リアンの魔道具・4
*
レオナが疲れたように目を閉じたので、エリシュカは部屋から退散することにした。これからレオナが寝付くまで、ブレイクは部屋から出ることはないだろう。
「話は終わったか?」
「リアン……」
廊下でずっと待っていたのだろうか。扉から反対側の壁に寄りかかるようにして、リアンが立っていた。
「待っていてくれたんですか」
「さっきの話がまだ途中だ」
言われて、さっきのことを思い出す。プロポーズにも似た宣言を思い出せば、顔が勝手に赤くなってしまう。
(いやでも。ただの親愛の情かもしれないし)
ドキドキする胸をなんとか抑える。余計な期待をして口走って、せっかく戻ってこられた大切な場所を失うのは嫌だ。
緊張が強いエリシュカとは対照的に、リアンはすっかりリラックスしているようで、ちょこちょこと後をついて行くエリシュカに、微笑んで見せる余裕まである。
リアンに連れてこられたのは、以前、エリシュカが使わせてもらっていた部屋だ。
部屋の中央に、それまではなかった足の長い丸テーブルと椅子がある。ただ、普通のテーブルと違うところが一点あった。
テーブルは天板が二重構造になっていて、その間に布が挟まっている。
「これ、コタツ……?」
足が長く、エリシュカが前世の記憶として知っているものとは違う。しかし、つくりはいかにもコタツだ。テーブルの下をのぞき込むと、熱源装置と思われる魔道具もついている。
「お前のイメージと合ってるか? 火魔法と風魔法を組み合わせた機構を入れていて、魔力を注ぐと、机の下に熱が広がる。布の表面にも風魔法がかかっていて、効率的に熱風を巡回させるようになっている」
どうしてリアンがコタツを知っているのか……と記憶を巡らせて、他愛もない会話を思い出す。
『コタツいいんだよぉ。あったかくてねぇ』
七歳のエリシュカが、夢の世界の道具として話したことがあった。
あの時リアンは、『俺がいつか作ってあげますね』と言ったのだ。そんなの、ただの社交辞令だと思っていたのに。
鼻のあたりがツンとした。子供の頃の小さな約束を、リアンは忘れていなかったのだ。
「……覚えていてくれたんですね」
「全部覚えている。お嬢……エリシュカが話した道具は、みんな便利で面白そうで。俺は小さなころから、俺が全部作ってお嬢に見せてやるんだって思ってた」
そしてそれを、実現してくれたのだ。
込みあがってくる涙を堪えるのに、精いっぱいになる。誰もがエリシュカの言葉を無視する中で、いつもリアンだけは、ちゃんと聞いて、拾い上げてくれる。
「うれしいです。つけてみてもいいですか」
「もちろん」
リアンが魔力を注ぎ、椅子を引いてくれる。エリシュカはハンカチで目元を押さえながら、座った。
優しい温風が、テーブルの下を巡回している。冷え性のエリシュカの足先も、じわじわと温められていく。
「あったかいです」
そう言った途端、背中から椅子ごと抱きしめられた。リアンの息が、肩にかかり、鎖骨のあたりを通って霧散する。エリシュカはドキドキして、心臓がおかしくなってしまいそうだ。
「リアン……」
「俺……エリシュカに対しては、いろんな感情が渦巻きすぎてて、なんて言ってていいのか分からないんだ」
「いろんなって……」
「最初はわがままな令嬢だったし、そのくせ、説明すれば妙に素直に受け入れるし、旦那様たちと違って、俺たち使用人を家族みたいに扱ってくれて。大人になってからは、もう俺たちのことなんて忘れたんだなって思って……。そしたら記憶喪失だって言うし。おかげで俺はすごく複雑な気分だったんだ。うれしいやら悔しいやら」
おでこを肩に押し付けられて、顔は全然見えない。そのせいかリアンにしては饒舌に、自分の気持ちを話してくれる。
「ただ、ひとつだけ言えることは、俺は多分、お前のことを忘れたことが一度もない」
エリシュカは思わず息をのむ。その動作が、触れた肌を伝って、リアンにも届いているかと思うとますます動揺してしまう。
「だから魔道具を作り続けた。お前を見返す為……っていうのは多分、幼い俺の精いっぱいの強がりで。たぶん単純に見せたかったんだ。お前に、……笑ってほしくて」
「リア……」
「エリシュカ」
名前を呼ばれ、まるで金縛りにあったように動けなくなる。
「俺は多分、昔からお前のことが好きなんだ。……だから、家族になりたい。一方通行じゃない、与え合う存在に」
胸がいっぱいとは、こんな状態のことを言うのだろう。顔が熱くて喉も熱くて、この喜びをうまく言葉にできない。
「う……あ、は、はい」
戸惑いがちに返事をすれば、リアンは無言のままだ。沈黙の長さが気になって、顔を見るために無理やり体をねじると、いじけたような拗ねたような視線とぶつかった。
「な、なんで怒ってるの?」
「別に。怒ってなんかない。嫌々な返事だなと思っただけだ」
「嫌なんかじゃない。嬉しいですって」
「そうかな。俺はこれでも、お前の逃げ場を奪ってしまった自覚位はあるんだ。嫌なら無理強いはしない。俺はお前にとって、せいぜい頼りになるお兄さんだもんな」
ぱっと体を離して、背中を向けられた。
(ええっー。そんなことない。誤解されてる。たしかに忘れていたけど、あれは池に落ちたからだし)
再会してから、ぶっきらぼうな優しさに助けられてきた。気が付けば生まれていた気持ちは、決して嘘なんかじゃないのに。
「そ、そんなわけないじゃないですか。私のこと忘れないでいてくれて、魔道具も作ってくれて、す、好きにならないわけ無いでしょう? 私がどれだけがんばって気持ちを隠してたか、知らないくせに」
「強制しなきゃ、呼び捨てにもしなかったじゃないか」
「だって。店長さんですよ! あたり前でしょう?」
「そうやって」
アワアワと口もとを押さえていた手を、握られる。心臓が爆発しそうだ。こんなにもこんなにも、リアンの一挙手一動作に胸がときめいているのに、どうして信じてもらえないのか。
「敬語で話されるのも、距離を感じて嫌だ。俺よりリーディエやヴィクトルに懐いているのだって本当は気に入らない」
「だって、だっ……、もうっ」
立ち上がった拍子にぐらついた椅子が、倒れそうになった。
避けようとしたリアンが、エリシュカの腰を抱き寄せる。エリシュカはそのまま顔を上げて、彼の頬を両手で挟んだ。
「私だって、ずっと好きなんですからっ。勝手にいじけないでください。敬語は癖だし、リーディエさんもヴィクトルさんも仲間ですもん! でも私が、一番頼りにしていたのは……」
〝いつだって、リアンだった〟
その言葉は、塞がれた唇に飲み込まれた。
離れる瞬間の、リアンの瞳が切なげで、エリシュカは恥ずかしさと心臓のドキドキといろいろなものが交ざり交ざって、膝から力が抜けてきた。
「……も、キャパオーバーですぅ」
「エリシュカ!」
そのまま再び腕の中に抱きしめられ、エリシュカは意識を失った。
目覚めたときにはベッドに寝かされていて、傍についていたのはブレイクに代わっていた。
「暴走しすぎたって、謝ってたよ、リアン」
「そ、そうですか」
「まあでも、君が兄上に連れ去られてからのリアンを見ていたら、許してやって欲しいとしか言えないかな」
ブレイクから聞かされた内容によると、リアンはエリシュカが攫われてから、もっと速く行動に移すべきだったと、ずっと後悔していたらしい。
中一日で、取り戻すための計画書を作り出し、ブレイクに協力を仰いできたかと思えば、モーズレイまでも仲間に引き入れてきた。
それでも起業のための司法手続きにはそれなりに時間がかかり、やきもきしながら〝コタツ〟を作っていたのだそうだ。
「プロポーズするときは、これを作るつもりだったんだって」
「ええっ」
じゃあやっぱり、今日の一連の告白はプロポーズだと認識していいのだろうか。
うれしいけれど、エリシュカとて初恋がリアンなのだ。恋愛さえ初心者なのに、ここからどう対応したらいいのか分からない。
「リアンは口下手だけど、君のことは本気で好きなんじゃないかな。僕のところに弟子入りしたのも、君の言ってた魔道具を作ってあげたかったかららしいし。両親が死んで、せっかく入った孤児院も抜け出して……。まあ昔から、思い込んだら行動力はある男だよね、リアンは」
そんなことを聞いてしまったら、顔が熱くて仕方がない。
「君が嫌じゃなければ、リアンはお勧めだよ」
そうにっこり微笑んで、ブレイクが出て行った。
エリシュカは熱の引かない頬を押さえながら、突然訪れた幸福に身をよじるしかなかった。




