エリシュカの存在意義・1
エリシュカが、セナフル邸に行ってから一週間が経つ。その間、二日に一度の頻度で、双子が『魔女の箒』へと押しかけている。
「ねーリアン。いい加減姉上に会わせてくれない?」
「しつこいですね。ここにはエリシュカお嬢様はいませんって。それより、坊ちゃん方は暇なんですか? 学校はどうされたんです?」
『魔女の箒』のカウンターで、リアンは不愉快ながらも双子の相手をしていた。ヴィクトルやリーディエにさせるわけにはいかないし、一応貴族である彼らを追い返すわけにもいかない。
「テスト後の長期休暇だよ。キンスキー領に帰ってきたら姉上がいないって聞かされて。驚いて俺たち、心当たりを捜してるんだ」
そう答えるのはラドミールだ。
「もっと他に探すところがあるでしょう? 友人とかは?」
「姉上には友人はいません。リアンも知っているでしょう? 姉上には虚言癖がある。だから母上は姉上を外に出したがらなかったんです。初等学校を卒業した後は、ずっと屋敷にいたんですよ。貴族としては教育が足りていませんから、姉上には嫁に行くくらいしか将来がないんですよ。なのに……逃げ出すなんて」
「……なんだって?」
マクシムの発言は聞き捨てならないものだ。
リアンの目から見ても、エリシュカは学習意欲のある人間だ。素直に人の意見を聞き、自分の間違いもすぐ認める。与えれば与えるだけ知識を吸収するタイプの人間だ。
(このふたりを王都にやるくらいなら、エリシュカに学ばせた方がよっぽど……!)
そう思ったが、口は噤んだ。貴族が跡継ぎを優遇するのはあたり前のことだ。ただ、それを見て、味方もなくただあの屋敷でくすぶっていたエリシュカを思えば、胸が痛い。
「お嬢は昔から賢かったですよ。それに気づいていないなんてどうかしているのでは?」
思わず擁護するようなことを言ってしまい、マクシムに含みのある視線を投げられる。
(……しまった。肩入れしすぎたかな)
「……リアンは、姉上のせいで追い出されたのに、ずいぶん優しいんですね」
「あれはお嬢のせいではありません。どちらかと言えば」
あなた方のせいですよと口には出さず目で訴える。
マクシムは、リアンがはっきり口に出すのを期待するように少し待ったが、リアンがそれ以上は口を開かないのを見て取り、はあとため息をつく。
「まあいいです。じゃあ、フレディが言っていた、エリクという人物に会わせてもらえませんか」
「そうだよ。ここの従業員なんでしょ? 麦わらの髪の少年。俺たちに似てるってあいつは言ってたよ」
ラドミールも加わる。
「フレディ様と話して、ここに来られたんですか?」
リアンは嫌そうに眉根を寄せる。
(フレディ少年は、悪気はないのにトラブルを引き込む天才だな)
リアンは呆れ、少し考える。ある程度の確証を持っているのなら、適当な理由をつけてごまかして帰すのが一番大ごとにならないだろう。
「エリクは、事情があってここを辞めたんです」
「そうなの?」
「実家に帰ると言っていました。ここより南のタームエール地方ですよ」
出まかせを、ラドミールは真剣に受け止め、マクシムは疑心ありげに見ている。
「ねぇ、リアン。ここは魔道具の店なんですよね。この商品って誰が考え出したものなんですか?」
「ここの商品は、大体はブレイク様が考案されたものですが」
「ふうん。でも僕、これ知ってるよ? 姉上が子供の頃話していた、〝ニホン〟の道具と同じだ」
ぎくりとする。興味がなさそうだったのに、ずいぶんいい記憶力をしているものだ。
「この店の商品のアイデアは、姉上が出したものではないんですか? 今はいないにしても、姉上と繋がっているのは間違いないでしょう? 僕を誤魔化そうとしても駄目です。姉上を出してください」
「だから!いないと言っているでしょう! しつこいですよ?」
「口ごたえするなよ! ……ラドミール!」
マクシムがけしかけ、ラドミールがリアンにとびかかる。しかし力はリアンの方が上で、あっさりと押さえられてしまう。
「畜生、痛い。放せよ」
「リアン、落ち着けって。お客様も、乱暴は止めてください」
ヴィクトルがラドミールを押さえに入り、リアンから引きはがされたラドミールが商品棚にぶつかり、乗っていたものが落ちた。
「いい加減にしてください。いくらお貴族様と言っても営業妨害です!」
リーディエの悲鳴に似た一喝に、全員が動きを止めた。
壊れた魔道具が、床の上に転がる。




