという相談だった。
「足もとはコタツでカバーできますが、上半身はやはり寒いと思いますよ」
エリシュカは『魔女の箒』で接客対応中だ。木材の管理は週に一度現場を見に行き、世話役と打ち合わせをすればいいので、残る日はブレイクやリアンと商品開発にいそしんだり、出張販売員として『魔女の箒』で勤務したりしている。
「そうかぁ。じゃあ無理かね」
「でも風さえ遮れれば、いいアイデアだと思います。テラス席は景色がいいですし、一定の人気はありますよね。お店にとっても、通りすがる人に対して宣伝にもなるでしょうし。そこで提案なんですが、防風の効果を付けた衝立を併用するのはいかがでしょう。追加で費用はかかりますが、効果はこの方があがるのではないでしょうか。かかる費用を一覧にしてお出ししますので、よく吟味していただきたいです。可能なら、一度現場を見させていただいても構いませんか?」
「ああ。でも、あんまり高かったら俺らには無理だし、来てもらって買わないんじゃ悪いしなぁ」
「そんなことありませんよ。場所を見て、提案するのは私の勉強にもなりますから。ぜひ拝見させてください」
「そうかい? じゃあ」
エリシュカの営業は、誠実かつ丁寧で、その話しやすさから彼女が貴族の娘だなんて誰も思っていない。
エリシュカは、キンスキー伯爵家にいた時より、自分が自分らしくしていられると感じている。
(私、なんだかんだと接客が好きなんだなぁ)
小さなころから、どこにいても中途半端な気持ちだったが、ようやく落ち着けるところに落ち着いた気がする。
結局、食堂は三席分のコタツ席と、風よけ衝立を購入し、そこに座って効果を実感したお客たちが、家庭用にと買い込んでいくこととなる。
冬が終わるころまでに、レイトン商会と販売店である『魔女の箒』の収益はうなぎのぼりになっていた。
それがおもしろくないのはキンスキー伯爵である。
「くそ、エリシュカの奴、完全にリアンに騙されおって」
レイトン商会に売った山林は、保有者の変更が国に報告されており、そこに関わる国税もレイトン商会が支払っている。
当初、勝手に売る判断をしたことに対し、キンスキー伯爵に苦言を呈していた国王は、レイトン商会が魔道家具で収益を上げているのを見ると、手のひらを返したように喜んだ。
伯爵に山を遊ばせておいて、補助金をとせびられるよりも、土地税の支払いはたしかで、更に商会としても税金を支払ってくれる方が良いに決まっている。
そんなわけで、王家の税務担当者たちの中では、レイトン商会の評価が上がっているのに対し、キンスキー伯爵に対しては評価が下がっていた。
「なぜエリシュカは私に報告に来ないのだ」
管理をするために派遣したエリシュカを、伯爵は自分の持ち駒だと思っていた。
何度も家に戻り、報告をするよう迫ったが、エリシュカは来ず、ついに【もう屋敷には戻りません。勘当してほしい】という内容の手紙をよこした。
エリシュカはブレイクの屋敷にいるということなので、実際会いにも行ったが、使用人に追い返される。明らかに以前よりもガードが固い。
「旦那様、お手紙が届いています」
「ああ」
使用人から手紙を受け取り確認すると、マクシムとラドミールの学費の請求だ。
王都の名門学校に入れたため、学費が高い。しかし、ここに通わせれば、王侯貴族の子息とのつながりができる。伯爵以上の家柄ならば、無理をしてでも入れたい学校だ。
(くそ。よりによって双子なのが痛い。跡継ぎに向いているのはマクシムだから、ラドミールは退学させてもいいか……?)
しかし、跡継ぎではない男には、息子のいない家の、貴族令嬢の婿としての需要がある。もしそれでうまく他家の後継ぎのポジションにもぐりこめれば、御の字だ。それには教育を受けさせておかなければならないだろう。
「エリシュカの給金から支払えるかと思ったのだが、これでは駄目だ。……であれば、そうだな。儲かっているのだろうし、木こりたちから頂くとするか」
キンスキー伯爵はにやりと笑うと、すぐさま使用人を呼び、文書をしたため始めた。
*
木こりたちが暗い顔をしているのに、エリシュカが気づいたのは、春の初めだ。
「どうかしたのですか?」
エリシュカの問いかけに、最初は曖昧に誤魔化して笑っていた彼らだったが、若いひとりの木こりが耐えかねたように木の幹を叩いた。
「ああもう、やってられねぇよ!」
「きゃっ、どうしました。ジョンさん」
驚くエリシュカに、モーズレイが守るように前に立つ。
「エリシュカお嬢さん、アンタ知ってるのか? 伯爵様が税金を上げたこと」
「……え?」
エリシュカにとっては、寝耳に水の話だ。
「ど、どういうことですか?」
「コタツが売れて、お前たちも収入が上がっているんだろうと言って……。たしかに、伯爵領に住んでいる俺たちは、税金を払う必要があるけれど、仕事の収入の増減は関係ないだろう? 別に住んでいる伯爵領の地価が上がったわけじゃない」
ジョンの言うとおりだ。魔道家具の作成によって、木材の需要は高まっている。それによって、山林の地価は上がってはいるが、すでに手を離れているキンスキー家には関係ない話のはずだ。
「お父様ったら、また……!」
エリシュカは怒りに震える。どうして弱いものにばかり、負担を強いようとするのだろう。自分の父であることが恥ずかしい。
「私、直談判してきます」
「やめとけって、エリシュカ。また閉じ込められたらどうするんだ。リアンは絶対に許可しないと思うぞ」
「でも……」
モーズレイが止めたが、エリシュカは悔しさを我慢しきれない。木こりたちは、エリシュカにとっては一緒に頑張ってきた仲間だ。その人たちを苦しませているのが、自分の親であることが情けない。
「なあ、俺たち、ここに住んじゃだめなのかな」
木こりのひとりがぽつりと言う。
「木材を切り出したことで、少し家を建てられる空間ができたじゃないか。ここだったらレイトン商会の領地になるんだろ? 地代は商会に払えばいいだけじゃないか」
「ま、待ってください。でもそうしたらお子さんたちの学校とかの問題が出てきますよ」
地方の学校は、地方領主が出資して成り立っているため、領民でなければ入れないのだ。
「まあでも、俺らの子は皆木こりになるからなぁ。勉強ったって、大して……なぁ」
「駄目ですよ。読み書き計算はできないと、騙されることにもなりかねませんから」
「だったら、レイトン商会で用意してくれねぇかな。エリシュカお嬢様が教えてくれてもいい。俺たちがここに住んだら、領民だろ?」
どんどん、話が広がっていく。
このままでは、爵位も持たない一商会が、領民を抱えることになってしまう。
「お、叔父様とリアンに相談させてくださいっ」
パニックになったエリシュカは、それでひとまず木こりたちを落ち着かせたのだった。




