幸せを呼ぶ魔道具・2
午後には、リアンと共に『魔女の箒』へと向かう。馬に乗れないエリシュカのために馬車を用意してくれたのだが、丁寧にエスコートされ、いつもと勝手が違うことにドキドキしてしまう。
「リ、リアン。私ひとりでも乗れます」
「俺のエスコートが気に入らないのか?」
「そうじゃないですけど! 慣れないから恥ずかしいんです」
照れまくるエリシュカに、リアンはふっと微笑んだ。
「求婚している女性に対して、あたり前の態度をとっているだけなんだがな」
「き、求婚って……!」
「……お前、ちゃんと聞いてたか? 俺の昨日の話」
聞いていたし、ブレイクに念押しまでされて、あれがプロポーズだったことは理解した。
でもエリシュカにとっては、両思いだと分かったことだけでもすごすぎて、受け止めきれずにいる。
「まあ、結婚の話は、もう少し事業を軌道に乗せないと進められない話だからな。暴走するのは止めておく。ブレイク様にも散々怒られたからな」
どうやらブレイクは、恋愛下手なふたりのためにいろいろと間に入ってくれているらしい。
「でも、恋人だとは思ってもいいんだろ?」
甘い声。恥ずかしすぎて、リアンの顔が見られない。
「う、うん」
頷いたら、指先が触れた。ギュッと手を握られて、エリシュカは小さな幸せを実感する。
久しぶりの『魔女の箒』だが、外観や雰囲気は何も変わっていなかった。
「いらっしゃいま……エリシュカ! やっと帰ってきたのね!」
リーディエがエリシュカに気づき、飛びついてくる。普段はクールな彼女のそんな姿を見て驚いている薄茶の髪の女性が、おそらくヴィクトルの妹なのだろう。
「リーディエさん。ただいまです」
「もう心配ないの? なんか痩せたんじゃない?」
「大丈夫ですよ。今は叔父様のお屋敷にいます」
リーディエと話している間に、奥からヴィクトルが出てきた。
「おお、エリシュカ! リアンが付いてるんだから大丈夫だろうとは思ったが、良かったな」
「はい! ヴィクトルさんは店長さんになったんですってね」
「そう。どう? 貫禄ある?」
態度の変わらないヴィクトルにもまたホッとする。ヴィクトルの妹も紹介して貰い、しばらくは三人で歓談する。
「ヴィクトル、店舗の改装の話だけど」
リアンがヴィクトルに手招きする。
いずれはレイトン商会の商品も『魔女の箒』に卸す予定らしく、大型商品となるため、見本を展示して注文を受けるようにするなど、店舗での展示も工夫するらしい。
仕事の話を少しと、世間話を少しして、店を出た。
再び馬車に乗り込む際に、リアンがまたもや過保護なほどのエスコートを見せるので、扉が閉まる直前に、ニヤニヤと微笑むリーディエと目が合ってしまった。
恥ずかしくてたまらなくて、エリシュカはしばし顔を押さえたまま悶えていた。
*
翌日は、モーズレイとブレイク、リアンと共にキンスキー家から買い取った森林に行く。木こりや木材加工業者ともそこで落ち合うよう連絡してある。
先にモーズレイとブレイクが馬車を降り、エリシュカはリアンに手を支えてもらって最後に降りた。
待ち構えていた人々の視線が、一気にエリシュカの方に集まる。
「エリシュカお嬢さん!」
「良かった。俺たちは、伯爵家から見捨てられたわけじゃねぇんですね?」
エリシュカを囲むように集まってくるので、リアンは両手を広げてけん制した。
「落ち着いてください。皆さん」
「だって……。いきなり山林は売ったなんて言われたんですよ。俺たちゃ、これを生業にして生きてるんだ。だってのに、いきなりそんなことを言われて。伯爵様は俺たちのことなんて何も考えてくれやしない。……あ、すみません」
五十代くらいの男が、忌々しそうに言い、途中で我に返ったように謝った。
「いいえ。謝らなければならないのはこちらの方です。皆さんにちゃんと説明されてなかったんですね」
エリシュカが頭を下げると、木こりたちはすがるような目で彼女を見る。
「山林を買い取ってくださったのは、こちらのモーズレイさんとオーバートンさんが経営するレイトン商会です。彼らは今まで通り、キンスキー領で木こりとして働いてくださった方の雇用は維持するつもりでおりますし、賃金も今まで通りお支払いします。私も、管理に携わらせていただきますから、不満や要望があったら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
エリシュカの説明に、男たちは顔を見合わせ、ようやく安堵の息を漏らした。
「エリシュカお嬢さんがいるなら、安心だな」
たしかに彼らの立場に立ってみれば、いきなり仕事先を売られたのだ。新しい経営者の意向次第では失業してしまう。心配になってあたり前だ。
つくづく、自分勝手に動く父親に、エリシュカは呆れた。
「エリシュカ嬢には、あなた方との窓口を担当していただく。木材加工の代表の方はおられるかな。今後作っていく商品について、必要な部品の話をしたい」
リアンはそう言うと、加工業者との話に入る。エリシュカとモーズレイは、そのまま木こりたちとの伐採計画の打ち合わせに入る。
一通り話を終え、現場の確認に山に入ると、ブレイクが数名の木こりをつれて散策していた。
「やあ、エリシュカ。たしかに君の言う通り、ここに居ると力がみなぎるような気がするよ」
上を見上げれば、木々が枝を揺らし、日光をやわらげてくれているのが分かる。風は爽やかで、踏みしめる土からでさえも英気をもらえるような感覚がある。
「この方たちからも聞いていたんだけど、木こりたちは皆健康で、五十歳を過ぎても元気に働いているそうだよ」
「はは。ブレイク坊ちゃんたちは机にかじりつきすぎなんですよ。こうやって体を動かしていりゃ、健康でいられますとも」
初老の男性ががはは、と笑う。どうやら、ブレイクが子供のときにも働いていた木こりのようだ。
「こんな風に木々の茂った場所に、保養施設を作るといいかもしれませんね。森の空気を十分に吸えるような」
「そうだね。試しにここにレオナも連れてこようかな」
「ええ。検証もしないといけませんしね」
エリシュカとブレイクの会話を聞いていた木こりは、少し寂しそうに笑う。
「ブレイク坊ちゃんやエリシュカお嬢さんが、後継者だったらどんなに良かったですかね」
「え?」
「俺らは、領土のために必死で働いてきたつもりですよ。だが、木材の需要が無くなると、伯爵様は簡単にこの土地を売ってしまった。あなた方が事業に関わってくれているうちはいいですが、経営者が変われば、いつ何時仕事を切られてもおかしくない。俺らが税金を納めているのはここの経営者ではありませんからね。切られても文句は言えない。領内に仕事がないってのは、それくらい不安定なことなんです」
「そうですよね」
「……俺はまだいい。もう年ですからな。でも、若いもんの未来を考えれば心配です。生まれ育った土地ですし、思い入れは十分にあるけれど、このままキンスキー領にいて大丈夫なのかは不安になりますよ」
それは、おそらく平民たちの心の声だ。領主が利益だけを追い求め、領民のことを考え無くなれば、信頼関係は無くなり、やがて、領民の方から見限られる。
「……ごめんなさい」
エリシュカはいたたまれなくなって、謝罪を口にした。
「お父様が、……ごめんなさい」
ブレイクと木こりは顔を見合わせ、苦笑する。
「嬢ちゃんのせいじゃないですよ。いつだって俺らのために頑張ってくれたこと、知っています」
涙が出そうになる。彼らの生活を守るために何かしたい。無力なままでいたくない。
「エリシュカ。僕たちにできることは、事業を成功させることだよ。彼らの仕事を無くさないためにも、頑張らないとね」
「はい!」
改めて、土地を守る重要さを思い知った一日だった。
しばし別件が忙しく、更新が滞ります。すみませんー!




