エリシュカの存在意義・3
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セナフル邸に来てから、エリシュカは毎日、ブレイクに魔道具作りの基礎を教えてもらっていた。ブレイクの蔵書には魔道具関連のものが多くあり、夜はそれを読みふける。
エリシュカは学ぶことが楽しかった。普段身の回りにあるものは、誰かの不便な気持ちを聞いて、誰かがそれを解消しようとしてできあがったものだ。無個性な物にも、できるまでには物語がある。それを知るのがおもしろかったし、前世の知識から新しい機能を考えるのも楽しい。
ブレイクの屋敷で過ごしたおかげで、エリシュカの知識はたった一週間ほどでものすごく増えた。
魔道具は、前世での電気に近しいものだが、それだけではなく、生命エネルギーのような側面もある。人間の生命維持に必要なものだ。
「人間から人間に渡しているだけじゃ、共倒れになるってことだよね」
朝食後、部屋で休んでいるブレイクのことを思い出して、エリシュカはひとりごちた。
ブレイクの生活は、レオナへの魔力供給に重きが置かれている。
彼が作ったというレオナに埋め込まれた魔道具は、与えられた魔力から完全に属性を取り除き、体中に循環させるというものだ。属性を除く工程でも魔力を使うため、実際に体に流せる魔力は半分になってしまう。
だから、ブレイクの魔力がどれほど豊富でも足りない状態なのだ。
朝にレオナに魔力供給をした後は、休まないとブレイク自身が動けない。
(叔父様は、本当にレオナさんのことが好きなのね)
ここに来てから聞かされたのろけ話は、両手でも数えきれない。出会ったときの話。まだ若いレオナに結婚を申し込み、父親から許可を得るまでに、相当の努力を要したこと。
話している彼はとても嬉しそうで、エリシュカは羨ましかった。
好きな人と力を合わせて家庭を築いたブレイクは、まさにエリシュカの理想だ。まして前世の記憶から考えればあたり前のことなのに。どうして貴族階級では許されないのだろう。
(考えても仕方ないか。それより、叔父様のためにもレオナさんが元気に起き上がれるような方法を考えなきゃ)
頭を切り替え、難題に向かい合う。今のままではレオナは死なないだけだ。起きていられる時間は週に数時間とわずかで、まともな生活が送れているとは言いがたい。ブレイクも魔力供給に関わる負担が多すぎる。
(どこかに無尽蔵に湧く魔力があって、それを与えられればいいのだけど。……そんな都合のいいものがあるわけないよねぇ。自然の魔力が凝縮されたのが魔石だけど、高価だし……。どんな生命体にも無害な魔力の塊があれば……)
エリシュカは前世の知識を思い出す。エネルギーを生み出すものはいろいろあったはずだ。風を、熱を、日光を電気に変えたように、自然の力を魔力に作り替える機構を作れれば、多くの人を救えるかもしれない。
扉がノックされ、考えにふけっていたエリシュカはハッとしてかつらをかぶり直した。勉強中だと言えば、基本部屋には誰も入ってこないので、楽な格好をしていたのだ。
「どうぞ」
身なりを整え答えると、ゆっくりと扉が開く。
「よう、元気か?」
入ってきたのは、リアンだ。
「リアン!」
「久しぶりだな」
「はい! 元気でしたか?」
エリシュカは一気に気分が明るくなる。たった一週間なのに、ものすごく久しぶりの気分だ。ウキウキしながら部屋の中に引き入れる。
椅子は、エリシュカの勉強用のものしかないので、リアンにそれを勧め、自分はベッドに座った。
するとそれを見越したように、執事と侍女がお茶と椅子と小テーブルを持ってきてくれた。
「リアン様、ごゆっくり」
「いつもすみません。ありがとう」
リアンはこの屋敷の使用人とは顔見知りのようだ。自らテーブルを運ぶのを手伝い、気さくに話している。部屋の中にお茶を飲むスペースが出来上がり、エリシュカはうれしくなる。
「ありがとうございます」
「いいえ。ごゆっくり」
テーブルセッティングを終えると、執事と侍女はそろって出て行く。
再びふたりきりになり、しばらくは近況を報告し合った。
「お店はどうですか? リーディエさんもヴィクトルさんも元気でしょうか」
「心配ない。マクシム様もラドミール様もあれからは来なくなったから」
「本当ですか。ならいいんですけど。迷惑ばかりかけて申し訳ないです」
「エリシュカのせいじゃないだろ」
リアンがそう言ってくれるので、エリシュカはほほ笑もうとした。けれど、やっぱり顔はこわばってしまう。
(……それでもやっぱり、あの子たちの行動は私の責任でもあるし)
お茶もお菓子もおいしく、クッキーはあっという間に残りひとつになった。
「リアン、どうぞ」
「いや、エリシュカが食べればいい。甘いものは好きだろう」
「でも、……そうだ、半分こしましょう!」
エリシュカはそう言い、クッキーを掴んでふたつに割った。そして、大きい方の破片をリアンに差し出す。
「一緒に食べたほうがおいしいです」
リアンはそれをまじまじと見つめ、うっすら頬を染めて微笑んだ。
「……変わらないな、エリシュカは」
「そうですか?」
「昔から、使用人である俺にも同じものを分け合おうとしていた。まるで、家族みたいに」
クッキーを掴んだ手を、握り込まれる。予想外のリアンの動きに、エリシュカの心臓がどきどきと高鳴ってきた。
「リ……リアン?」
「エリシュカ。今作っている魔道具ができたら、言いたいことがあるんだ」
リアンのまなざしは、いつものような穏やかなものではなく、刺すような激しさがあって、エリシュカは心臓が落ち着かない。
「なにを、作ってるんですか?」
喉が渇くように感覚に襲われながら問いかければ、リアンは柔らかく微笑んだ。
「……内緒だ」
手をギュッと握られて、何も考えられなくなる。顔が真っ赤になっているような気がして、隠したいけれど、手を押さえられてそれもできない。
そのとき、階下から騒がしい声が聞こえてきた。
ふたりは顔を見合わせ、そろって廊下に出た。
「おやめください!」
「うるさい。ブレイクに会わせろ」
エリシュカは慌ててかつらを押さえる。聞き覚えのある声は父のものだ。