幸せを呼ぶ魔道具・1
翌朝、セナフル邸での朝食には、リアンとモーズレイも訪れていた。
リアンとは昨日以来だったが、人前ということもあり、「体調は大丈夫か」という問いに頷く程度の会話しかしていない。
「じゃあ、一時間後、打ち合わせをするから」
ブレイクはそう言い、レオナの様子を見に二階へと行ってしまった。
残った三人はお茶を飲みながら歓談だ。
「しかし、俺がここに居ていいのかぁ。アンタが少年じゃなくて嬢ちゃんだってことにもびっくりしたが、伯爵様の娘だったなんてなぁ」
モーズレイが、エリシュカをまじまじと眺める。キンスキー邸で、モーズレイが動揺しないように、リアンとブレイクが最初から教えておいてくれたらしい。
「騙していてごめんなさい。あの時は家出中だったもので、変装していたんです」
「お貴族様にもいろいろあるんだな。まあ俺は、職なしの状態から、いきなり経営者として雇ってもらえてラッキーだったけど」
「言っておくけど、その分の働きはしてもらうからな」
腕を組んだまま、リアンがモーズレイを軽く睨む。
リアンいわく、モーズレイのそのガタイの良さと、腹の底から出る大声は、人から舐められず適度に威圧ができていいのだという。まだまだ若いリアンではその風格が出ないし、ブレイクも基本人当たりが柔らかいので、そのあたりは向いていないのだ。
モーズレイにとっても条件がいいから問題ないが、相変わらず正しい説明も聞かないまま、いいように使われているモーズレイが、エリシュカとしては心配になる。
今回作られた『レイトン商会』は、登録上は魔道具商会となる。出資者がブレイクとリアン。経営者がモーズレイとリアンという構成で、レイトンはモーズレイのレイとリアンの姓であるオーバートンのトンを合わせて作った名前だそうだ。
「そう言えば、リアンは『魔女の箒』の方はいいんですか?」
リアンは『魔女の箒』の店長だ。こちらは『ブレイク魔道具商会』の販売店舗である。
「ああ。商会の立ち上げと共に、俺は辞めたんだ。今の店長はヴィクトルで、販売員として、ヴィクトルの妹が増えている。あっちの店は完全に販売とメンテナンス受付の店舗になり、魔道具の作成の方はレイトン商会で引き受ける。レイトン商会の位置づけとしては、ブレイク魔道具商会の下請けという形だな」
「そうなんですね」
「ちなみにエリシュカは、レイトン商会の雇用という形になる。『魔女の箒』には午後にでも顔を出しに行くから、一緒に行こう」
「はい!」
ヴィクトルとリーディエに会うのも久しぶりだ。心配をかけたことを謝りたい。
エリシュカたちがお茶をゆっくり飲んでいる間に、ブレイクが戻ってきた。
「はい、お待たせ。じゃあ、打ち合わせをしよう。議題は、レイトン商会の木材を利用した事業についてなんだけど。エリシュカの許可さえ取れれば、僕たちはあの〝コタツ〟をとりあえずの目玉商品として売り出していくつもりなんだ」
「コタツを?」
それは素敵な提案だ。大部分は木材を使用するし、これから冬になれば冷えは気になる。新しい商会の目玉商品としてはなかなか画期的な気がする。
「いい提案だと思います。でも、……どうして私に相談を?」
「リアンが、発案者はエリシュカだから、エリシュカの許可がなければ作成方法を公開しないっていうものだから」
ブレイクが片目をつぶる。
エリシュカは驚いてリアンを見る。そんなことエリシュカ本人は気にもしていなかった。
リアンはコホンと咳ばらいをした。
「当然の話だ。許可を取らずに作ってしまった『魔女の箒』の魔道具も、元はエリシュカの提案だ。お前の反対があれば販売差し止めする」
「反対なんてするわけないじゃないですか。私があの道具のアイデアをリアンに話したのは、便利な道具をみんなに知ってもらいたかったからですし。作ってくれてどれほどうれしかったか」
エリシュカは慌てて言う。ほらみたことかというようにブレイクがリアンをちらりと見て、リアンはまだ不満そうに頷いた。
「エリシュカがそう言うことくらいは分かっている。ただ、自覚はして欲しい。お前にはその権利がある。搾取されてあたり前と思うな。お前自身にはそれだけの価値があるんだと、ちゃんと理解してほしい。この先、キンスキー伯爵がお前のものを家のものだと主張してきたとき、ちゃんと戦う意識を持ってほしい」
それにはハッとさせられた。エリシュカ自身に、搾取される側の危機感がないことをリアンは心配しているのだ。目が覚めたような気がする。伯爵家で説明されたような、ただ木こりの管理をするために雇われたわけじゃないのだ。リアンは、今回のことでエリシュカ自身の意識を変えようとしている。
「……はい」
真顔になって返事をすれば、リアンはようやく笑ってくれた。
「じゃあ、コタツの設計書は俺とエリシュカの名前入りで作成し、明日までに、必要な部品表も作っておく。明日は買い取った山に行こうと思う。モーズレイとエリシュカは木こりたちと、部品表を基に必要な木材の本数や、素材について相談してくれないか」
「分かった」
「分かりました」
「俺は切り出した木材の運搬や加工の相談をする」
とりあえずの方針が決まったかと思ったとき、ブレイクが小さく手を挙げた。
「僕も検証したいことがあるから一緒に行くよ。木材になる前の状態の木をうまく使えないかどうか、考えてみたいんだ」
ブレイクはエリシュカに片目をつぶって見せ、エリシュカは大きく頷いた。




