リアンの魔道具・3
ついた先はブレイクの屋敷だ。
揃って迎えてくれる使用人たち一人ひとりに、エリシュカは笑顔でただいまを言う。
「お帰り、エリシュカ」
駆け寄ってきたのはブレイクだ。いつもの悠々とした態度と違い、どこか浮かれているようだ。
「おいで、今ならレオナが起きてる」
「叔母様が?」
エリシュカがブレイクの屋敷にいる間、レオナと対面できたのは彼女が寝ているときだけだ。
起きている時間もあったはずだが、ブレイクはその時間に他人を部屋にいれたがらなかった。彼にとっても、大事な妻との貴重な逢瀬の時間だからだ。
「い、いいんですか? そんな貴重な時間に」
「レオナも君を待ってる。自分を守るために、自らを差し出そうとしてくれたって知って、お礼がしたいって」
引っ張られるまま、エリシュカはブレイクの後を走る。
二階の奥の部屋。レオナを守る大切な部屋に、エリシュカは足を踏み入れる。
「入るよ、レオナ」
中に入ってすぐに、横たわってこちらを見ているレオナが目に飛び込んできた。
今までは閉じられていた瞳は、綺麗な空の色だった。宝石で言ったら、アクアマリンのような色だ。
「あなたがエリシュカちゃんね」
レオナはうれしそうに顔をほころばせると、ゆっくりと手を伸ばした。
「握ってあげて」
ブレイクに促され、エリシュカはベッド脇まで近づくと彼女の手を握った。
枯れ木のように細い腕だ。力をこめたら折れてしまうのではないかと心配になる。
「はじめまして。叔母様」
「レオナと呼んで。ブレイクから話を聞いて、ずっと会いたいと思っていたの。ありがとう。あなたのアイデアのおかげで、私は命を繋いでいられて。お義兄さまの暴挙にも立ち向かってくれたって聞いたわ」
力強くはないが、意思の強さを感じさせるような、ハキハキした口調だ。
「いいえ。謝らなきゃならないのは私の方です。お父様がご迷惑をかけて、ごめんなさい」
「あなたが謝ることじゃないわ。それよりも私たちの方こそ謝らなきゃ。ブレイクったら、みすみすあなたをお義兄さまに渡してしまうなんて」
レオナにじろりと睨まれて、ブレイクは一瞬目をそらす。
「悪かったって」
「かわいい姪っ子を守るお金を出し惜しみするなんて最低よ」
「だって僕の資金は君を救うためにも必要だから」
言い合いをしているのに、それすらも睦み合いのように思えるほど、ふたりの間の空気が甘い。エリシュカは少しばかりいたたまれなくなる。
「エリシュカちゃん。ブレイクはね、今のお義兄様の借金を返すことくらい、訳ないのよ。なのに、あなたをかくまうだけで、何もしなかったの。ひどいでしょう」
「自分の手で、守れる量には限りがあるんだよ。僕はレオナが一番なんだ。できるだけ、守るものを増やしたくはなかった。でもね、エリシュカ。君は僕の大切な人を守るために、力を尽くしてくれた。だから僕も、これからは最大限の力で君を守るよ」
レオナはブレイクを責めるけれど、ほとんど音沙汰がなかった姪が、突然家出したと言ってやって来たのだ。すぐに追い出されてもおかしくないのに、庇ってくれたし居場所を作ってくれた。ブレイクはできるだけのことをしてくれただろうとエリシュカは思う。
「ありがとう、叔父様。じゃあやっぱり、モーズレイさんの商会は叔父様の出資で?」
「あの案を考え出したのは、リアンだよ。いずれ独り立ちするために、リアンはずっと資金を貯めていたんだ。それでも、山林を買い取るほどの金額は無い。だから僕が出資した。リアンなら倍にして返してくれると信じているしね。モーズレイ氏を共同経営者に巻き込んだのは、単に兄さんの目を誤魔化す為じゃないかな。リアンの名前だと、意地でも契約しないだろうし。モーズレイ氏は見かけだけはいかつくて、人から侮られることもないから」
「そうですね。運よく縁談が流れたのも幸いでした」
「あ、それは僕だ。フレディ君がテスト休暇で魔道具のメンテナンスを受けに戻って来たときにバンクス男爵にも会ったから、噂を流すように頼んでみたんだ。バルウィーン前男爵は気にしないだろうけど、爵位を受け継いだ息子の方は気弱だし、奥方に頭が上がらないって噂を聞いたことがあったから、もしかしたらうまくいくんじゃないかと思って」
それでか、とエリシュカは納得する。
「私、みんなに助けてもらったんですね」
「そうだね。でも、それは今まで、君が皆を助けようとしてきたからだ」
エリシュカはきょとんとして、ブレイクを見上げる。彼は優しく微笑んだ。
「他人のために一生懸命になれる君だからこそ、助けてくれる人間がたくさんいるんだよ」
互いに歩み寄ることが、家族でいられる秘訣だとリアンは言った。
そうかもしれないと今は思う。父や母がもう少しエリシュカの話に耳を傾けてくれていたら、エリシュカだってあの場所で頑張り続けただろう。家のための政略結婚も、甘んじて受けたと思う。そうしたら、今とは違った未来が描かれていたかもしれない。
「そういえば、その山のことで、提案があるんです」
「え?」
「まだ検証もしていない。ただの想像です。それでも、レオナさんを助けることに繋がるかもしれないので、試してみる価値はあるんじゃないかと思ってます」
そうして、エリシュカの提案を聞いて、ブレイクは商売人としての顔でにやりと笑った。




